第21話 村の図書館


 フィリアさんの後ろに付いて目当ての本のある場所に向かっていく最中、何かに気付いたように声を上げた。


 ちなみに村長は少し足を悪くしているためお留守番だ。


「ああ、もしかして駆け落ち、夫婦というのは嘘だったのですか?」


 私はギクッと背筋を伸ばす。

 だけど、それは嘘がばれたからではない。

 

 わかってる。

 だけど、なぜか言葉が詰まってしまう。


「あーえっと……」

 

 あれはその場凌ぎの嘘。

 全てを打ち明けた今、村長夫妻にはもう必要がないはずなのに否定の言葉が出てこない。


「あら……」


 フィリアさんが私とアリシアを交互に見て首を傾げていたが、すぐに頷きを返してきた。


「どうやら、私が口出しするには野暮なことでしたわね。ふふ」


 何やら一人で納得したらしく私とアリシアを見て楽しそうに微笑むフィリアさん。


「……なんでそんなに楽しそうなんですか」

「別に〜懐かしいな〜と思っただけですよ♪」


 フィリアさんは何やら悪戯な笑みを浮かべた。


「さぁ、着きましたよ」


 何か言い返そうとしたがそのフィリアさんの言葉でお茶を濁された。


 村の中を歩きいつの間にか目の先には古い小屋? 

 いや、洋館と言ったほうが正しいだろうか。

 それなりの大きさの建物があった。

 

 ちなみに村の中と言っても外れにあり村人でも立ち寄る者は少ないだろう。


 と言うのも洋館全体にはびっしり葉やら蔓で埋め尽くされていた。

 さらには洋館まで続く道も道と言うには烏滸おこがましいほど草が伸びきっていた。

 

 少なくとも数年は人の出入りがなかった明らかだ。


「全く手入れしていませんでしたから当然ですわね」


 私はパチンと指を鳴らして自身の周囲に火の玉を出現させる。

 それを前に移動させ伸びた草を燃やしていき洋館までの道を作る。


 ちゃんと火を制御して他に燃え広がらないようにすることも忘れない。

 

 そして、役目を終えた火は自ずと消えていく。


「ありがとうございます」


 フィリアさんは綺麗な足運びで洋館の玄関に立ち両開きの扉に両手を乗せる。

 だが、その動きはすぐに止まった。

 

「……どうしましたか?」

「ちょっと待ってくださいね。むむむむ!!」


 もの凄く力んでいるらしくフィリアさんの顔はまるで熟れたトマトのように赤く染まる。


 魔族の彼女がそれほどまでに力を入れるということはかなりの重さなのだろう。

 ほんの少しずつしか動いていない。


 扉からもまるで抵抗するかのようにギイイイイと鳴き声のような不快音が聞こえてくる。


「ここ、を! ふん! 開けるの、は、むー! 数十年、ぶりだから立て付けが、悪くなってますね! もう!」

 

 こう必死になる姿もどこか気品が漂って私とアリシアは思わず見入っていたが、ついにフィリアさんが魔力を使おうとしたのでその前に手助けに入った。

 それはアリシアも同じだったが私が向かうのを見て足を止める。

 

 ……三人で押した方が早いと思うけど。

 まぁいっか。

 

 が、私が片手で少し押しただけでいとも簡単に扉は開いてしまった。


「え?」

「嘘……きゃっ!」


 思いきり扉を押していたフィリアさんはそのまま洋館の中へ前のめりに倒れてしまう。


「いたた……」


 わざとらしい仕草で痛がるフィリアさん。


「流石は魔王に至った御方……魔力なしでもこの力って流石ですね」

「そうだった。この身体、大木の丸太を片手で持てたんだった」

 

 道理でアリシアは私に任せたわけだ。

 

 凄いな、アリシアはもう身体の変化に慣れたのか。

 いや、あれから半年ぐらい経つんだから私が遅いのか。


 と、考えながらも私はフィリアさんに手を差し伸べる。


「ありがとうございます」

 

 手を握り軽く引いただけフィリアさんを立ち上がらせる。

 

「フィリアさん。それで言っていた本は……え?」


 視線を前に戻したとき私は言葉を失った。


 視界一面に本棚が広がっていたからだ。


 どうやら二階もあるようだ。

 そこにある窓は草や蔓で隠され外からでは見えなくなっているから気が付かなかった。

 

 その二階にも嫌でも視界に本棚が入ってくるほどの数がある。

 当然のことながら全ての本棚は隙間なく本で埋まっている。


「……これ、全部ですか?」

「え、ええ。……後悔すると言いましたでしょ?」


 確かに、これは骨が折れるな。


 溜め息がでそうになるのを必死に抑える。

 自分から言い出したことだ。


「……リウォン」

「ん? なに」

「いつまで繋いでるつもり?」


 始めは何を言っているのかわからなかったが視線を動かすとまだ私の手がフィリアさんの手を握っていた。


「あっ、ごめんなさい」

「いえいえ、リウォンさん逞しいから少しドキドキしました」

 

 もう、本当にこの人は……。


「アリシアさん。安心してください。私は夫一筋ですから♪」

 

 私が振り向くとアリシアが半目でこちらを見詰めていた。

 だが、すぐにわざとらしく咳払いをする。


「コホン、それよりこんな大量の本。良く持ってこれたな」

「空間魔法の応用ですよ。アリシアさんやリウォンさんも剣をそこにしまっていますでしょ? その容量を少しばかり大きくしたのですよ」

「少しって規模じゃないけどな」


 苦笑いで周囲に辺り一面に見える本を眺めるアリシア。

 本当にこの多さ、まるで王国の図書館。


「粗方目を通したつもりですけど、読んだのは何十年も前でいまいち記憶が定かではなく、と言いますか殆ど覚えておりません」

「ということは今からこれ全部目を通すのか」


 アリシアは作業量を想像して既にぐったりしている。


「アリシア、まだ始まってもないのにそんな調子じゃ保たないよ」

「なんで少し楽しそうなんだよ」


 途方もない量に狼狽えはしたが元々私は本は好きだ。

 王国にいたときは読書に興じることなんてできなかったけど。


 家の後継ぎとして剣を磨き、弟ができてから後継ぎの目がなくなっても残ったのは剣だけだったからさらに磨き続けて……。


 周りの男たちに抜かれまいと必死だったな。


 唯一の気を許せる友達も四天王の一人と戦ってから行方知れず。


 今、考えると本当に苦労してきたな。


 さてと、思い返すのもここらで止めてそろそろ始めるか。


 一つでもグリモアコードについて何か書いていればいいけど。

 

 それから私たちはこの図書館に入り浸り全ての本を網羅するまで一月ひとつき近くかかった。

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