第22話 発見とこれから
「あと、もう少し」
私はうとうとしながらも本に目を通していく。
この図書館に通い始めてからもう一月近くになる。
始めは魔族の文字に戸惑いを覚えつつも人族の言葉とそう変わらないことに気が付き、今ではすらすらと読めるまでになった。
アリシアと力を合わせて読み進め、現在は一階の本を全て漁り終えて二階の本に目を通している最中だ。
だが、今のところグリモアコードについての本は見つかっていない。
ただ、それを除くと私的に興味のある本はチラホラと見つかっていて後でじっくりと読もうと心に決めている。
ちなみにこの本を漁っている間、村の仕事は休んでていいとフィリアさんから言われていたけど、流石にそれは村の一員として悪いとアリシアと交代交代で図書館に訪れていた。
つまり、二人がここに揃うのは夜の間だけだ。
明かりとして蝋燭を灯さないと字は見えないのがネックだけど。
「おーい」
その声で睡魔に襲われていた私の頭は一気に現実に引き戻される。
「アリシア、お疲れ」
顔を上げて蝋燭の火に優しく照らされたアリシアの顔が見えると私は微笑みながら声をかける。
アリシアはざーっと私の周りに置かれた本を見て呆れ笑いを浮かべた。
「今日だけでこんなにも読んだのか?」
「全部は読んでないよ。いつも通りざっと目を通しただけ。でもあと少しってわかると読む速度もあがっているかも」
「で、グリモアコードについての記述はあったのか?」
私はゆっくりと首を振る。
「そうか。んーこれだけ確かめても見つからないんだと望み薄だな」
「あっ、そうだ。この本に大魔王についての記述はあったよ」
私はすぐ隣に置いていた本をアリシアに渡す。
「大魔王か」
その本に書いてあることはそんなに詳しいことは書いていなく昔話程度の大魔王の偉業と所業についてだった。
魔界を治めるまでの過程。
そして“ファウストロス”、大魔王の名だ。
肝心なグリモアコードについては書いていない。
恐らく一瞬で街を焼け野原にしたなどはグリモアコードを使っているのだろうがそれも推測の域が出ないし私たちに降りかかった魔法の解除の役にも立たない。
「ファウストロス……ああ、そうだった。そんな名前だった。ずっと大魔王としか言っていなかったら忘れてた」
パラパラと捲っていき、アリシアから見てもそれ以上にめぼしい情報はなかったらしくパタンと本を閉じた。
「代わるからお前はちょっと休憩しときな」
そう言って片手にぶら下げていた籠を手渡してくる。
「うん、ありがと」
本に汚れが付くのもあれだから少し離れた位置で籠の中に入っていたサンドイッチとスープを取り出して口に入れていく。
うん、美味しい。
本当に料理、上手になったなぁ〜。
さっきまで私が本を漁っていた位置にアリシアが座って黙々と読み進めている。
遠目から見て気が付いたが、かなりの本の山が出来上がっていた。
片付けていくのも骨が折れそうだ。
今日も徹夜かな〜。
……よし! 頑張ろう!!
