第26話 魔界の親友
「……本当に魔王なのか?」
何度目になるのだろうか。
もう聞き飽きた質問をもう一度アルカードが私をじろじろと見ながら投げかけてきた。
それには溜め息を零しても仕方がないだろう。
「もう、何回も説明しただろ」
「未だに信じられねぇよ……」
私とアルカードは家から出て、切り株の上に腰を下ろし二人きりで話を再開した。
家ではリウォンとスイレンも二人きりで話をしているだろう。
友同士、一旦は二人で話すべきだと考えたのだ。
……本当は村長の顔を立てて言い争うことはなかったがスイレンとアルカードから漏れ出た緊張が気まずさに変わったためだ。
遺恨はそう簡単には拭いきれないと言うことなのだろう。
それこそ、身体が入れ替わった! みたないアクシデントがない限りは。
しかし、まさかあの子どもみたいな女性がまさかリウォンの親友だなんて。
いや、まぁ、予測はしていたけども。
都市で拾った少女。
飢えていたから食べ物をやって元気が出た途端に質問攻めだった。
あまりに速い捲し立てに全く聞き取れず苦笑いしか返せなかった。
元気になりすぎたスイレンに圧倒され迂闊なことも言えないので切り上げようと何度か試みたがもう逃さないと言わんばかりにその後も後ろから付いてきたのだ。
そう、この村までも。
後ろから睨み続ける少女の気迫は一緒に赴いた村の面々たちの間にも気まずい空気が流れていた。
結果としては無碍に追い返さなくて正解だったわけだが。
私はチラリと家の窓に目を向けると仲良く話す二人の姿があった。
見た目の違いはあるもののもう打ち解けた様子。
流石は親友だろう。
同じ親友なのにいつまでも訝しんでいる
……ん? ちょっと、近くないか?
窓を見詰め続けている私の視線に顔を近づけ合うリウォンとスイレンの姿が……。
はっ!
私は心の内で首を振る。
元々、同性同士だし距離感が近くてもおかしくはない。
男では見ない光景だが女ではよく見る光景だというのはこの三年でよくわかった。
すぐに身体を寄せてくるフィリアさんやルヒーナ、ルールウェなどこの村でできた友達の顔を思い浮かべる。
わかっている。
わかっているはずなのに……もやもやする。
……あっちを気にするのは止めにしよう。
視線を戻すとアルカードは未だに緊張が解けずにいる。
「……ダチの姿が女、それも勇者になっているなんてそう簡単に慣れるもんじゃねぇよ」
アルカードがぼやくようにそう述べる。
それもそうだなと私も頷く。
アルカードからすれば私は敵だったそれも殺されかけた勇者の姿をしているのだ。
心ではわかっていても無意識に緊張してしまうのも無理がない。
「でも、もう戻れないんだし慣れてくれないと困るな」
その“戻れない”という言葉にアルカードは反応し表情を変えた。
「グリモアコードか。噂には聞いていたが、身体の入れ替えだなんてな。この目で見ない限り……見ても納得するまで時間がかかったぞ」
一回目の説明の後もアルカードは信じられずに唖然と瞬きを繰り返していた。
私がアルカードとの思い出話をしてようやく信じてくれたわけだ。
例えば吸血鬼一族の頭領になったばかりのこいつと本気の喧嘩をして友になったときのことや、魔界を統一したときの話など。
私とアルカードだけしか知らない事を次々と言い当てれば信じざるを得なかっただろう。
「それでお前は今まで何していたんだ。フィリアさんたちがどれだけ心配していたか……あれを見てわかっただろ」
フィリアさんが今まで見せたこともないほどの動転振りにはアルカードも申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
「……それについてはマジでお袋たちに心配かけた。悪かったと思ってる」
話を聞くと村長夫妻との再会は何十年振りだという。
よくもまぁそれだけ顔を見せなかったものだ。
「家出って言っていたし喧嘩でもしたのか?」
