第27話 人界の親友


 アリシアはアルカードを連れて外に出て行った。


 久しぶりに会ったんだし積もる話もあるだろう。

 僕だってスイレンにはいっぱい聞きたいことがある。


 それに、深い事情があったとはいえ僕やスイレンにとってアルカードは敵だったことに変わりはない。

 そんなすぐに過去の遺恨を水に流すにはあの戦いは壮絶すぎた。

 

 もちろん、僕にだって思うところはある。


 アリシアの親友じゃなかったら、恩のある村長夫妻の一人息子じゃなかったら、スイレンが生きていることを知らずにいたら。

 もしかすると思い出した瞬間に斬りかかっていたかもしれない。

 

 今でこそ普通に接することができているけど、僕とアリシアも最初は喧嘩ばかりだったしね。

 

 お互いの身体が自分のだったから暴力で解決なんてできなかったし。


 僕たちみたいな事情がないあの二人にはしばらく整理する時間が必要、というわけで二組に分かれたわけだ。


 ちなみに村長夫妻は自宅に戻っている。


 フィリアさんが嬉しそうに、それもスキップしそうなくらいな雰囲気を醸しながら家に戻っていった。


 あの様子からして恐らく夕食の準備はしなくて済みそうだ。


 村長もまずは僕たちで整理をするべきだとアルカードをアリシアに譲ってくれた。


 僕は椅子に座りながら窓を覗いてみると、アリシアとアルカードが切り株に座りながら喋っている姿があった。


 うーん、どうやらまだ警戒心は解けないか。


 アルカードの訝しげな表情からまだ信じることができていないようだ。

 

 って!! ちょっと近くない!?


 アルカードがアリシアの顔に近づけてまじまじとその顔を見詰めている。

 アリシアもされるがままじゃなく突き飛ばしなよ! 


「ねぇ、リウォン聞いてる?」

「え? あ! ああ! ごめんごめん」


 対面に座るスイレンは反応がない僕に不機嫌を隠さずに頬を膨らませている。


 その言葉によって現実に引き戻された僕は笑って誤魔化す。


 訝しげな目でしばらく睨んでいたスイレンだが、すぐに諦めたように息を吐いた。


「……本当に私の知っているリウォンだね。うん! 納得!」


 それで僕の変化について悩むのは終わりだと自分に言い聞かせるようにスイレンは大きく頷いた。


「もう少し時間がかかると思っていたんだけど」


 スイレンの返答は前、僕が騎士だったときと同じ砕けた口調に戻っていた。


「だってね〜。見た目や声は違和感だらけなんだけど雰囲気や喋り方がリウォンそのものなんだもん。身体が変わってもリウォンはリウォンなんだね」

「こうなる前からも男として生きていたからね。変わらなくてもおかしくないか」

「うーん。もっと深く言うとちょっと丸くなったかも」

「丸く?」


 え? 太った?

 力仕事ばかりだからそんなことはないと思うけど。


「……やっぱりお家が関係していたのかな。雰囲気が棘がある感じだったよ」


 そっちか。

 そうか、身体が変わっているんだし体型は知る由もないか。


「そうだったかな?」


 雰囲気に棘……何か、僕がアリシアに言ったことと同じような。


 けど、確かに僕も跡取りとして育てられそれに相応しくなろうと男らしくなろうとしていた。


 だけど、弟が生まれ後継ぎの目はなくなり自分を見失いかけた。

 

 だからといって弟に恨みはない。

 父上も悪いと思ったのか縁談を持ってきたが今更着飾るなんて気にはなれなかった。


 それからは剣を頼りに誰よりも強くあることが自分の存在理由と考え打ち込み勇者に至った。

 だけど、それは傍から見たら狂気染みて見えていたのか。


 ……いやいや、ずっと近くにいたスイレンだからこそ気が付いたのだろう。

 僕はそう思うことにした。


「えっと、なんだっけ。…その何ちゃらコートっていう魔法のせいなのよね」

「グリモアコードね。全くとんでもない偶然があったもんだよ」

「にわかに信じられないけど現にそうなってるんだからいいとして、本当にもう戻れないの?」

「うん、そう古文書に書いてあったから」

「だけど、それが本当の事を書いているとは限らないんじゃないの?」


 ぐいっと身を寄せて顔を近づけて尋ねてくるスイレン。


 その顔は真剣だ。


 息づかいが聞こえる距離でじっと僕の瞳を見詰めている。

 子供っぽさを残した顔だが距離という武器は強烈でたとえ同姓でもドキッとしてしまうだろう。

 

 僕もバクバクと心臓が跳ねてしまったが幸いスイレンは気が付いていないようだ。

 その動揺が悟られないように僕は慌てて捲し立てる。

 

「ま、まぁそれはそうだけど。多分、本当の事じゃないかな。見たこともないような言語、それも魔族のフィリアさんでさえ読めなかった如何にもな本だったから」

 

 だけど、スイレンは僕の返答にはなにも返さず一言の質問を返してきた。

 

