第24話 交易都市グランス
交易都市グランス。
人界の外れにあるアーエルグ村にとっては生命線とも呼べる西側唯一の交易都市。
アーエルグ村だけではなく西側の村や都市からの特産品などが集中し、人の出入りが激しい。
「ここが人間の街か〜」
私はこの都市の農作物の取引が行われている街道に立ち周囲を見渡して思わずそう言葉が漏れてしまった。
あっ、まず……。
村長夫妻しか私たちの入れ替わりのことを知らない。
グリモアコードの本を見つけた後、村の皆にも私たちのことを伝えることも考えたが結局しないことにした。
理由としては余計な気遣いをさせないため。
魔族と人間というのを除いても、ただでさえ男女の入れ替わりだ。
元々、男だの女だの言われた方はどう思うのか。
村の人たちは優しいから受け入れてはくれるだろうが男女のどちらで接すればいいのか悩むことだろう。
そんな気遣いをされるのはこちらも不本意だ。
元に戻れるならまだしもその可能性がないことを知ってしまったのでその気遣いはずっと続いてしまう。
だから、私たちは新たな人生を始めるという意味で過去を本当に過去にしてしまい込んだ。
ただ、リウォンが魔族だと言うことは(実際は私の元の身体が、だが)薄々皆も気付いていたらしくそれでも何かあるのだろうと知らないふりをしていてくれたらしい。
それはそれで心苦しいのでその点においては私たちの口から改めて説明した。
村長夫妻に始めに説明した駆け落ち
したがって、ルヒーナもリウォンが魔族だということは知っている。
しかし、それはリウォンであって私が人間の街を初めてみたかのような発言をするのはおかしい。
聞かれてしまえば疑問を持たれるのは必然だろう。
私は恐る恐る周囲を確認するとルヒーナは少し離れたところでエメラとファイアの様子を見ていた。
どうやら、今の言葉は聞かれないですんだようだ。
……少しはしゃぎすぎたな。
自分はエメラたちの世話をするために来たのだと気を引き締め直す。
「魔界の街はまた違うのですか?」
うわぁ!!
急に背後から声がしたのでドキッと心臓が跳ねてしまう。
何とかみっともない驚く声は押し返すことができたが跳ねた心臓はまだバウンドしている。
何とか落ち着きを取り戻してすぐにその元凶を呆れたように睨み付ける。
「わざわざ気配を消して話しかけないでくれよ」
「ごめんなさいね」
ふふと微笑むフィリアさんをジーッと睨み続けるが、言っても聞く人ではないのですぐに諦める。
「フィリアさんなら知ってるだろ。魔界で手の込んだものを作ってもすぐ壊れることぐらい」
魔界は魔王として私が統治する前までは戦乱の世だった。
幾つもの種族が戦いに明け暮れていた。
都市なんて目立つ物を作ってしまうと格好の的。
だからこそ、どこの種族も村などの簡易的な住処を平原、適する場所があれば森、洞窟などに作るのがやっとだった。
多種多様な魔族が手を取り合うことができればどれほど発展できただろうか。
だが、戦い続けるというのは魔族の
あー、今思うとたとえ手を取り合っても魔物がいるからすぐに壊されてしまうか。
人界にも魔物は出現するが魔界の魔物の脅威はその比ではない。
それこそ、強固な防衛設備や手練れの兵士でもいなければ瞬く間に瓦礫の山となってしまうのは明白だ。
私はその成れの果てを何度も見てきた。
昔のことを思い出しながら簡単にそのことを言うとフィリアさんは納得がいったとばかりに頷いていた。
「あーだから魔界ではこのような街がなかったのですね」
「……知らなかったのか?」
「すみません。私、自分で言うのもあれですが箱入り娘だったもので。夫に連れ出されるまでは村の周囲にしか出たことがありませんでした。父が許してくれなかったので」
「……可愛がられていたんだな。まぁ、昔なら納得か」
吸血鬼の一族は魔族では稀な好戦的ではない種族で中立を貫いていた。
だがそれでも喧嘩を売ってくる者はいる。
実力者が多い吸血鬼に勝てば自分の力を示すことができるからな。
強さが権力である魔界では別段珍しいことではない。
至る所に戦いの火種がある。
それが魔界だった。
だけど、それは魔王の登場で終わりを迎えた。
私は胸を張って自慢げに話す。
「魔界の中心に作った王都はこの街よりも大きく造りも壮大だぞ。まぁ、途中で人間との戦争が始まったから完成できずじまいだったが」
魔族の中には戦いではなく物作りの方が得意な種族もいた。
魔界では不要な能力で滅亡寸前まで追いやられていたが私が王となり重用することで滅亡の危機を脱した。
得意不得意は皆で補えばいい。
人々が協力し合い今まさに魔界が変わろうとした矢先に人族の侵攻だ。
王都も無残な姿になっているだろう。
……だけど、命は繋いでいる。
王国軍は私という魔王を倒したことで魔族の掃討に出ようとしていたらしいが勇者も死んだことで撤退を余儀なくしたらしい。
私が命を賭けて逃がした何万の民たちは生き延びている。
一度は手を取り合うことができたんだ。
また、敵同士になってバラバラになったりはしないだろう。
「一つ尋ねてもいいですか?」
「どうぞ」
「吸血鬼の一族もあなたの下についていたのですか?」
「ああ、難儀したけどな」
「あの堅物を説き伏せるなんて凄いですね」
「堅物? ……ああ、それは先代だな。今は代替わりをして、そいつのおかげで魔界を統一できたと言っても過言ではない」
「父が代替わりですか……その者の名は何と」