早急にアリシアの料理を腹に収めて手伝いに戻る。
一月も経てばこの図書館周りの設備も充実したものとなっている。
主にフィリアさんが掃除などをして整えてくれた。
流石に図書館に篝火などを数多く設置するわけにはいかないので近くに蝋燭を灯して読み進めているが。
流石に掃除は私たちがしようとしたがフィリアさんが「この際ですからここを図書館として村で公開しよううかと、温泉に続き、この魔族の書物を揃えた図書館も名所の一つになりますからね!」と目を輝かせて言うからには邪魔はできなかった。
ただ、魔族を敵としている人族から魔族の書物を揃える村を王国がどう思うか。
もしかすると敵と判断するかもしれないが、この辺境の村のことは王国まで噂が回ることはないだろう。
だって、王国でトップの騎士だった私でもここのあんな素敵な温泉を知らなかったんだから。
だけど、もし噂が回り敵と認定し王国が攻めてきたときはたとえ祖国とは言え容赦はしないつもりだ。
それほどにこの村には恩がある。
っと、こう考えている間に早く終わらせないと。
「アリシア、どう?」
「いや、全くないな」
それから、私も隣で本を漁り始める。
終わりが近いことからやる気も倍増し瞬く間に読み進めて残すところ二冊となった。
「あと、これだけか」
あれだけあった本で嫌がる素振りもあったアリシアだが、未だにグリモアコードについての本がなかったためか“これだけ”という言葉が出てきた。
「二人とも精が出るのう」
掠れた声に目を向けるとそこに村長が立っていた。
その隣にはフィリアさんも立っている。
「どうじゃ? 見つかったか?」
「いえ、まだ。大魔王についての本はあるのですが……」
残りの本も題名からしてグリモアコードの本はなさそう。
まだ数ページだが見る限り薬草に関しての本のようだ。
「……あっ」
突然、フィリアさんが思い出したように声を上げた。
そして、踵を返して小走りで去って行く。
と思ったらすぐに戻ってきた。
「どうしたんだ?」
アリシアがそう尋ねるとフィリアさんは苦笑いを浮かべた。
「私としたことが忘れておりました。まだここに出していない本があったのでした」
「もしかしてそれが?」
「……ですが、この本には問題があって」
そう言って手渡してくれた本は見ただけで相当古いものだとわかるほど茶色に染まった本だった。
題名の字も掠れて読めない。
あっ、もしかして中もこんな調子!?
パラパラと捲っていくが確かに掠れて見えない部分もある。
だけど、別に読めないわけじゃ……え?
私は本から目を離してフィリアさんに顔を向ける。
「……これって?」
「読めないでしょ?」
そうフィリアさんの言うとおりこの本に書かれている文字は見たことがないものだった。
先程の魔族の文字とは全然違うし法則性も全く見当たらず読める気がしない。
まぁ、古そうな本だし私たちの知らない言葉を使っていてもおかしくないんだけど。
魔族のフィリアさんでも読めないんだし魔族の文字とも何か違うのだろう。
私には到底読める気がしない。
ようやく、
やっと見つけた灯火も一瞬で消えてしまう……がすぐ横から薪を継ぎ足すような声が発せられる。
「これ、グリモアコードについて書いてあるな。古い字であまり読めないが」
軽い調子でアリシアがそう言ったのだ。
「は?」
フィリアさんも私も目を点にしてアリシアを見る。
「どうしたんだ?」
「読めるのですか?」
「な、何となくだけどな。育て親から教えて貰った魔人族の言葉に似ているから」
一瞬消えかけた光もすぐに息を吹き返したように感じた。
「ちょ、ちょっと早く読んでみて」
「ま、待てって。別にすらすら読めるわけじゃないし、しかも掠れてて読みにくいんだって!」
それでも急かして次々と読ましていく。
「えーとここは魔法についてで……あっ、あった。入れ替わりの魔法」
「な、なんて書いてるの!?」
「ちょ、ちょっと待って。えーと名前は……“
「それで!?」
しばらくアリシアは黙ったまま本を見詰めている。
だが、ようやく顔を上げたとき苦笑いを浮かべていた。
「あのーこの魔法、術者が死ぬまで解けることはないって」
「……本当?」
アリシアはばつが悪そうに頷く。
ということは、えーと、つまり私とアリシアの魔力が混ざって偶発したから私たちが死なないと私たちは元に戻らないってこと?
戻るために私たちが死ぬ。
本末転倒もいいとこだ。
……為す術ないじゃない。
「……お手上げね」
「……そうだな」
「どうやら、お力になれなかったようで、すみません」
「いえ、ここで知れなかったらいつまでも
元にはもう戻れない。その答えは深く突き刺さる。
だけど、なぜかそこまでショックを受けていない自分がいる。
……ここでの生活が楽しいからかな。
同様にアリシアもそこまで落ち込んでいる様子はなかった。
心の中まではわからないけど表面はいつも通りに平然としている。
「それでお主たちはこれからどうするつもりじゃ?」
突然、村長がそんな質問を投げかけてきた。
どうするってまた日常にもどるつもりだけど……何か不味いことが?
