第14話 魔物の襲撃(2)


 私は殺気と魔力を全開に放出し魔物たちの視線を釘付けにする。


「ここから先は通行止めだ」


 そして、一閃。

 先頭を走っていた虫の魔物の首を切り落とした。


「安心するのはまだ早いぞ」

 

 村長がその虫の身体を微塵切りにし跡形もなく消し去ってしまう。


「虫型は頭を切り落とすだけじゃ駄目じゃ」

「ありがとうございます」


 これは油断ではなく……完全に失念してた。


 魔界の前線で戦っていたときではあるまじき失態だ。


 今でも剣を振って鍛錬はしているが実戦とはまるで違う。

 

 鈍っているな。

 徐々に勘を取り戻しいくか。

 

 そのとき自分の腕に何か冷たいものが落ちてきた。

 

「雨?」


 そう思った矢先、その小さな雫はすぐに勢いよく周囲に降り注ぎ始めた。


「この状況で雨か……不吉の前兆に見えるのう」

「大丈夫です。僕がねじ伏せます」


 私は魔力を聖剣に纏わせる。

 そして、聖剣を大きく横に薙いだ。


 放たれるは巨大な斬撃。


 魔物の大群の先頭を走るものたちを真っ二つにしていく。


 それだけに止まらずその後ろにいた二、三匹をも両断して仕留める。


 ちっ、全て斬り捨てる予定だったのに数匹で止まるか。

 剣だけじゃなく魔力も普段から鍛錬しておくべきだったな。

 

「!!」


 そこで私は気が付いた。

 すぐ横では村長が戦っているはずなのにその戦闘音がしないことに。


「村長!!」


 振り向くと、村長は膝を落として身動きが取れずにいた。


 仕込み刀が折れてしまい支えを失っていたのだ。

 

 自力で立とうにも足が震えており体力の限界の様子。

 

 不味い!!

 

 私はすぐに村長の加勢に向かおうとするがすぐ目の前を何かが飛んできた。

 

 反射的にそれを躱す。


 横目で何か確認すると半身だけとなった蟷螂の魔物だ。


 嘘、羽がないのにどうやって飛んで――


 その答えを蟷螂はすぐに実演してくれた。

 

 地面を引きずりながらもその鎌で地面を叩いて特攻を仕掛けていたのだ。

 

「しつこい!! 邪魔!!」


 私は聖剣を振って今度こそ止めを刺す。


 しかし、既に村長の前にはトロールが立ち棍棒を振り上げていた。


「駄目!! 間に合わない!!」


 村長はトロールを苦笑いで睨み付けている。

 しかし、トロールは怯まない。

 トロールには今の村長がただのか弱い老人にしか見えていないのだろう。


 躱すにも足が言うことを聞かない。

 防ぐにも頼みの綱の仕込み刀は折れている。


 今の村長には為す術がない。


 そして、トロールは無慈悲にもその棍棒を全力で振り下ろした。

 と、同時にけたたましい声が響く。


 すぐに分かった。

 それは産声だ。

 

 クリストルの家から?


 だけど、今はそれどころではない。


「仕方がない」


 聖剣を握りしめながら走る私は聖力を発動しようとする。

 だが、目の前で目を疑うような事が起きた。


「は?」


 ドスンと音が前方からした。

 それは棍棒が落ちた音。


 トロールが振り下ろしていた棍棒は突然、勢いがなくなり村長の目の前に落ちたのだ。


「……何が。えっ……なに?」


 あまりの驚きに思わず心の声が表に出てしまった。

 私が見たもの。


 それは干からびていたトロールだ。

 