「もし、戻れるなら戻りたい?」

「え?」

「もしリウォンがそう望むなら私は全力でその方法を探す。リウォン、戻りたい?」


 スイレンの目は本気だった。


 だけど、僕はすぐに頷けずにいた。


「え、えーと。そうだね。戻れるなら、戻りたいかな」


 我ながら歯切れの悪さは少し見苦しい。


「……そう」


 スイレンは僕の言葉に納得したのか上げていた腰を椅子に戻した。


「ふぅーん。やっぱり、あの子との出会い?」


 唐突のスイレンの言葉に僕はドキリとした。

 やっぱりスイレンには隠せないな。


「……わかるんだ」


 間接的にスイレンの言葉が正解と伝える。


「わかるよ」

「そっか」

「だけど、理由がわからない。だって、戻ってもくっつくことはできるのに」

「くっ!? ……コホン」


 僕はスイレンの言葉に深く動揺したが空咳することで何とか持ち堪える。


「あれを見て」


 僕が視線を剥けた先は窓の外。

 性格にはアリシアの姿だ。


「魔王、いや今はアリシアだっけ」

「うん。アリシアを見てどう思う?」

「姿はリウォンの面影を残しているけど、違うと言えば違うかな。都市で見かけたときも目を疑ったから」


 望んでいた返答で僕は鷹揚に頷いた。


「そう、あれが本当のあるべき姿。僕はそう思っている」


 その言葉にはスイレンも黙っていられないらしく言い返そうと息を吸い込むがそれを僕手で制する。


「あれが何の制限もなく女として生きた“私”。今更、僕があの身体に戻ったところであのようには生きられないよ。もう、あの身体はアリシアのもの。僕には相応しくない」


 だからこそ、僕はあの古文書を発見し真実を知ったとき足掻かなかった。

 本当に元に戻りたいのなら何が何でもその方法を追い求めていた。


 理由はわからないし聞くのもちょっと怖いけど反発しなかったことからアリシアも同じなんだろう。

 すぐに納得していたし。


 お互いに戻れないと知って思ったはずだ。

 “良かった”と。


「……そう。リウォンがそこまで言うなら私はもうこれに関しては何も言わない。これがあの吸血鬼と変わっていたとしたら猛反対だったけど」

「ははは……? この身体なら良いの?」


 僕は苦笑いを浮かべていたが言葉の中に違和感を覚えてそう質問する。


「だって、その姿を見たのはさっきが始めてだし。何だろ、リウォンの別の姿? そう思うようにしているから」


 違和感の正体はこれだ。

 あの大が付くほどの魔族嫌いだったスイレンがそこまでこの身体に忌避感を示していない?


 思い返せば敵対心を向けていたのは殆どアルカードばかり。


 僕と魔王だったアリシアが仲良くしているのも許容できているし、フィリアさんに対しても敵対心は皆無だった。

 僕の知っているスイレンとはちょっと違う気がする。

 

 それに気になりそのことを直球で尋ねてみる。

 

「あー、まぁ魔族にも人と同じように良い人と悪い人がいることを知ったからかな」


 え?

 ……前のスイレンでは考えられない言葉に僕は唖然としてしまう。


「それに魔王についてはあのリウォンがこれだけ心を許せる相手なんだし、あんな柔らかい雰囲気だとね〜。警戒もしようにできないよ」


 スイレンの言うことは正しい。

 あのアリシアの笑顔は爆発魔法にも匹敵……ではなく僕が本当に心を許せたのはスイレンしかいない。


 それもこれも僕が尖っていたことが原因なんだけど。


「でも、“あの”は余計だけどね」


 アリシアについてはわかったけど魔族全体(アルカードを除く)に対しての意識の変化についての説明はなかった。


 先程と立場が逆転した構図で僕がじーっと見詰めているとスイレンは観念したように口を開いた。


「魔族に助けて貰ったの」


 それが答えだった。


 あの戦いで死にかけたスイレンは目を覚ましてから猛反発したらしい。

 それも当然だろう。

 

 あのときのスイレンからすれば敵から情けをかけられたと思ってもおかしくない。

 それはそれはもの凄い反発だったのだろう。


「だけど、それでも私を助けてくれた。瀕死の状態だった私を、恩を仇返そうとした私を、魔族の敵である人間だった私を……それでも魔族は全部敵と思える? そう思える方が化け物よ!」


 声を荒げて捲し立てるスイレン。

 自分の常識が反転する出来事だっただろうからこの乱れる様は仕方がない。

 だって、魔族は敵というのは僕も思っていたから。


 さらにスイレンの言葉は続く。

 だが、その言葉を言うときには落ち着きを取り戻していた。


「あんなに優しくされたら、命まで救って貰ったら嫌でも魔族に心がないだなんて思えない。人間と同じ、善悪が共存しているだけだって思っちゃったの」

「わかるよ。僕だってアリシアやフィリアさんと出会わなければそう思ってたから」

「だから、私は魔界侵攻を止めるように……そうだ!!」


 急にスイレンが何かを思い出したようだ。


「どうしたの?」

「リウォン! 今、王国でとんでもないことが!! 私と一緒に……ああ!! でも、リウォンは魔族の姿だし……どうしよう!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて! まずはゆっくり何があったか教えて」

「う、うん」

 

 だが、スイレンの言葉を遮るように外から大声が響いてきた。


「「私はローフィル・グラソック。デレボール・カートル王の使者として参った!!」」

 

 え?

 今、なんて……。

 問題は伝令の名前ではない。

 

 王の名だ。

 デレボール・カートル


 その文字と顔が頭に浮かんだ瞬間、僕は立ち上がり家を飛び出した。


 飛び出したはいいが途轍もない動揺で扉の前から次の一歩が出なかった。


 な、なぜ、父上が王と呼ばれているんだ!?

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