「……お袋たちはどう思っているかしらねぇけど、俺は喧嘩じゃねぇと思ってる。ただ、お袋たちを認めなかったくそったれども見返したかっただけだ。俺の方がつえぇってな」
いまいち要領の掴めない言葉だったが、どうやら身内で一悶着があったということはわかった。
これ以上聞くのは野暮だろう。
「まぁ、長い間も顔を見せなかったことは事実だろ。この際、親孝行でもしろ」
流石、親と言うべきかフィリアさんはこいつの魔力を微弱でも感じ取ることができるらしい。
だが、あの戦争でこいつの魔力が微塵も感じ取れなくなったことから死んだと思い込んだとのことだ。
だけど、それにはアルカードも反論があった。
「いや、だけど、俺だって死にかけたんだぜ。本当にまともに動けるようになったのは最近なんだよ」
あーなんかそんなこと言っていたな。
それについては私も気になったので聞いてみる。
どうやら、勇者との戦闘で本当に厳しいものだったらしく奇跡的に命を取り留めたようだったらしい。
それだけではなく意識を戻すまでに一年、立ち上がり身体を動かすことができるようになるまでに二年の月日を要したとのことだ。
「それもこれも俺を助けてくれた村の者たちのおかげだ」
アルカードが言う村はもちろんこの村ではない。
魔界にある私も名前の知らない辺境の村だそうだ。
魔界を統一したと言ってももちろん全員が全員、王都に住むわけではない。
その点は人界と同じだ。
そんな辺境の村が総出で消えゆく命だったアルカードを助けてくれたらしい。
アルカードの撃破後、王国軍は真っ直ぐに魔王城に向かってきたためその村に侵攻の被害は幸い無かった。
そのため、その後も療養は続き無事、今に至るというわけか。
「よく生きてたな」
聞いた限りだと前と変わらぬ姿で目の前にいることが本当に奇跡だ。
それほどにアルカードの傷は聞くに堪えないものだった。
「それは俺自身も驚いている」
「まぁ、事情がどうあれフィリアさんたちには後で改めて謝っとけよ。特に村長だ。あの人は二重の意味で苦しかったらしいからな」
私はそこでにやりと笑ってみせる。
「二重の意味?」
「腹を壊したらしい。想像を絶する量の料理で」
その言葉だけでわかったのかアルカードは「あー」と苦笑いを見せた。
「しかし、すまないな。本来なら部下を助けるのも王だった私の役目だったのに」
「何を言ってるんだ。逆だ。王を助けるのが部下の役目だ。俺の力不足でみすみす奴らを城に攻め込ませてしまった」
「お互いに力不足だったってことだな」
「違いねぇ」
私たちは声に出して笑い合う。
そして、拳と拳をぶつけた。
「結果がどうあれ生きていて良かった。相棒」
「おう」
そのやりとりでようやく緊張もほぐれたのかアルカードの雰囲気は前と同じに戻っていた。
「だけどよ、まさかお前が俺の故郷に身を移しているなんて思ってもみなかった。どうだ。この村は」
「良い村だ。のどかで住み心地が良い」
「そうだろ。それだけじゃなく爺みたいに性格が悪く頭が固い奴なんていないからな」
「あー! そうか」
アルカードの言う爺とは吸血鬼一族の元族長。
アルカードの祖父にして、つまるところフィリアさんの父親だ。
そのことを知ったというか気付いたのはまさに今だ。
我ながら頭の回転が遅くなっているな。
元族長については面識があり確かにアルカードの言う通りの人物だった。
如何にも、村長との駆け落ちに激怒しそうだ。
「村も大分様変わりしたな。見ねぇ顔もいるし。いや、そうか皆成長したんだな。お袋はそのままだったが親父は老けているし。ということはクリストルのやつも大きくなったか!」
えっ……。
私はその名に思わず呆然としてしまった。
「……クリストル」
「ああ、俺の弟みたいなもんだ。こんな小さいときに抱いてやったんだ。見違えるほど成長したんだろうな。もしかすると、子どもがいるかもしれねぇな」
私は楽しみそうに笑うアルカードを見て唇を噛む。
だけど、すぐに真実を告げる決心が付いた。
「アルカード、よく聞いてくれ」
私の神妙な顔付きに気が付いたアルカードは顔を引き締めて言葉を待った。