「どうするもなにもまた日常に戻るつもりだ。何か問題があるのか?」
アリシアが今まさに私が考えていたことをそのまま言葉にしてくれた。
「お、おおそうか。あっ、いやいや、てっきり何とか戻る方法を探して村を離れるのではないかと思ったのじゃが……」
「恐らくだがその本に書いてあるのは真実だと思う」
まぁ、見た目も説得力のある雰囲気の本だしね。
「俺はこの答えを受け入れるつもりだ。リウォンはどうだ?」
「うん。僕も同感」
だけど、こんなに受け入れるのが早い辺りもう私たちは元の身体に戻ることに拘っていないかもしれない。
「そうか。それは助かる。お主たちはもうこの村に欠かせぬほどの存在じゃ。残ってくれるならなんと心強いことか。……じゃが、あえて尋ねるが元いた場所に戻りたいとかはないのか?」
「俺はあの戦争で死んだ身だ。戻る場所はない。強いて言うなら俺にとってその場所はこの村になった。それにクリストルと約束したしな。リウォンはどうだ?」
「うん。僕も王国に戻っても居場所はないからできれば一緒にいたい」
……って私は今何を!?
一人でかぁーっと赤くなるがアリシアは満足そうに頷き村長に顔を向ける。
「というわけだ。改めてよろしく頼む」
もはや元に戻れないという真実よりもこれからの生活の楽しみの方が大きく感じていた。
……そうか、ようやくわかった。
私は戻る方法がないと聞いて少しホッとしてしまった。
どこかで私は元に戻ったらこの生活が、帰る場所がなくなってしまうのではないかと危惧していたのだ。
だけど、それはいらない心配だった。
なぜなら、アリシアも私と同じだったからだ。
私たちの帰る場所はもうこの村しかない。
それは元の身体に戻ったとしても同じだ。
同じ生活をしていくのだから身体の違いなど大した問題じゃない。
そもそも元の身体という認識が薄くなり始めていた。
入れ替わったときは覚えていた己の身体の違和感や目の前に自分がいるという不思議な感じも今ではなくなっているからだ。
私の元の身体も今やアリシアの物という認識の方が強い。
本当に慣れてきたんだな。
でも、それでいいと思ってしまう。
明確に意識の変化が訪れていた。
私はそれに抗うのではなく身を投じようと思う。
アリシアが言うようにあの戦争で勇者リウォン・カートルも死んだのだ。
私がアリシアに言った言葉「もう自分のために生きてもいい」それは私にも当て嵌まるだろう。
王国のために尽くしてきた騎士リウォン・カートルはもう終わりだ。
これから新たな人生を歩んでいこう!
「フィリアさん、そう気落ちしないでください。私たちはこの答えで満足ですから」
「そ、そうですか?」
「はい!」
だって、やっと吹っ切れることができたんだから。
私の笑顔の頷きでようやくフィリアさんの顔に微笑みが戻った。
「リウォン! ようやく終わったんだし温泉に行こうか」
「そうだね。終わったと思うと急に疲れが沸いてきたよ」
「あらあら、せっかくですし私もお邪魔しましょうかしら。アリシアさん、お背中お流ししますよ♪」
調子が戻ったフィリアさんも楽しそうに輪に入ってくる。
「いいのか? 俺、男だぞ?」
「何を仰いますか! 今は女性ではありませんか」
「それもそうか!」
元に戻れないんだしこれからずっと女性として生きていくんだけど、それはもう少し躊躇っても……割り切るの早くない?
それに私は介護になりそうだし。
「ふぉっふぉっふぉ、では行くかの」
私たちは図書館を後にして意気揚々にこの村の目玉である温泉に向かった。
それから約三年の月日が流れた。
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