第31話 謎の少女
「スイレン。大丈夫?」
呆然と見詰めていたスイレンは未だに呆けていた。
声をかけたことによりようやく我を取り戻し頷いてみせる。
「え、ええ。リウォン、あなた、そんなに強かったっけ?」
「君が負けたのは相性の問題だけ。僕にとってはやりやすい相手だっただけだよ」
「それだけじゃないような……あっ、小父様は」
「死んではいない。……戦いは終わった」
止めも刺す必要はない。
乱心したと言っても親であることには変わりない。
戦闘中は一時の迷いが命の危機に繋がるから死んでも仕方がなかったけど、戦いは終わった。
……父には生きて自分が犯した罪を償って貰う。
「……そう。良かった」
スイレンは易しくそう微笑んだ。
だが、すぐに辛そうに顔を歪めた。
「スイレン。大丈夫!?」
慌てて僕は治癒魔法をスイレンにかけて、瞬く間に傷が無かったことになるかのように消えていく。
代償に喉奥から血が迫り上がってくるが何とか呑み込んで抑える。
血を吐くとスイレンが気にするだろうから。
傷が癒え立ち上がるスイレン。
恐る恐る僕に振り返る。
「リウォン、大丈夫?」
僕は口を開くと不味いことになるから頷きで返す。
どうやら、誤魔化せたようでスイレンもほっと息を吐いた。
そして、僕たちは未だに倒れる父の下まで歩を進める。
父が倒れているのは玉座のすぐ側だ。
意識はある。
だが、身体に自由がなく指一つ動かせない様子だ。
すると、僕たちを視線だけで捉えてゆっくりと口を開いた。
「……何だか長い夢を見ていた気がする。私が王と成った夢だ」
僕とスイレンは顔を見合わせる。
記憶が混濁している?
だが、突如、父の顔が歪む。
「違う。違う違う違う。これは夢などではない!!」
父の呼吸が激しくなり目も見開いている。
どんな状態が全く分からない。
だが、構わず父は言葉を続けている。
「私は何ということを……民を王を……リウォンまでも。私は、私はただ息子のために……私は!!」
……ち、父上?
僕の……名前を。
言葉が出なかった。
荒げているが、その口調は僕の知っている父のものだ。
「ちちう……」
自分の今の姿を忘れて、そう呼びかけようとした瞬間、父の目は赤く染まった。
な、なに……。
何が、どうなっているの!?
「ハッハッハッハ!! ハッハッハッハ!! 簡単な、実に簡単な方法があるではないか!! 何を私は遠回りをしていたのだ!! 贄なら今ここにあるではないか!!」
そして、父は大きく手を振った。
同時に魔力が放出し僕たちは吹き飛ばされる。
顔を向けたときには父は立ち上がっていた。
無理をして動いているのか全身から血が噴き出している。
その手にはいつの間にか剣を握っていた。
「小父様!! もう止めて下さい!!」
スイレンは魔力を集中させる。
同じ過ちは繰り返さない。
魔力を阻害される前に父の動きを止めるつもりなのだろう。
僕はそのスイレンの斜め前に立って剣を構える。
魔力量は先程と変わらないが狂気染みた目が油断を余儀なくしている。
嫌な予感がする。
「スイレン、もう倒すしかない!!」
「う、うん」
僕の声を聞いてすぐにスイレンは魔法を発動する。
「水の
急に出現した水が父の足に絡みつく。
これで足の自由を奪えた。
だが、意味はなかった。
「えっ……何を!!」
父は高らかに掲げた己の剣を自分に突き刺したのだ。
「私が贄となれば良かったのだ。……がはっ」
そのとき、光る何かが僕の目の横を通り過ぎた。
一つだけではない。
無数の光の球が倒れたデレボールに向かい始めた。
これは……魔力。
一体何の……。
周囲を見渡すと何人もの倒れている兵の姿が目に入った。
恐らく王の護衛団。
僕とスイレンと父との戦いで倒れていた人たち……まさか死んでいる人の魔力を?
そのとき、ぞわっと背筋が凍る錯覚を覚えた。
「リウォン……何あれ」
視線を戻すと父の遺体のすぐ上に黒い球体が浮かんでいた。
そして、その球体はパンッと弾けた。
「女の子?」
弾けた球体の中から身体を丸めて浮いたままの少女が姿を見せた。
髪は白のショートで身の丈に合わないぶかぶかの服に身を包んでいる。
どこかの正装なのか煌びやかで装飾の宝石も首元に散りばめられている。
パチッと目を開けた。
ふわぁ〜と欠伸をして大きく伸びをしている。
そして、自分の身体を確かめるように拳を握ったり離したりしている。
「スイレン、下がっていて。あの子、僕と互角かも」
「リウォンと互角!? ……分かった。だけど見ているだけなんてしないから」
幸いなことにスイレンは先程の戦いは魔力が使えなかっただけで消費はしていない。
そして、傷が無くなった今は万全な状態に変わりない。
「分かった」
僕が少女の前に立つと目を向けてくる。
「あなた、危険。……魔族。それも魔人族」
警戒の目に変わった。
「名前は?」
「ロス」
答えてくれるとは思わなかった。
ロス、聞いたことない。
「ロス、君は僕の敵か」
「知らない。だけど、私の邪魔をするなら敵。敵?」
ロスはそう言って殺気を放ってきた。
凄まじい圧迫感だ。
後ろに立つスイレンは身体を震わせて額には汗が滲んでいる。
気力だけで立っている様子だ。
僕はその圧迫感を押し返すように魔力を放出し殺気を返す。
ロスは半目で僕のことをまじまじと見詰めている。
しばらく、静寂がこの場を包む。
「あなた危険。だけど、今のままではあなたを倒せない。せっかくの好機、逃せない」
そのとき、ロスを中心として視界を埋め尽くす輝きが放たれた。
不意を突かれたためその光を直視してしまい目の前が暗転する。
「くっ」
思いのほか早く視界が戻ったが既にロスの姿はなかった。
「どこに……」
冷静になって周囲を探る。
すると、ロスの魔力がどこかに移動していることを感じ取った。
既に王国からかなり離れている。
凄まじい速度だ。
待って、この方向……魔界?
何か嫌な予感がする。
「スイレン、僕は追いかける。あなたはここ任せて良い?」
「悔しいけど、あなたのお荷物になりたくないし。ここをこのままにしてはおけないわね」
王が消え、その屈強な王の護衛の兵も消えた。
だが、この王都には民がまだ残っている。
王国最強の魔法使いとして名を轟かせているスイレンなら民たちの動揺も抑えることができるだろう。
「リウォン、気を付けて。そして、無理しないで」
ギリッと己の無力さに歯噛みするスイレンに微笑みかける。
「大丈夫、必ず戻ってくるから」
僕は高く飛び上がり。宙に魔方陣を展開させそれを足場として全力で蹴る。
それを繰り返しロスの後を追いかける。
速度としてはロスと同じぐらいか。
「もっと速く!!」
嫌な予感が強まっていく。
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