第34話 大魔王


「……速いな」


 王国から抜け出した僕は足下に出現させて魔方陣を踏み台として宙を飛ぶ、というよりは跳躍を続けている。


 それも現在も凄まじい速度で移動し続けるロスという少女を追いかけるためだ。


 あれを放っておくのは不味いと直感が訴えかけている。


 だけど、ロスは速すぎて未だにその背中すら見えてこない。


「浮遊魔法……練習しておけば良かった」


 ん? 止まった?


 突如として前方から感じていたロスの魔力の動きが止まった。


 戦う気になった?


 警戒しながら跳躍していると僕と対面する形で動きを止めて宙に浮かんでいるロスの姿を捉えた。


 ここは……魔界と人界のちょうど中間地点。

 王国軍が侵攻路とする二つを繋ぐ山脈の大穴のすぐ下だ。


 僕は片手に聖剣を取り出す。

 

「諦める気になったのかな?」

「諦める? 何を?」


 本当に僕の言っていることが分からなさそうに首を傾げた。

 どっちでもいいけど、倒すことには変わりないから!!


 僕はロスに斬り掛かる。

 聖剣を振り下ろす直前、ロスの周囲を魔力の球体が包み込んだ。

 

 何かは知らないけど、構うものか!!

 そのまま聖剣を振り下ろすが、僕の攻撃は弾かれた。

 

 球体に負荷を与えている実感もなく。

 つまり、受け止めるよりも弾くことに特化した防御魔法。

 

 弾かれた反動を立て直そうとするが、その前にロスの反撃の方が早かった。


「くっ……!!」


 反撃、それはただの体当たりだ。

 だが、侮ることはできない。

 

 弾くことに特化した球体を纏ったまま体当たりだ。

 突撃の速度と相まってかなりの衝撃が一気に襲いかかってくる。


 はっ!?

 危うく意識を奪われるところだった……。


 頭がくらくらして振って何とか正気を取り戻そうとする。

 やっと正面を向いたとき、左目の視界が暗くなった。

 

 何かと思い触れてみるとツーッと額から血が流れ出ていた。

 

 危なかった。

 少しでも魔力で防御が遅れていたら気を失っていたかもしれない。

 

 逆に魔力を纏ったこの身体でも負傷を免れないなんて、恐ろしい威力だ。

 しかしながら、幸いなことに今見せたロスの突進は単調で不意を突かれない限りは避けることは難しくない。


 考えるべきはどうあの球体を破るかだ。

 もっと出力を上げるか。

 けど、必ず破れる確証はない。


 弾かれたら、また先程のように攻撃が来る。


 球体への対抗手段が思い浮かばず僕とロスはお互いに睨み合う。


 ロスに関しては半目で眺めていると言った方が正しいか。


 だけど、おかしい。

 僕が動けないのは先の理由だけど、ロスは攻め続けてもいい。


 何を……何かを待っている?

 すると、ロスは徐に口を開いた。


「そう、それでいい。無理に今倒さなくてもいい。危険を冒さなくてもいい。だって、後で必ず倒せるから」


 そのとき、ロスの半分しか開いていなかった眼は完全に見開いた。


 僕はようやく気が付いた。


 ロスの後ろ、つまり魔界側から何かが急速に近づいてきている。

 そして、ロスの隣にピタリと止まった。


 えっ……同じ顔?


 ロスと同じ顔、服装も同じ煌びやかな、まるで王族のような衣服で見分けのつかない少年が並んだ。


 唯一違う点は雰囲気ぐらいだろうか。

 何となくロスと同じ少女ではなく少年であることがわかった。

 

 そして、強い。

 ロスはこれを待っていた?


 僕を確実に倒すための戦力を。


「これを待っていたわけか」

 

 だが、ロスも隣の少年も首を傾げた。

 

 そして、僕を無視して二人で会話を始めた。


「ファウス、遅い」

「ごめんごめん。手間取っちゃった。僕が取り込んだの自我が強かったんだ。なかなか主導権を握らせてくれなくてね」

「……いいけど。復活できることには変わりないから」

 

 復活?

