第15話 獰猛種
何匹の魔物が俺の横を通り過ぎていったのか。
しかし、後ろの心配は無用だ。
あの程度の魔物ごときにやられるあいつではない。
それに村に向かったのは俺が取り逃がした元の半分にも満たない数だから尚更だ。
中には中位の魔物もいたがそれでも殆どは低位の魔物。
しかしながら、数はとても多かったため俺の身体は返り血で塗れている。
洗えば落ちるだろうな……。
!?
急に立ち眩みして足がガクッと落ちそうになる。
思わず走っていた足を止めた。
そして、その立ち眩みの原因に気が付く。
ッッ!
流石に無傷というわけにはいかなかった。
前に進むことしか考えていなかった俺は一切の防御をせず攻撃と前進しかしていない。
つまり通り過ぎざまに魔物の攻撃が何度も掠り続け、今の俺の身体は傷だらけになっていた。
攻撃は最大の防御というが数の暴力には限度というものがある。
着ているものが鎧や魔力が宿っている服ならいざ知らずただの布の服のため仕方がないと言えば仕方がない。
前の身体であれば魔力を防御に割かなくてもこの程度の相手から傷を貰うことなどなかったが、今は人間の身体だ。
勇者の身体とはいえ魔力を纏わなければただの人に変わりはない。
防御にも魔力を回していればもちろん傷付くことはなかっただろう。
とはいえ単なる掠り傷。
無視していても問題にはならない。
それよりもそんなことに時間を使うほどの余裕は今の俺にはなかった。
なぜなら、感じ取っているクリストルの魔力が徐々に小さくなりつつあったからだ。
クリストルも相当な手練れのはずだが。
それほどの強敵、もしくは大群なのか。
掠り傷程度の痛みなど忘れ、ただ走り続ける。
……どこだ。クリストル。
迷い森のかなり深く(それでも全体の半分にも満たないが)に到達し魔力の反応もかなり近づいた。
というかもういつ発見してもおかしくない。
……!!
今、音が!!
聞こえた瞬間には既に足が動いていた。
茂みを無理やり押し通り音のする方向に最短距離で進んでいきその姿を発見した。
「クリストル!!」
大木を背にして魔物と対峙しているクリストルの姿があった。
既に満身創痍で震える手で剣を持っている。
逃げながら戦えばとも思ったがその背にしている大木の下には倒れている少女の姿が。
「エメラ、そうか」
逃げることができないことを理解した俺は右手に魔剣を出現させる。
クリストルと対峙している目の先にいる魔物。
巨大な熊のようだが毛皮ではなく甲殻を纏った
その突出した防御力とともに攻撃力を備えたこの巨熊は魔界においても上位の魔物に位置していたはずだ。
迷い森で生息しているとは知らなかった。
しかし、異変だと決めつけるのは早計だ。
この森はまだまだ未知の領域が多いからな。
魔王だった俺でも全てを把握はできていない。
それでも疑問はある。
確かに鎧熊は脅威だ。
だが、クリストルがあんなに一方的にやられる相手だとは思えない。
そこで俺は気が付いた。
「まさか、あれは……」
鎧熊の身体からは溢れんばかりの魔力が放出され甲殻の形や色も変形していた。
「
魔物の中でも極めて魔力が高く独自の進化を遂げた稀有な魔物は獰猛種と呼ばれている。
まさに目の前の鎧熊がそれだ。
これが相手ではクリストルの劣勢も頷ける。
それと同時に魔物たちが村に向かってくる原因も理解した。
こいつが森を荒らしていたのか。
くっ! 考えるのは後だ!!
あの熊、止めといわんばかりに魔力を込めた爪を振り上げやがった。
甲殻を纏った長い爪はもはや鉤爪と言える。
あれを受ければクリストルだけでなく後ろのエメラごと切り裂かれて叩き潰されてしまうだろう。
俺は跳躍しクリストルの前に躍り出た。
「えっ、アリシア?」
驚いたように俺を見るクリストル。
だが、すぐに冷静になって俺に怒鳴りだした。
「俺の後ろに下がれ!! お前じゃ無理だ!」
この野郎、まだ俺を下に見ているのか。
それじゃ、もう一回、驚け。
俺は両手で持った魔剣で振り下ろしてきた鉤爪を弾いた。
ちっ、かてーな!!
