第30話 王国の戦い


「全く、スイレン。余計な気遣いをして……そんなことをしても僕が止まらないってわかっているはずなのに!」


 そうぼやきながら僕は既にアーエルグ村を出立し王都に向かっていた。


 出立の日を早めて、目が覚めてから間も立たずに!!

 それもこれもスイレンのせい。

 何も言わずに勝手に行って!


 ちなみにそれにいち早く気が付いたのはアリシアの友達のルールウェだ。

 アーエルグ村には滅多に来客は来ない。

 そのため、村には宿はなくスイレンはルールウェ宅にお世話になったというわけだ。

 

 ちなみに最初はフィリアさんが家に招いていたんだけど、アルカードと同じと分かったら野宿でいいと言い出してアリシアがルールウェに話をつけてくれた。

 

 別に僕たちの家に泊まっても良かったんだけど……。

 アルカードは実家だから分かるけどスイレンは、結局一言も言ってこなかったし。

 

 しかし何か……気を遣ってくれたような気が……。

 

 別に僕とアリシアはまだそんな仲じゃないんだけど。

 もう、数年経つのにアリシアは何も言ってこないし。

 というか、この生活でもう満足している節があるし。

 

 ……僕が言わないと駄目なのか。

 身体だけは男だし。

 ちょっと憧れていたんだけどな〜。


「って違う違う」


 話が逸れてしまっていたこと、そして内容が内容だけに顔が熱くなってしまう。

 

 話を戻して。

 朝起きていなくなっていたのはスイレンだけでなくアルカードもだ。


 アリシアも僕と同じ考えに至ったのだろう。

 スイレンは僕を、アルカードはアリシアの身を案じて一人で向かったのだと。


 アリシアも僕と同じでかなり怒っていた。


 村で分かれたが、既に魔界には到着している頃合いだろう。

 魔王城まではまだだろうが。


 という僕も全力で走り続けて一日。

 流石にこの身体でも疲れてきた。

 

 だけど、思っていたよりも早く王都に辿り着きそうだ。

 もしかすると、スイレンに追いつく可能性も……いや、ないか。


 スイレンのことだから王都まで魔法で向かっているだろうし。

 魔法だけだと勝てなかったし。


 勇者パーティーの一人というのは伊達ではない。


 そもそも、スイレンは王国の筆頭魔法使いなのだ。

 子どもっぽい見た目に反してだが。


 草原の中にある道を走っているが本当に懐かしい。

 戻るのは魔王討伐に出立したとき以来か。


 これが見えるということは。


「そろそろか……見えた」


 王都の門が見えた。

 だが、わざわざ門を通る必要はない。


 僕は大きく跳躍してその門を飛び越えた。

 そのとき、王宮が目に入った。


「!?」

 

 先に見える王宮から煙が上がっている。

 下の城下街では国民たちが混乱して周囲を行き交っていた。


「何が……」


 だが、すぐに原因がわかった。

 王宮の方から魔力の気配を感じ取ったからだ。


「大きな魔力が二つ」


 しかもスイレンと思わしき魔力がかなり小さい。


「スイレン!!」


 僕は足下に魔方陣を展開する。

 それに両足を思いきり蹴って加速し王宮まで一直線に空中を突き進む。


 朧気な記憶を辿り王宮の黄金の屋根を確認していく。


「ここかな」


 感じる魔力が一番近い位置で先程と同様に魔方陣を展開してそこに着地することで勢いを殺す。


 そして、拳を握りしめてその屋根に振り抜く。

 瓦礫が崩れような音と共に大穴が開き、そこを覗き込む。


 どうやら謁見の間のようだけど……!!

 

 目の下には玉座があり、少ない段差の先、謁見に訪れた者が跪く位置で背を向けた男。

 大きく剣を掲げていた。


 そして、そのすぐ下にはうつ伏せで苦しげに倒れているスイレンの姿が。

 


「止めろ!!」


 反射的に男の目の前に飛び降り、その際に手に出現させた聖剣で振り下ろされた剣を寸前で受け止める。


 完全に勢いを削いだ剣は鍔迫り合いの状態になるが、相手が力を込める前に全力で蹴り飛ばす。

 

 男は「ぐう……」と吹き飛ばされながらも宙で体勢を整えて軽やかに地面に着地した。

 そこでようやく僕は敵の正体に気が付いた。


「えっ……父上?」


 幸い、思わず出た声はあまりに小さく向こうに届かなかった。

 

