第25話 波乱の再会


「魔王!! 生きていたのか!!」


 えっ、ちょっと待って……僕を魔王って、ってことはアリシアの知り合い?


 動揺はすぐに収まり冷静にそう判断する。


 けど、不味いな。

 アリシアの知り合いとなると下手なことを言ってしまえば僕がアリシアとは違うことに気付かれてもおかしくない。

 

 僕はなんて言っていいかわからず言葉が出なかった。


 銀の短髪で毛皮のアウターに口から見える八重歯……いや、牙?

 

 服装と雰囲気からいかにも蛮族っぽい青年だ。


 アリシアの知り合いということは恐らく魔族。


 あっ!! 村は!?

 僕は一番大切なことを思い出した。


 むしろ、今の今までなんで思い至っていないのか不思議なくらいだ。


 魔族が村の入り口から離れているこの家まで来ているということは暴れられ……あれ?


 最悪の想像をしながら窓をチラリと覗く。

 すると、談笑する婦人たちの姿が見えた。

 

 僕は拍子抜けし呆けてしまった。

 

 ……ま、まぁ、暴れていたらすぐに気付くか。

 ってことは魔族なのにこの男は村を襲わなかった?


 あっ……駄目駄目!

 僕は心の中で首を振る。


 魔族だからって見境なし暴れ回るわけないことを知っているのに。

 そう簡単にずっと常識と思っていたことは抜けないか。


 それにしてもこの男、全く殺気を出していないな。

 今は知り合いのはずの僕(魔王)との再会で出していないのも頷けるが村に入ったときに出していれば絶対に気付く。

 

 考えているうちにもう一つ疑問が浮かんだ。

 この男はなんでこの村に?

 

 僕との再会は偶然だったようだし、魔王がここにいると思ってという線はない。

 

 つまりは休憩するためにこの村に立ち寄った?

 魔族がわざわざ人界に立ち寄るなんて考えづらいけどそれしか思い付かない。

 

 と、ちょっと考え込み過ぎた。

 すぐに視線を男に戻す。

 

 どうやら、男は僕との再会に呆然としている。

 

 しかし、初めて見た顔じゃないような……。

 

 僕は男の顔を見詰めながら記憶の引き出しを開いて……ああ!!


「まさか、四天王アルカード!?」


 魔族軍幹部である四天王の一人、吸血鬼アルカード。

 四天王の中で、いや魔王軍との戦いの中で魔王の次に苦戦したほどの傑物。


 頭に浮かんだ姿と全く一緒!!


「……な、何言ってんだお前。まさかもう俺の顔を忘れたのか……」


 少し悲しそうな表情をするアルカードを気にする余裕ないほどに僕の頭は混乱していた。


「でも、確かに倒したはず……なんで」


 動揺を隠せなくその声が漏れてしまう。

 だけど、それは仕方ない。


 だって、あのが自分の身を犠牲にして隙を作ってくれたのに……僕は応えることができなかった。


 僕の脳裏にあのとき無くした親友の顔が浮かんだ。


「いや〜俺もあのときは死んだ! と思ったんだけどな何とか……ん? 倒した?」


 どうやらアルカードも僕の言葉の違和感に気が付いたようだ。


 何とか僕も動揺を収めることができたが……さて、なんて言おうか。


「おいおい、まさか記憶をなくしているのか? いや、あの勇者との戦いだ。それもあり得る……むしろ生きているのが奇跡だ。お互い、運が良かったな」


 笑いながら肩をとんとんと叩いてくる。

 どうやら、良い方向に誤解してくれたようだ。

 これなら誤魔化すことができる。


 一瞬、真実を言うことを考えたが余計混乱するだろうとすぐに破棄した。


 だが、この場の混乱は結局のところ収まることはなかった

 僕が言葉を出そうとしたとき扉がバンッ!と思い切り開かれたのだ。

 

「リウォン! いきなりで……ぐえっ!」

「う、うわぁ!」


 扉を開けながら足を止めもしなかったアリシアはすぐ前にいたアルカードにぶつかった。

 四天王だったアルカードといえども虚を突かれ押されてしまえば簡単に体勢を崩し前のめりに倒れてしまう。


「誰だこいつ……えっ?」


 アリシアもようやくアルカードの存在に気が付いたらしくすぐに信じられないものを見たという風に目を点にした。


「何すんだてめぇ! ……は?」


 アルカードもすぐに起き上がり後ろに立つアリシアに睨み付けながら怒鳴りつけようとするがすぐに固まってしまった。


 先に口を開いたのはアルカードだった。


「ゆ、勇者!? なんでここに!! そ、そんな身なりをしても俺は騙せねぇぞ!! この村まで追って来たのか!! 魔王、下がってろ俺がやる!」


 あんなに変わってしまった僕の元の身体の正体を秒も経たずして見抜いてしまった。

 僕は少しどきっとしてしまったが、アリシアは呆然と固まっている。

 

 アルカードの声が届いていないようにも見える。


 しかしながら、事は急を要する。


 アルカードが臨戦態勢に入ってしまったからだ。

 

 牙は隠すことなく瞳も赤く染まり魔力、それも深淵を身体に纏っている。

 初手から本気だ。

 勇者を相手にしようとしているので当然と言えば当然だ。


 だが、アリシアはそんな鬼気迫るアルカードを前にしても緊張感を持つどころかその瞳に涙を潤ませた。

 ……まさかの泣き落とし!?


