第29話 村会議

 

 席に着いた私たち全員の前にフィリアさんがお茶を入れた湯飲みを置いていく。

 全員に行き渡ったことを確認してから早速村長は本題に入った。


 一口もお茶に口を付けないのは焦りの表れなのだろう。


「先程の伝令。内容は……徴兵じゃ」

「徴兵!?」


 その言葉に真っ先に驚いたのはリウォンだった。


「王国が? 一体何の為にですか!!」


 村長は大声で捲し立てるリウォンを咎めることはせず、まずは頷いた。

 そして、視線を落として消え入りそうな声で呟いた。


「……魔界への侵攻じゃと」

「馬鹿な!! 先の戦争の被害は甚大だった! たかが数年で回復できるものじゃないはずだ? いったいどれだけの死者を出したと……」


 リウォンの言葉にただ一人を除いて誰も何も言えなかった。

 いや、唱えることができないと言った方が正しいか。


 魔族である私とアルカードには王国軍の現状の詳細は知り得なかった。

 だが、あの戦争を経験した身だ。

 あの壮絶さは身をもって知っている。

 

 王国軍の被害も想像は難しくない。

 どちらが悪かったなど蒸し返すつもりはないが、私たちが王国に被害をもたらしたのは事実だ。

 

 つまり、加害者の私たちには口を出すことはできなかった。


 辺境のこの村で暮らす村長夫妻も詳しくは知らなかっただろう。

 

 ただ、唯一スイレンだけは違った。

 リウォンと共に戦った彼女だけは口を出せた。


「……リウォン。多分、だからこその徴兵だと思う。前の戦争では徴兵は行わず軍だけで動いていた」

「ッ!!」


 その言葉に納得したようだがそれは行動の理由だけで倫理的には納得していないのか唇を噛みしめた。


 村長は残りの伝令の言葉を今度は遮られることなく言い終えた。


 内容は今も脅威である魔界に侵攻しその脅威を取り除く。

 進軍行路は迷い森ではなく前回と同じ魔界と人界を繋ぐ山脈を割るようにできた大道。

 五日後に交易都市グランスに村の全ての男たちは集合するように、とのことだった。

 

 しかも、これは王の勅命。

 逆らえば反逆者として捕らえられてしまう。

 王国の領内にいる以上、無視することはできない。


 驚き疲れたのか、光を失った瞳となったリウォンは呟くように尋ねる。


「……そうそれ、王の名前、デレボール・カートルと言ってた。これは聞き間違い?」


 それに答えたのはやはりスイレンだった。


「最近だから、まだここまで知れ渡っていないと思うのだけれど、王国で革命が起きたの。魔界侵攻派と国王率いる講和派との。そして、その侵攻派のリーダーが小父おじ様」


 小父様? と私は首を捻ったが先程のリウォンが出した名前を思い出した。

 デレボール・カートル……カートル?

 あっ、そういう……


 私の考えを読めたのかリウォンは頷いた。


「僕の実父だ。でも、まさか忠誠心の高かったあの父上が革命なんて……」

「私が王国に戻ったときはもう革命は終わった後だったけど、激しい戦闘の跡は残っていた。戦争に続いて革命も相当の犠牲が出たはず! なのに、もう魔族と戦争を行おうとしている。正気の沙汰じゃない! 私は止めるように言ったんだけど……反逆罪を着せられて殺されかけた」


 スイレンが小さい声でそう述べる。

 だから、あんなにボロボロで顔も隠していたのか。


「……命からがら逃げ延びて、もう死ぬだけと思っていたけどあなたと再会できた。……リウォン、もう小父様は……あなたの知るお父上じゃない。正気を失ってる。何かに取り憑かれているみたい」