 しかし、と僕は父の持つ剣に目を向ける。

 まさか、この国の文官で大臣だった父が剣を持つ姿を見る日が来るなんて。


「ごめん、リウォン。負けちゃった」


 今にも消え入りそうな声でスイレンを呟いた。

 身を包んでいるローブは至る所が切り裂かれて少なくない血が滲んでいる。


 あのスイレンを父上が……。

 いや、今はスイレンだ。


「あとは任せて。怪我は……ごめん、今はこれで我慢して」

 

 聖力でなくても使える治癒魔法をスイレンにかける。

 血を止めただけの応急手当だ。


 本格的な治癒をして戦う前から負傷していては勝てる戦いも勝てなくなる。


 昨日は強がって見せたが聖力を使った反動は本当に辛い。

 まるで内臓が破裂したかのように喉の奥から血が昇ってくる。

 激痛と一緒に。


 できることなら聖力は使わないようにしたい。


 幸いなことにスイレンの怪我は致命傷ではない。

 懸念するのも失血死ぐらいだから後回しにしても問題ないだろう。


「うん。大丈夫。それよりも、気を付けて」

「でも、あなたが負けるなんて……なにが」


 そのとき、突き刺されたかのような殺気が背後に襲いかかってきた。


 反射的に振り返ると、父、デレボールは構えを取っていた。


 今まさに斬り掛って来るかと思ったとき、寸前で父上は止まった。

 

 何だ……。


 父上は僕をまじまじと見詰めている。

 

「魔族、それにこの魔力量……まさか魔王!? 生きていたのか。……はっ! まさか魔王軍が攻めて!?」


 飛んだ思考に僕は目を眇めた。

 

 しかし、ここに魔王がきたと言うことは魔王軍が侵攻し王国軍が総崩れになったと誤解するのはしょうがない。

 王が単身で乗り込んできたなどとは思わないだろう。

 

 だが、それも最初だけで父上は魔力を探り、僕しかここに来ていないことを悟った。


「まさか、単身で乗り込んでくるとはな。ハッハッハ!! 千載一遇の好機、貴様をここで殺し我ら人族の世を作る!!」


 別人とは言え身なりが魔王の私を前にしてこの余裕。

 訳が分からない。


 しかし、父上はすぐに何か思い出したように大きく溜め息を吐いた。


「それにしても勇者めしくじりおって」


 耳を疑った。


 魔王と勘違いして僕だと気が付かないのは仕方がない。


 だけど、僕をもう自分の子どもと見ていないことが少し悲しかった。

 弟が生まれてから期待なんてしていなかったけど、やっぱり直接聞くと響くな〜。


 さらに、父上は信じられないことを口にした。


「せっかくいざというときのためにあの杖を持たせてやったのに。相打ちにも持ちこめんとは……」


 僕がその言葉に思ったことは“やっぱり”だった。

 やっぱりあれは父上が……。


 あの杖は切り札として父から預かった物だ。

 アリシアから自爆魔法だと教えてもらってから何かの間違いだと……いや最初から父上ならやりそうだとは思っていた。


 怒りはない。

 だけど、だけど……ただ、ただ悲しい。

 

 そこまで、僕を邪魔だと思っていたなんて……。


 この姿では、本音をぶつけても理解してくれない。

 僕は必死に呑み込んで話を変える。


「一つ……聞く。なぜ兵を挙げた?」


 果たして動揺を隠せたのか、分からないが堂々と言い放ったつもりだ。

 魔王と勘違いされているならそれはそれで好都合。


 そうなりきって、演じてみせれば迫力は上がるだろう。


「決まっている。魔族が邪魔だからだ。我が王国、人族の世を作るには消えて貰うしかあるまい。根絶やしにしてくれる!」

 

 ……目が据わっている。

 スイレンの言う通り、本当に正気を失っているようだ。

 本当に一体何が……。


 いや、考えるのは後だ。

 僕は持っていた聖剣を構える。


「聖剣……勇者を倒した戦利品を見せつけるか」


 そんなつもりは一切ないけど……僕のだし。


 !? 


 そのとき、父から殺気と共に魔力が放出する。

 強大な力だ。

 

 だけど、安定していない?

 大きくなったり弱くなったりと繰り返している。


 大きくなる比率の方が高いから出力自体は高まっているように見えるけど。


 まるで、自分の魔力じゃないかのように制御ができていない。


「リウォン!! 気を付けて!!」


 スイレンがそう叫んだ直後、父上が周囲に放っている魔力が異様な気配となってこの場を包み込んだ。


「これは……」

「この中にいると、魔力が使えなくなるの」

 

 間に合わなかったと言いたげに唇を噛みながらスイレンはそう零す。

 

 魔力が使えない?


