第6章 降りかかる災い

第28話 不吉な予感


「まお……アリシア。すまない。話は後だ。……先に行ってるぞ」


 そう言ってアルカードは颯爽と走り去っていった。

 最後に言葉に詰まった理由は私にある。


 私の視線が声のした村の中央よりもリウォンに向いていたからだ。


 中央の声が気にならなかったわけではない。

 ただ、私にとっての優先順位が今のリウォンの様子よりも低かっただけだ。

 

 私は中央とは反対方向に小走りで駆け寄っていく。

 

「リウォン! おい、リウォン!」


 家の扉前から呆然と前を見詰めたまま動く気配のリウォンを揺すり呼びかけるが反応はない。


 それほど、リウォンは酷く動揺していた。


 こんな状態のリウォンを放っておけるはずがなかった。


「……しょうがないな」


 驚いているということはリウォンも気になるのだろうと勝手ながらそう解釈し連れていくため身体を押そうとする。


 そもそも、珍しくここまで驚き固まってしまったリウォンを置いていく選択肢はない。


 私はリウォンの右腕を持って前に進もうとするが……


「ふんっ!! ……動かない」


 私の一人の力だと引っ張っていくのも難しかった。


 魔法を使えば可能だと思うが力加減が得意ではないのであまり使いたくない。

 力を入れ誤ってもリウォンなら無傷で済むだろうが……こればかりは気持ちの問題だ。


 まぁ、それにすぐ近くに呆然とする少女がいるのだから使うまでもない。


「おい、スイレンだったか。こいつ押すの手伝ってくれ」

「う、うん」


 スイレンも放心していたようだけどリウォンほどではなく私の声にすぐに応じた。


 ふんっとスイレンが顔に真っ赤になるほど力を加えてリウォンの背中を押し始め、それに合わせて私も腕を引っ張る。


 だけど、結果は同じくビクともしなかった。


「?」


 力が加わったように感じない。

 後ろに視線を向けるとまだ必死に押しているスイレンの姿があった。


 あははは……力仕事は得意じゃないようだな。


 その視線に気が付いたのかスイレンはむすっとした表情になってその周囲に不思議な雰囲気を漂わせ始めた。

 言うまでもなく魔力を使用したのだ。


 私は思わず止めようとしたが、止めたのは自分の動きだ。


 スイレンは完璧に自分の魔力をコントロールしていた。

 一瞬だが目を奪われてしまうほどに洗練されている。


 ……魔力の扱いに限って言えば私とリウォンよりも上なんじゃないか。


 兎に角、力を出した彼女がリウォンの背中を押したおかげでようやく私たちは前に進み始めた。


「言っておくけど……別にあなたのことの命令に従ったわけじゃないから! 私はリウォンのために」


 私……魔王だった私の言葉にすぐに頷いてしまったことがしゃくだったのかリウォンの身体を押しながらそう口早に言ってきた。


 別に気にする必要なんて……いや、一朝一夕に納得なんて無理だな。

 むしろ、こうして会話が成り立っていること自体が奇跡に近い。


 アルカードとならば言葉ではなくすぐに殺し合いが始まってもおかしくない。

 

 ……その奇跡の一番の理由はこの身体のおかげなんだろうな。

 私はそのことに少し心が温かくなった。

 

 自分たちが殺しかけたことは棚上げして、リウォンに心が許せる親友が生きていたのだ。

 

 別に自分のように喜んでもいいだろう。

 まぁ、そんな正直に言葉に出したりはしないが。


「わかってる。それでいい」


 でも、これは素っ気なかったかな。

 いや、別に私が仲良くなろうとしているわけじゃないからいいか。


 スイレンがリウォンのことを思ってくれる。

 私はそれだけで十分だった、

 

 ……別の気を抱き始めたら邪魔をするけど。



 やがて、村の中央に辿り着くと既に訪れた伝令には村長が応対していた。


 その馬から下りずに村長と対話、いや命令する態度には思わずむっとしたがそれは村の皆が内々に思っていることだろう。


 我慢している皆を差し置いて私が怒るのは皆の我慢を踏みにじる行為。

 だから、私は耐えることにした。


 現に村長の後ろに控えているフィリアさんとアルカードも耐えている。


 ただ、アルカードに関して言えば“ぎりぎり”耐えていると付け加えた方がいいだろう。

 アルカードの右手は握りしめられ震えていたのだ。


 伝令の命令も終盤だったらしく、言い終えると一礼もせずそのまま馬で走り去ってしまった。


 明らかに辺境の村だからと見下した態度だ。

 以前の私なら容赦なく斬り捨て、いや消し去っていただろう。

 よく我慢したと褒めて貰いたいぐらいだ。


 村長はその伝令の後ろ姿を見て軽く息を吐き出した。

 顔を上げる途中で私たちの姿に気が付きそのまま目を向けてくる。


「アリシア、リウォン。付いてきて欲しい。意見を聞きたい。良ければスイレン殿も同席を願いたい」


 一切の笑みが浮かんでいない真剣な面つきの村長に私は頷きを返した。

 それだけ一大事ということだけは嫌でもわかる。


「アリシア、スイレン。もう大丈夫」


 気を持ち直したリウォンが私たちの手から優しく離して村長に顔を向ける。


「僕の方からも是非、話を聞かせてください」


 そして、私たちは村長宅に向かった。

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