第5章 旧知の友

第23話 日常


「はーい。ご飯できたよ」


 アリシアがうきうきしながら出来たての昼食を広げていく。

 なぜ、このように上機嫌なのか。

 それは前の席で目を輝かせながら机の上に広げられた料理たちを食べ始めた子どもたちの存在だ。


「あんまり急ぐと喉を詰まらせちゃうよ」


 エメラ、そしてファイアはとにかく料理に夢中で僕は念押ししておく。

 ……聞いちゃいないだろうけど。


 ちなみにファイアはクリストルの忘れ形見である今年で三歳になる息子だ。

 アリシアはまるで自分の子どものように二人の面倒を見ている。

 

 あの溺愛ぶりを見たら少し思うところもあるが相手は子どもなので大人の僕は飲み込むべきだ。

 確かに二人は素直で可愛いし。

 

 さて、僕も頂こうかな。

 

 もちろんだがこの場には母であるルヒーナも呼んでおりファイアの隣に座っている。


「また、ご馳走になってありがとね」


 ルヒーナは流石にファイアの様子を見守りつつアリシアに礼を述べた。


「何を今さら、一人で二人を見るのは大変だろ。困ったときはお互い様だ。今日はゆっくりしな。私が二人の面倒を見るからさ」


 ルヒーナは微笑みながら「ありがとう」と言って自分も箸で料理を一摘みする。


「やっぱり美味しい。もうフィリアさんより美味しいかもしれないわね」

「それは言い過ぎだって」


 和気藹々わきあいあいとする二人の会話を聞きながら僕も料理を味わっていく。


 あれから三年以上が過ぎこの村での暮らしも身体の変化にも慣れて染まってしまった。

 

 村の男たちは昼間に農作業や木樵をし、女性たちは夕飯の準備や縫い物、農作業をしている者もいる。

 もちろん、子どもの面倒も見ないといけなく重労働だ。

 特にルヒーナのように一人で面倒を見ないと行けない人は特に。


 だから、このようにアリシアはルヒーナが息をつけるようにと何度もご飯を誘っている。

 まぁ、アリシアだけでなく村長夫妻しかりその他の村の皆々もだけど。


 その中でもアリシアが突出してエメラたちの面倒を見ている。

 恐らくだけどクリストルのことを気にして自分が親代わりになろうとしているのかもしれない。


 彼女は意識していないかもしれないけど僕にはそう見えた。

 もうこれはアリシアの性格なので僕は何も言わない。


 いや、二人に好かれておりアリシア自身も楽しそうに笑うので何も言わないではなく言う必要がない。


「ところでリウォン、今回の街の遠征は私が行ってくる」

「アリシアが?」


 この村では農作物や木材の売り出しと村の必需品の買い出しに一月に一度程度で街まで赴いている。


 だが、街までの道のりは安全というわけでなく魔物に襲われる可能性があり村の男たちで行くのが殆どだ。


 かくいう僕も何度か付き添いで街に行ったことがある。


 アリシアなら魔物に襲われても問題ないと思うが……少し懸念がある。


 それはアリシアが王国の勇者だった者の姿をしていることだ。

 それがあり間違っても気付かれてはならないとまだこの村から出たことはない。


 身体が入れ替わった直後のときなら何としてでも戻って王国に帰参しなければと考えていた。


 だけど、今となっては身体が戻っていないが主な理由だけどもう一つ。

 この生活がなくなるのだけは絶対に避けたいという意識の方が強い。


 もしも、アリシアが死んだはずの勇者だとばれたらどうなるのか。

 前みたいに王国に政治方面、武力方面のどちらに対してもいいように使われる道具にされる可能性が大きい。

 いや、絶対にされる。


 できるだけその危険リスクは避けたいというのが本音だ。


 僕の神妙な顔に気付いてかルヒーナはうんうんと頷き始めた。


「リウォン、アリシアを大事にしている気持ちはわかるけど大丈夫よ。アリシアに群がる男は私が払い退けるから!」

「えっと……ちょっと違うな」


 何やら誤解をしているルヒーナに引き攣った笑みを見せる。


「アリシア、女の私でも思うくらい美人だからね〜。何気にこの村って美人が多いわね……アリシア、フィリアさん。ほんと、村娘にしておくのがもったいないわ」


 ……確かに。

 今のアリシアを見て勇者リウォン・カートルだとわかる人はそうはいない、か。

 

 戦闘では邪魔で短くしていた金の髪は背中まで伸びているし村娘の格好(布の鮮やかな服にゆったりとした長いスカート)をしてるのだから。


 以前の勇者の姿とは似ても似つかない姿だ。

 

 それにもう三年の年月が経っているんだし王国での勇者の姿は薄れているだろう。

 それも向かう街は交易都市と呼ばれているとはいえ田舎の交易都市だ。

 僕が行ったときも勇者の話題は一つもなかった。

 

「うん。わかったよ」

「よし、許しを貰ったぞ。これでお前たちとも一緒にいけるな」


 アリシアは顔に花を咲かせてエメラとファイアの頭を撫でる。

 二人が黙々と食べながら頭を揺さぶられている滑稽な姿に思わず笑ってしまいそうになる。


 が、少し気になったことがあったためすぐに引き締めて尋ねる。


「……ちょっと聞き流していたけどルヒーナたちも行くの?」

「ええ、子どもたちに街を見せてあげたくて。だからアリシアには付いてきて欲しかったの」


 なるほど、それなら頷ける。

 だけど……


「リウォンの言いたいこともわかる。だけど、フィリアさんも付いてきてくれるから大丈夫。二人がかりなら万が一もない。それに村の男たちの付き添いみたいなものだからむしろ過剰戦力だよ」


 確かにそれなら何も心配はいらない。

 あるとすれば村の方だろう。


「確かにね。なら、僕はお留守番かな。この村を無防備にするわけにはいかないし」

「流石! 分かってるな! それが言いたかったんだよ。お前なら安心して任せられるし」

「まぁ、僕もその間は家でゆっくりとさせてもらおうかな」


 村から街まではゆっくり向かって一日はかかり、街で一日使うと考えると最大三日間はかかるだろう。

 だけど、今回は収穫期のため運ぶ荷物は多く子どもたちも行くことを考慮すると五日かな。


 その間は村仕事も少ないからゆっくりできる。


「それがいいよ。お前、働きづめだったからな。休め休め」

 

 そう言ってすぐにご飯を食べ終えた子どもたちに話しかける。


「エメラ、ファイア。外で遊ぼっか」

「うん!」

 

 エメラがアリシアの手を引いて外に向かおうとする。

 それをファイアがよたよたと歩いて追いかけていく。


「……アリシア楽しそうね」

「もしかしたらずっと前からこんな日々を願っていたのかもしれないな」

 

 それがアリシアが魔王となった理由。

 この穏やかな日々でようやく、争いのない世界を実感できたんだ。


 僕は窓から見えた子どもたちと遊ぶアリシアを見てそう思った。




 アリシアたちが街に赴いてから五日が経ち、その昼間。

 僕は昼食を済ませてお茶を啜りながら本を読んでいた。

 

 もうそろそろ帰ってくる頃かな〜、


 ゆったりとした時間が続き、窓から射すぽかぽかとした日差しに当てられ眠気が襲っていたとき、突然扉が思いっきり開かれた。


「!?」


 睡魔が飛んでいき私は扉に目を向けるとそこには見知らぬ男が立っていた。


「やっぱりお前か、魔王! 生きていたのか!!」

 

 は? え?

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