 試してみると、確かに魔力に大幅に制限がかかったように出すことができなかった。

 微かではあるが出すこともできるけど、気休め程度だ。


「そうか、これで」


 ようやくスイレンがここまで一方的に負けた理由が分かった。


 本音を言えば、父の凄まじい魔力を見ても彼女が後れを取るとは思えなかった。

 

 恐らく互角。

 そして、父の魔力が不安定なことを見て、その謎はさらに深まっていた。

 二人が互角の戦いを演じて限界が近づくにつれて父の魔力は暴走する可能性が高くなる。

 

 そうなったとき、スイレンの勝利が決まる。

 

 だが、魔力が使えない領域。

 魔法攻撃が主体のスイレンには天敵であるこの領域ではその優位性を一気にゼロにする。

 

「ハッハッハ!! 我が“抑止抑圧ワンウェイ”の前では貴様は無力同然だ! だが、私はこのように!!」


 父、いやデレボールは地面を蹴った。


 一直線に僕に向かってきて、その振り上げる剣にはギラギラと鋭利な魔力を纏っている。


「……リウォン!!」

「スイレン、大丈夫」


 僕はその攻撃を軽く躱し、お返しに一発聖剣をお見舞いしてやる。

 悪いけど、こんな状況じゃ父とはいえ手加減はできない。


「がっ!!」


 纏っていた魔力を霧散させデレボールはよろめく。

 剣が直撃した部分は微かに切り込みが入り赤く滲んでいる。


「やっぱり、こんなものか。魔力が使えないのは痛いな、全力でこれなんて」


 一刀両断するつもりでしたんだけどな。


 それにしても、あれだけスイレンが僕の名前を呼んでいるのに……違和感に気付く様子もないな、


 ……そんな余裕もないか。


 デレボールは目を見開いて上手く言葉が出せていない。

 それはスイレンも同じだった。


「そ、そんな……はずが……そんなはずがあるか!!」


 デレボールは再び地面を蹴った。


 同じく凄まじい魔力を乗せた一振りが僕の頭上に迫る。


「……デレボールと言ったか。お前がしているのはただ魔力を乗せて剣を振り回しているだけだ」


 これを剣技と呼んでいるなら烏滸がましいにも程がある。

 まぁ、流石に文官だった父がこの短い期間に剣技まで習得していたらそれはそれで複雑だけど。


 僕はひょいと躱して体勢を崩したデレボールに目掛けて剣の連撃を浴びせる。


「強いて言うなら硬いぐらいか。……魔王を嘗めているのか」

 

 あのアリシアを、魔王を、魔力を抑えただけで勝てると思っているなんて楽観的にも程がある。

 

 アリシアは魔力も凄まじいがその身体能力も無視できない。


 正直なところ、僕が元の勇者の身体だったら苦戦していたかもしれない。

 反射神経で躱すことはできたと思うけど、この魔族の身体能力はただの視力だけでデレボールの動きが全部見えている。


「は、はは……だが、貴様の攻撃も掠り傷程度にしかならん! だが、貴様は一度でも当たれば終わりだ!」


 確かに魔力が使えないからまともな防御はできない。

 だけど……。

 

「そう考えているなら来い」

「言われなくても、貴様を滅ぼして私は人族の世を作る!!」


 先程よりも凄まじい魔力が剣に集中しそれを一振り。


「一つ覚えだな。ただ魔力を強めれば良いわけではない」


 僕はその剣に対するように自分の聖剣を掲げる。


「血迷ったか!!」


 聖剣の強度では切断されることはないがそれでもあの魔力量では押し切られてしまう。

 普通に受ければだが。


 聖剣に触れた瞬間、僕はその剣を軽くいなし剣の軌道を変える。


 その際、聖剣にはデレボールの剣による力が加わり外側に引っ張られそうになる。

 だけど、この程度の力。


 この身体ならなんともない!

 

 腕に力込めて制御しつつ、その力を逃がさないように腕を回転させ遠心力に変化させる。

 そして、未だにガラ空きのデレボールの身体に叩きつけた。


「がああああ!!」


 血飛沫を上げながらデレボールは吹っ飛んでいく。

 叩き切るつもりだったけど、ギリギリで全魔力を防御に回したか。


「けど、もう立てないだろう」


 それを裏付けるように周囲を包んでいた“抑止抑圧ワンウェイ”が消失する。


 それと同時にようやく一息つく。

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