「やっと来たか」


 コツコツと足音が家から聞こえてきて扉が開かれる。


 そして、顔を見せたのは白髪の美人フィリアだ。


「あなた、ごめんなさい。遅くなりました」

「で、どうだ?」

「元気な男の子ですよ。今、ルールウェに任せています。もちろん母子ともに健康です♪」

「そうか」


 微笑みながら会話をする二人。


 なにやら二人だけの空間ができているようだ。


 まだ魔物の群れは倒しきっていないのにこの夫婦ときたら……。

 私の驚きを返して欲しい。


 そのとき、次はゴブリンが五匹ほどフィリアさんに飛びかかった。


「フィリアさん!!」

「大丈夫です」


 すると、フィリアさんの身体から異様な気配を感じた。

 それが何か私にはすぐ分かった。


「……深淵」


 フィリアさんは掌を小鬼たちに向ける。

 そして、勢いよく手を握りしめ拳を作った。


 すると小鬼たちは一気に干からびていきやがて先程のトロールと同じように全てを搾り取られたかのように皮だけとなってその場に倒れてしまった。

 

 その様はどこかで見たことがあった。

 

 ……あっ、思い出した。

 あれは魔王軍四天王の中でも一番被害が大きく苦戦した吸血鬼が使っていた魔法だ。


「吸血魔法、それも遠隔で」

「さすが詳しいですね。正確には“ブラッドテイカ―”と言います」


 この魔法にどれだけ仲間がやられたか。

 だが、味方とあればこれ以上に心強い人はいない。


「あなた、ここからは私が代わりにを務めます。リウォンさんご助勢を」

「もちろんです」

「全力は出さなくて構いません。どうやら制限があるようですので、どうかご自愛ください」

「……ばれていましたか」

「魔族が聖剣。どうやらただの魔族と人族の駆け落ちだったわけではなさそうですね」

 

 私は背筋が寒くなりピンと伸びてしまう。

 それほどの威圧をフィリアさんから感じるのだ。


 まるで悪いことをした子どもを叱りつける母親のような……。


「申し訳あーー」

 

 反射的に出た謝罪の言葉だったがそれもフィリアさんが食い気味に喋り遮った。

 

「ああ、あなたを責めているのではありませんよ。ただ、悩みを抱えているあなたたちに気付かずはしゃいでいた私自身に腹が立っているのです」


 それは本心からの言葉だと断言ができる。

 それだけフィリアさんの表情が優しく悲しそうだった。


 私は申し訳なさと同時に心の奥が暖まっていくのを深く感じていた。


「話は後で聞かしてくれると嬉しいです。ですが、今は目の前の劣等種を始末しましょう。そして、急いでクリストルたちの救援を」

「はい!!」


 そのとき魔物の大群の後ろから村人たちが迫ってきていた。


「どうやらこれが最後のようですね。行きますよ!」


 そして、村の実力者の加勢もあり私たちはあっという間に全ての魔物を始末することができた。


 フィリアさんの強さは魔王に届かないまでもあの四天王よりは確実に上と思える程のかなりの強さだった。

 クリストルが絶対に敵わないと言うわけだ。


 なんでこんな人の名前が広まっていないのだろう。

 世の中って広いな〜。


 とにかく、絶対に怒らせないようにしよう。


「これで最後?」

「そのようですね」

「ふぉっふぉ、流石はお前たちじゃ良くやった」

「あなたはもう少し自分の歳をお考えください」


 談笑し合う二人を横目で見ながらも頭の中はまだ晴れない。


 戦闘中から振り続けていた雨も勢いが増し、数年に一度振るかどうかの豪雨となってきた。


 村長たちは家の屋根の下に集まり雨宿りしながら森に向かう人たちを決めているようだ。


 その間も無意識に私の視線はアリシアが向かった森に向いていた。


 ……アリシア。


 村長たちを待ちきれなくなり私は走り出す。


「リウォンさん!! 一人では危険です! 私も参ります!!」

 

 後ろからフィリアさんが付いてくる。

 

 そして、村と森に続く門に近づいたときそこから走ってくる人影が見えた。

 痛いぐらいの勢いで降り注ぐ雨で影しか見えなかったがそれでも私にはそれが誰か分かった。


 「……アリシア?」


 見えた影は一つしかなかった。

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