前だったらへし折っていたのに。
前の身体のときの感覚がまだ抜けきってないな。
戦うときは魔力を込める。
余計な節約は油断と心得るべし。
うんうん、これは鉄則として肝に銘じておかないとな。
それでも熊は凄まじい衝撃に踏ん張りがきかず地面を引きずりながら後ろに下がって行く。
そして、ピシッと鉤爪に罅が入った。
結果は不満だが及第点とするか。
「クリストル、無事か?」
「あ、ああ」
息を切らしながら唖然としていたクリストルは戸惑いながらも頷く。
だが、ちらほらと無視できない傷が見受けられた。
これは急いで帰って手当てしないと不味いかもな。
「エメラは?」
「大丈夫。気絶しているだけだ」
「そうか。どうやら間に合ったようだな」
二人の無事を確認した俺はほっと胸をなで下ろした。
エメラに至っては一切の傷が見受けられない。
クリストルの奮闘の賜だろう。
立派に父の責務を果たしていたようだ。
「お。おい。アリシア、お前も傷が」
確かに身体が熱く感じる。
だが、この程度の傷ぐらい昔から何度も受けている。
問題にはならない。
「なに、掠り傷だ。それよりも待ってろ。すぐに終わらせる」
「ちょ、アリシア。……お前」
俺は言葉を詰まらせたクリストルから前方に目を移す。
ちょうど、鎧熊は怒る狂った様子で俺を睨み付けてくる。
どうやらクリストルから俺にターゲットが移ったようだ。
俺にとっては願ったり叶ったり。
途中でクリストルたちに意識が向かれる方が厄介だからな
「こいよ。躾の時間だ。まぁ、生かす気さらさらないが」
魔剣を熊に突きつけて挑発する。
そのとき、頭のどこかに攻撃を受けていたのか血が垂れて視界が赤に染まる。
熊の攻撃は受けていない。
ということは魔物の大群の攻撃によるものだろう。
だが、自然と痛みは感じない。
それどころか気分が高揚する。
後ろのクリストルは少し戸惑っているが今は構っている暇はない。
目の前の敵を倒すことだけに集中する。
そして、鎧熊は動いた。
俺の殺気に焦りだしたか両手の爪から魔力が放出させ始めから本気を出している。
少しでも掠ってしまうと皮膚はさっぱりといってしまうのは確実だ。
たとえ俺の魔力を用いて防いだとしても完全には防げないだろう。
しかし、それはまともに受けた場合だ。
俺は地面を蹴る。
両手で握った魔剣に魔力を通わせる。
もちろん、深淵は発動しない。
魔人化が進行するのもあるが、何より使うまでもない。
そして、俺は一瞬にして鎧熊の横を通り過ぎた。
「えっ、は?」
クリストルの驚きも無理もない彼があれだけ苦戦した魔物がいとも簡単に上半身のみが滑るようにずれていき地面に落ちた。
つまり両断されてしまったのだから。
「嘘だろ。あの硬さを……」
俺は握っていた魔剣を手放し、空間に戻す。
「終わったぞ〜」
振り返ると目を点にしているクリストルが視界に入った。
「どうしたんだ?」
「……そんなに強かったんだな」
「やっと分かったか。ちなみに俺の本気はまだまだこんなもんじゃないぞ」
ニカッと笑ってみせるとクリストルはぶるぶると顔を振って、「そんな顔はリウォンだけに見せろよ」などと言ってきた。
……なんでそこでリウォンが出てくるんだ?
「まぁいいか。それよりも村に戻るぞ」
「あっそうだった!! 村に魔物が」
「それなら大丈夫。来るときに大体片付けたし、それに村にはリウォンがいるからな」
「確かに、お前よりも強いリウォンやフィリアさんもいるから問題はないか」
「おい、聞き捨てならんことが聞こえたぞ。誰がリウォンより――」
「全く予想外にも程がありますね」
急に後ろから男の冷ややかな声が聞こえた。
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