俺がその名前を言おうとしたその時、ルヒーナの私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
なにやら運んでいた荷車の一つが
「昨日、雨だったからな〜」
男たちも押しているようだが他の荷車を運ぶのにも忙しく二人で頑張っている。
なにせ今回の荷車の数は多い。
十台以上で大商団といってもいいぐらいだ。
ちなみに収穫期の売り出しはいつもこれぐらいだそうだ。
「手伝いに行きましょうか」
フィリアさんの言葉に頷きを返し、私たちは小走りで男たちの手伝いに入る。
その後、まだ朝だというのに街の活気は激しく目を奪われながらも取引所まで向かっていく。
諸々の手続きをしている間、私とルヒーナは子どもたちと街を回ってみたらとフィリアさんに提案された。
元々、子どもたちの世話を見るためにこの都市に赴いたのだ。
これは渡りに船だ。
取引を私に任されても言い負かされて向こうに得しかない言い値で売ってしまいそうというのも理由の一つだ。
まぁ、アーエルグ村の強面な男たちは力自慢が多くそれを
いたとしても新人か他所から来た商人ぐらいだ。
それほどにこの都市の商人限定だがアーエルグ村は密かに有名になっている。
だけど、慣れないことはしないほうがいい。
ここはフィリアさんの言葉に甘えるとしよう。
街の散策には私だけじゃなくルヒーナも一緒だ。
一人を見ている間にもう一人がどこかに行った!! という展開は予め消しておく。
準備万端だ。
よーし、ここは密かに貯めていたお金を奮発するときが来たようだな。
「エメラ、ファイア。欲しいのがあったら何でも言えよ。私が買ってあげるからな!!」
その言葉にファイアはあまりわからなかったのか首を傾げるがエメラは目を輝かせていた。
「アリシア、大好き」
その言葉が私の胸に突き刺さり優しくエメラの頭を撫でる。
私の顔がそんなに綻んでいたのか隣から溜め息が聞こえてきた。
「アリシア、あまり甘やかさないで欲しいんだけど。我が儘に育ったら困るわ」
「な、何を言ってるんだ。こんなときしか私の懐はゆるくならないぞ!」
「……そうは見えないんだけど」
そんなやりとりしながらもむさ苦しい男たちが忙しなく積み荷を降ろす、子どもには退屈であろう取引所を抜け出して数多くの屋台が並ぶ大通りまでやってきた。
あれやこれやに目移りして次々と小走りで向かっていくエメラとファイア。
「おーい、そんなに慌てるなよ〜」
と言ってもわんぱくな子どもたちが聞く耳を持つはずもないので見失わないように付いていく。
しばらくして目を付けた屋台で串肉を購入した。
エメラは小さい口で少しずつ噛みきって食べていく。
ルヒーナはファイアが喉を詰まらせないように少しずつ食べさせている。
エメラは一串購入したがファイアの年齢的に一串全ては食べることできないのでルヒーナのを分けている。
そんな光景に微笑んで見ていたがふと視界の端に気になる者が映った。
気になる者と言ったがそれは良い方面ではない。
小汚い黒ローブで顔の上半分と身体を隠す少年または少女。
いや、両手で杖を突いているからお年寄りか?
どちらにせよ平均よりも背丈は小さい。
この都市にはあまり似合わない姿だった。
だが、目に止まった理由は他にもある。
もっとも、これが大きな理由だ。
身に纏っているローブは所々裂けておりそこから黒く滲んだ血痕が付着していた。
色合いや乾いていることから結構時間が経っているように見えるがそれでも私の目に留めるには十分だ。
「……訳ありのようだな」
あっ、目が合った。
ばっとすぐに目を逸らす。
「アリシア? どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
あいつに目を付けられてルヒーナと子どもたちもろとも巻き込まれるのは御免だからな。
……目が合ってしまったし、ルヒーナたちも食べ終わったようだしすぐに立ち去るのが無難か。
「そろそろ行こう――」
だが、私がそうルヒーナたちに言う前に先程の浮浪者が目の前に立ちはだかった。
すぐに私はルヒーナたちより前に出て身体で三人を隠す。
「何か用か?」
私がそう尋ねるがその浮浪者はその問いに答えなかった。
だが、気になる言葉を発した。
「リウォン。リウォンなの!?」
まさか、ばれたのか……。
元の正体を見事に的中した言葉に私は驚きで何も発せられなかった。
声からして女性のようだが、そんなことを気にする余裕もなかった。
ばっと頭に被っていたローブを取り顔が露わになる。
水色の長髪に快晴の空のような青の瞳の少女だ。
何も食べていない期間が続いたのか少し痩せているが美少女の類いに入るだろう。
「リウォン?」
後ろでルヒーナが首を傾げる。
こ、これは不味いな。
私は何とか言葉をひねり出す。
「リウォン? 人違いじゃないのか?」
だが、返ってきたのは明確な否定、そして断言だ。
「いいえ、あなたはリウォンよ。そんな格好をしても私にはわかるわ!! ……リウォン、生きていたんだ。良かっ……」
「お、おい!」
瞳に涙を潤ませながら少女は言葉の途中で倒れてしまった。
単なる気絶のようだが、恐らく栄養失調の類いだろう。
本当に長い間、何も口にしていなかったようだ。
……しかし、今の言い草、リウォンの知り合いのようだな。
放っとけないか。
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