「アルカード、アルカードなのか」

「は?」


 アリシアも臨戦態勢に入ると思っていたアルカードは気の抜けた声を出した。


 どうやら、泣き落としではなさそうだ。

 まぁ、ガラじゃないし


「リウォン!」


 だが、この場の混乱はまだ収まらない。

 扉の向こうから少女の声が聞こえたと思ったら一瞬でアリシアの前に立った。


 その手には気の杖を持っている水色の長髪の少女。

 だが、その少女の姿には見覚えがあった。

 とても、もの凄く。


 信じられないものを見て僕の鼓動が高鳴り呼吸が乱れる。

 

「嘘……スイレン?」


 スイレン・フォロ。


 騎士として男として育った僕の全てを理解してくれ苦楽を供にした唯一無二の親友だ。


 だけど、目の前のアルカードとの戦いで自分を犠牲にした魔法で死んだはず……。

 生きて、いたの?


 しかし、僕の漏れた言葉はその少女の声にかき消される。


「吸血鬼アルカードに……ま、まさか魔王!? 何、ここ、どこの魔王城よ!! ただの小屋じゃない!!」


 初対面にもかかわらず僕を一瞬にして魔族、それも魔王と看破した。

 それも当然のことだ。

 

 彼女のまなこは一目で対象の魔力の総量が見えるらしい。

 この力には何度も助けられた。

 だって、相手の力を測るためはもちろんだが何より相手の現在の魔力量、つまり余力がわかるのは十分すぎる情報だ。


「お前はあのときの魔法使い!! てめーも生きていたのか!!」

「ふん、お前の攻撃なんか何のダメージにもなりやしないわ」

「そうか、今試してみるか? 貴様と勇者一斉に掛かって来いよ」

「お前ごとき私一人で十分よ」


 ……親友の生存を喜んでいる場合じゃない!


 ピリピリとした空気がこの場を包む。

 まさに一触即発の危機。


 二人が全力で戦えばこの村はただではすまない。


 それどころか勇者メンバーに魔王軍四天王の戦いだ。

 巻き添えで犠牲が出てもおかしくはない。


 止めないと、と心では思っているが言葉が上手く出てこない。

 それほどまでにスイレンが生きていたことに動揺してしまっている。


 それはアリシアも同じだった。

 スイレンの後ろで身体を震わせている。


 だが、この場を沈める救世主がやってきた。


「やめんか! 馬鹿者!」


 その一喝に剣呑とした空気は弛緩した。


 いや、スイレンはまだやる気満々だったがアルカードが退いたのだ。


 しかも、なぜか目を泳がせている。


 この場を沈めた声の主。

 村長だ。

 

 アルカードの戦意が喪失したのを見て一歩前に杖をつく。


 アリシアはもちろん流石に変化した状況に気を呑まれたのかスイレンも道を開けた。


 だが、村長が歩みを始めようとしたすぐ横を颯爽と走り抜けていく人物があった。


 その人は言葉を出さずアルカードに抱きついた。

 白の長髪の年齢不詳の美女にして村長の奥さん。

 フィリアさんだ。


 えっ……どういうこと?

 なんで、フィリアさんがアルカードに?

 さっきから何が何だかわからない。


「アルカード、どこで何をしていたのですか!! 私がどれだけ心配したと……」

「……お、お袋」


 その言葉には僕もアリシアも驚きを隠せなかった。


 村長夫妻に息子がいて、少し前に命を落としてフィリアさんが悲しみに暮れていたという話は三年前に聞いた。


 まさか、その息子が魔王軍四天王のアルカード!?


「すまねぇ。大怪我を負っちまってまともに動けるようになったのは最近なんだ。こう魔力を出すのも久しぶりだからな」


 大怪我は間違いなく僕たちとの戦いのことだろう。


「あなたはもう大人。全てに口を出すつもりはありません。だけど、一つ。親を置いて死ぬなんてことは絶対にしないで下さい。……アルカード、生きていて良かった」


 再びフィリアさんはアルカードの胸に顔を埋めた。

 アルカードも流石に母の涙には敵わないらしく気まずそうな表情をしている。


「コホン、何やら様々な事柄が交錯しておるようじゃ。まずは落ち着いて整理していくべきじゃろう。問題ないなアルカード」


 村長もアルカードに聞きたいことは山ほどあっただろうがそこは“村長”だ。

 この場を上手くまとめようとしている。


「親父、……わーったよ」


 アルカードも何か言いたそうにしていたが飲み込んで頷いた。


 フィリアさんが彼の胸元で肩を震わせて嗚咽を漏らしているためそれどころじゃなかったのだろう。

 アルカードは優しくフィリアさんの背中を撫でていた。


「お嬢さんもそれでいいかな?」


 続いて村長はスイレンにも尋ねる。


「え、ええ」


 スイレンはこの状況の違和感に牙を抜かれ頷くことしかできていない。

 村長たちと知り合いの僕らでもそうなのだ。

 彼女からすれば本当にどんな状況なのかもわかっていないのだろう。


 村長は僕に目配せをしてくる。

 どうするのかを聞いている視線だ。


 村長のおかげでこの場の混乱は落ち着いた。


 フィリアさんも目を腫らしながらもいつものような凜とした立ち振る舞いに戻っている。


 まずは、スイレンとアルカードには本当のことを話すべきだろう。


 僕たちと関わり深いこの二人には隠すことはできない。


 アリシアも動揺からようやく抜け出せたらしく僕の考えに同調してくれた。

 

 このように僕とアリシアが相談している姿はアルカードとスイレンの両人には異様な光景として映っているだろう。

 案の定、訝しげな視線というか驚いた顔でこちらを見詰めている。


 どんな反応をするだろうか。

 もしかするとスイレンは軽蔑して離れてしまうかもしれない。


 だけど、逃げることはできない。

 しない。


 アリシアももう覚悟はできているようでその瞳に揺らぎはない。


 そして、私たちは全てを二人に告白し説明した。


 二人の驚きようは言うまでもないだろう。

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