そして、私は覚えている限りの事の顛末を語った。
「そうか、そうかクリストルは、逝ったんだな」
悲しげではあるが思いのほか冷静のアルカード。
「弟みたいな存在だったんだろ。大丈夫なのか?」
「……悲しくないわけじゃないけどよ。聞く限りあいつは安心して逝ったらしいじゃねぇか。その生き様に文句を言うのは違えだろ」
私はアルカードらしいなと思った。
同時に凄いと思った。
「やっぱり、お前は強いよ」
泣くなんてせずにただ本当に悲しそうな表情を浮かべている。
私みたいにいつまでもくよくよ悩んでいない。
「いや、なにも強くない。俺はあいつに何もできなかったからな。ありがとよ。あいつの娘を救ってくれて。あいつの思いは子供らが受け継いでくれる」
また、私は顔に出していたのかアルカードはそう私に言葉をかけてくれた。
私も前までのように“いや”とは返さない。
その言葉を受け入れた。
「そう、言ってくれると助かるよ」
私の笑顔を見たアルカードは立ち上がりうーんと両手を挙げて身体を伸ばした。
「まさか、あいつがルヒーナとな。お互い、あんなガキだったのに……はえぇな〜。よし!墓の場所を教えてくれ。後で顔を見せに行ってくる」
私はわかりやすく道の手順を教えていると不思議そうにアルカードは私の顔を見詰めていた。
その視線はあまり愉快に感じず半目で睨み付ける。
「なんだよ」
「いや、なんかお前変わったな」
「まぁ、見ての通りだけど」
「いや、身体はともかく中身の方だ。……変わるなって方が無理だろうけど雰囲気が柔らかくなったんじゃないか? 以前は刃物かと思うような覇気を身に纏っていたぞ」
なんか失礼な言い方だが確かにあのころの私は余裕がなかったかもしれない。
雰囲気が柔らかくなったことは思い当たる節は色々あるがそう簡単にはまとめて語れないほどの濃密な出来事だ。
私は誤魔化すように笑みを浮かべる。
「……色々あったんだよ」
だが、流石は私の親友と言うべきか全てはわからずとも原因にはすぐに気付いたようだ。
「ふーん。あいつとの出会いか。昨日の敵は今日の友ってか」
その言葉に私は何も言い返さなかった。
だが、すぐにアルカードの笑みがさらに増した。
もしかすると私の目が泳いでいたかも知れない。
「いや、友じゃなく――」
私はアルカードが言い終わる前に誤魔化すように同じく立ち上がりうーんと背を伸ばした。
もちろん、そっぽを向いて。
そして、何気なく気になっていた事を尋ねる。
話を変えることが本当の目的であるが。
「今の魔界はどうなってる?」
だが、聞いてすぐに気軽に聞くようなことではないと思った。
でも、気になっていたのは確かなので撤回はせずにアルカードの言葉を待つ。
「そうだった!!」
アルカードも村に来てから色々ありすぎて忘れていたのか焦り気味に口を開く。
「そうだった! 魔王、いや今はアリシアか。そんなことはどうでもいい。とにかく今の魔界は――」
だが、その言葉の途中で私はこの村に近づいてくる足音が耳に入った。
……馬?
二、三頭だろうか。
アルカードもそれに気が付いたのか言葉を止めて警戒している。
殺気はない。
だが、嫌な予感はしていた。
敵襲ではないだろう。
今、この村には勇者パーティーと魔王軍の重鎮がおりフィリアさんもいる。
纏まりこそないがこの世界の強者が結集していると行っても過言ではない。
よって、敵襲では自分の中にある嫌な予感が説明つかない。
すると、村の中央から声が響いた。
「私はローフィル・グラソック。デレボール・カートル王の使者として参った。」
王?
こんな辺境の地に王自らの使者?
そして、もう一つ使者の言葉に違和感を覚えた。
王の名前が前と違うような……。
その直後、自宅の扉が思いきり開かれた。
そこから信じられないというように目を見開いて言葉に出せずにいるリウォンが姿を見せた。
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