 

 そのとき、僕の隣の何もないところの大気に微かな罅が入った。

 人が一人分の大きさまで罅が広がり、割れた。

 虹色に輝く亀裂が生まれ、そこからアリシアが顔を見せた。

 

「アリシア!! 良か……って良くない!」


 顔を見せたアリシアは殆ど全身が真っ黒に染まっていた。

 意識朦朧としており今も殆ど無意識でここまでやってきたのだろう。


 恐らくこの亀裂も深淵で黒の侵食がさらに速まっていると思うが、もはやそれもわからない。


 何とか浮遊魔法は無意識でも使えており地面に落ちるなんてことはなかったが、逆にそれが怖い。


 僕はアリシアからの返答を聞く前に聖力による治癒魔法を発動する。


 アリシアの身体を染めていた黒はまるで逃げていくかのように引いていき、やがて完全に消失した。


 僕はすごい激痛に襲われるがさっきまでのアリシアに比べたらどうってことない。

 それでようやくアリシアは一息ついた。


「……助かった。本当に間一髪だった。まさか、リウォンもこっちに向かっていたなんて……。もう駄目かと思った」

「本当に。あれだけ無理は……それだけの相手だったのか」


 言いかけたが、途中で察した僕はそう言い換えるとアリシアは頷きを返した。


「まさか、あれだけ強くなっているなんて思わなかった。それに変なのが出てきたし……それで、これはどんな状況なんだ? 私が追いかけてきた奴が二人になっているんだけど」

「アリシアも追いかけてきた?」

「“も”ってことはお前もか?」

「魔界と人界でそれぞれ出現したロスという少女とファウスという少年、どういうこと?」


 アリシアの前にも現われたとなるとロスが逃げたのはファウスを待っていたからではない?


 いや、待っていたことは確か。


 つまり間違っているのは加勢を待っていたという考えの方。


 だって、ファウスがロスの加勢に向かえばアリシアも追いかけてくる可能性が高い。

 アリシアと僕、ロスとファウス。


 結局、状況は同じ。


 ロスとファウスが連携に長けているから二対二でも有利になる?

 この線は拭いきれないけど何か違う気がする。


 そのとき、前方から急激な魔力がほとばしる。

 もちろん、ロスとファウスからだ。


 二人は片方の手を繋いでいた。

 まだ、魔力の放出が激しくなる。


 そして、周囲が輝きで染め上げられる。

 同時に悪寒が僕を襲った。


 どれ程、時間が経っただろうか。

 恐らく、数秒も経ってない。

 だけど、何時間も凝縮したかのような……恐怖が僕の心を蝕む。


 息が荒くなり手が震えている。

 何をビビっている!?


「ようやく一つに、元に戻れた」


 突然、その芯のある低い青年の声が聞こえてきた。

 この場にいた誰でもない声。


 ようやく目を眩ませていた光が弱まり視界が開ける。


 一人の黒い長髪の青年が立っていた。

 身長は僕と同じぐらい、かなり大きい。


 ロスとファウスの姿はどこにも見当たらない。


 ただ、目の前の男は先程までのロスたちと同じ服装をしている。

 サイズは大きくなっているが。


 僕はただただ身体が震えて嫌な汗が額を垂れていく。


 この男の纏う魔力がそれほどに恐ろしかった。


 身体が察している。

 この前の男は危険だと。


 アリシアもいつでも対応できるように警戒を絶やしていない。

 だけど、この男の威圧感に気圧されてか顔が引き攣ってしまっている。


 アリシアの顔の変化は僅かで僕にしか分からないと思うけど。


「忌々しい勇者め。……ふ、ハハハハ!! だが、勇者は死に、俺は復活した。勝負は俺の勝ちだ。そして、もう邪魔する者は誰一人おらん!! アハハハハハ!!」


 笑う度に禍々しい魔力が周囲に吹き荒れる。

 そこでようやく僕たちの姿に気が付いた。

 いや、思い出したという方が正しいか。


「ああ、そう言えばいたな。聖力を使う魔人族に深淵に近づいた人族。正反対の二人。面白い組み合わせだ。ふふ、特に女。貴様には共感するぞ。人でありながら魔に近づこうとする気持ちはな」


 言葉を返せなかった。

 ただ、警戒して黙って聞くことしかできない。


「お前は誰だ」


 こんなとき、物怖じを表に出さないアリシアは本当に凄いと思う。


「お前たちが分かるように言ってやろう。大魔王ファウストロス」


 大魔王……あの昔話の?


「何が何だか分かっていない顔だな。ふっ、せっかくだ。ここまで俺を追い詰めた褒美として教えてやろうか。俺もあの勇者を出し抜いて気分がいい」

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