 どうやら人界はとんでもないことになっているんだな。

 リウォンたちに悪いけどあまり話に付いていけなかった私にはそんな子どもみたいな感想しか思い浮かばなかった。


 だけど、もちろん頼まれたら力にはなる。

 取り敢えずはリウォンを励ます……必要なかったか。


 既にリウォンは何かを決心した表情になっていた。


「王国に赴き……父と話しをつけてきます。前ほど力をなくしたとはいえ、それは人族も同じ。魔族と決戦を行うのは間違いだ。こんなの誰にでも分かる。……いや」


 リウォンは首を振り再び口を開く。


「そもそも戦争が間違いだ」


 確かにその通りだ。

 あの戦争で得た成果は何もなかったはずだ。

 少なくとも私たち魔族には。


 むしろ、何もかもを失ってしまった、


「村長として無謀な戦いに我が村人たちを向かわせるのは気が引ける。じゃが、王命にも逆らえぬ」

 王命に逆らえばそれこそ反逆者だ。

 この国に居場所はなくなるどころか攻め滅ぼされるのは間違いない。


「はい。まずは王命に従いグランスに向かって下さい。その間に僕が必ずこの戦争を戦争にはしません。させません」

「リウォン、私も行こうか?」


 リウォンは返答を返そうとしたがその前にアルカードが口を挟んだ。


「いや、アリシアは魔界に行った方がいい。」

「魔界に? なぜだ?」

「魔界も大分きな臭い動きになっている。そもそも、魔族が力をなくしたというのは間違いだ」

「どういうこと?」


 リウォンが神妙な顔で尋ねるとアルカードから爆弾発言が飛んできた。


「既に魔界では新魔王の名の下に新たな魔王軍が発足している。いつ、攻めてくるかわからねぇぞ。新魔王はテヴェレの奴だ」

「テヴェレだと!? あいつは死んだはずだ!!」


 予想外の名前が出て私は酷く狼狽してしまう。

 私の親代わりで魔王にまで押し上げてくれた恩人。


 あの戦争で死んだはず……


「……詳しくは知らないが生きていたということだ。俺の目に狂いはない。確かに奴はテヴェレだった。しかも、魔王軍は大分様変わりしていたぞ。あそこに俺の居場所はなかったから帰郷してきたわけだ」

「なんでそんな大事なことを今まで黙っていたのですか!?」


 アルカードにフィリアさんが責めるように言葉を投げる。


「いや、言おうとしてたんだけどよ。中々機会がなくてな」


 まぁ、人界の話で盛り上がっていたからな。


「それで、攻めてくるのは確実なのか?」


 一先ず、話の軌道修正をする。


「間違いない。見たところお前が大事にしていた国作りよりも戦力の増強に力を入れていた。……あれでは昔の魔界に逆戻りだな」


 そこでリウォンは思い至った。


「もしかして父上はその魔界の動きを察知したんじゃ?」

「それなら、徴兵は頷けるな」


 だが、そこでスイレンが否を唱えた。


「でも、小父様は明らかに異常だった」


 スイレンの言葉を気にしすぎだとリウォンは言えなかった。


「とにかく、やることは変わらない。この戦争を止める。リウォン、私は魔界に行く」


 リウォンは一瞬戸惑ったがそれが最善という結論に至ったらしく重々しく頷いた。

 王国を止めている間に魔王軍が侵攻を開始した場合、混乱は大きくなることを理解したのだ。


「わかった」

「少し、いいですか」


 纏まり始めた話にフィリアさんが口を挟む。

 その表情はどこか心配そうだ。


「お二人は大丈夫なのですか? 人界、魔界のお互いの王は覚悟を決めている様子。お身内の言葉とはいえ止めるのは難しいと思うのですが……」


 つまり、フィリアさんは話し合いは決裂し戦闘になることを危惧している。

 いや、スイレンの話を聞く限り人界では殆ど確実にそうなるだろう。


「お袋、心配するなって。アリシアはこんな身なりになってしまったが魔力は俺を超えるんだぜ」


 透かさず、アルカードがその心配は杞憂だと言った。


「アルカード、あなたは知らないようですがお二人は全力を出せないのです。つまり、深淵と聖力を」

「なっ……本当なのか?」

「えっ……本当なの? リウォン?」


 アルカードとスイレンがそれぞれアリシアとリウォンに尋ねた。

 私たちは頷き、事情を説明する。


「……いざとなれば私は魔人化しても仕方ないと思う。死ぬことはないはずだ」


 リウォンは私の決意を悟り頷いてくれた。


「僕はアリシアより致命的ではないから」


 血をどばどば吐くのどこが致命的ではないのか。

 だけど、私はそれを口に出さなかった。


 たとえどんなデメリットがあるとしても私たちは止まらない。


 このままなにもしなければこの村の人が戦場に向かい確実に命を落としてしまう。

 断じて許容できることはではない。


 私たちを受け入れてくれたこの村に恩返しと言えば聞こえが良いが、本音は私たちの家を守りたいだけだ。


 それに魔界に戻ることにも私にはまさに絶好の機会と言える。


「少し思っていたんだ」


 私は悪戯な笑みを浮かべる。


「魔王としての最後が逃げて終わりだなんてみっともないなって」

「……確かに、そんな勇者もみっともないな」


 いつの間にかリウォンも同じような笑みを浮かべていた。


「最後に一度だけ魔王に戻っていいか?」

「僕も勇者としての最後の務めを果たすよ」


 二人は再び最後の魔王と勇者の務めを果たすことを決心した。


 出立は準備を含めて二日後。

 だが、この場の六人中二人は顔色が暗かった。




 早朝、アルカードは一人で村の門に向かっていた。

 だが、同じ事を考えていたのかスイレンとばったり出会ってしまった。


「げっ……あんた何を……」

 

 そう言いかけてスイレンの口は止まる。

 察したからだ。

 それはアルカードも同じだった。


「考えは同じようだな」

「……不本意だけど」


 “本調子が出ないアリシアとリウォンに戦わせたくない”

 

 聖力と深淵が使えない二人は自分たちよりも弱い。

 だからこそ、私、俺で全てを終わらせる。

 

「しくじるなよ」

「そっちこそ」


 そして、アルカードとスイレンは別々の方向に走リ出した。

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