第13話 魔物の襲撃(1)


 私は急いでクリストルの家に向う。

 アリシアはあっという間に森へ消えてしまったが彼女のことだから問題はないだろう。


 既にルヒーナの下にはフィリアさんがいるらしいが、それでも何かの助けにはなるはず。

 

 今の私は魔王の姿、つまり外見は男だから中に入っての手伝いを申し出るのはデリカシーがなさすぎる。


 よって私の役目は敵襲からの家の護衛だ。


 こんな緊急事態のときに悪いけど少し嬉しい。

 だって、ようやく村の力に慣れるんだから。


 身体に力が入りつつ村の中心部あたりに位置するクリストルの家に到着した。

 その前には既に村長が立っていた。


「村長!!」

「リウォンか。よく来てくれた」

「状況はどうなっていますか?」

「ついに、危惧していた襲撃が起こってしまったのう。魔族ではなく魔物である点は不幸中の幸いか。しかし脅威という点では変わってはおらぬ。今は村の衆が前で抑えてくれておるから被害は出てないが……」


 それでも向かってくる魔物の数によっては今の村の防衛設備では対処は難しいだろう。


「それでルヒーナの容態は?」

「まだ産まれてはおらん。今、フィリアとルールウェが見ておる。ルヒーナは彼奴らに任せておけば安心じゃ」

「そうですね」

「クリストルとエメラのことは知っているか?」

「はい。エメラが森に行ったと分かりクリストルはそれを追いかけて――」

「何じゃと!?」

 

 私の言葉の途中で村長が珍しく声を荒げて驚いた。


「彼奴らが森に!?」

「アリシアが手助けに向かっていますが……」

「!? それは心強い」


 アリシアが向かっていることを知った村長は冷静さを取り戻した。

 それでも完全には安堵しきっていない様子。


「森の中は魔界と同じ。危険は山ほどある。クリストルでも敵わぬ魔物も生息しておる」

「大丈夫です。森には獰猛種どうもうしゅは存在していませんでしたので。それにアリシアなら獰猛種が相手でも問題ありません」

「それほどか。とはいえ我らもすぐに敵を退け彼奴らの手助けに向かうとしよう」


 私は頷くとともに聖剣を出現させる。

 すると、村長は目をパチパチさせてその聖剣を見詰めている。


「そ、それは聖剣か?」

「? は、はい。そうですけど……」


 ああ、そうか。確かに聖剣は珍しいかな。

 この大昔の勇者が扱ったとされるこの聖剣を持つことができたから私は勇者となったんだし。


「……魔族が聖剣?」

「あっ……」


 そうだった私、今は魔王だった。

 ……どうしよう。


 自分のミスに少し冷や汗を掻く。


 どう言い訳しよう……。

 っていやいや、緊急事態だし、別に私たちの過去を知らない村長たちに知られても問題ないし。

 ここは動揺しないが吉だ。


「おい! 数匹通り抜けたぞ!!」

 

 前線から簡単にここまで届く大声が響いてきたと思ったら目の先に三匹の犬の魔物が向かってきていた。

 

 村長と私はすぐにそっちに意識が向く。

 

 体躯だけ見れば犬というよりも熊に近い。

 瞳は闇の中でも不気味に赤く輝いており、口周りには黒いもやのようなものを漂わせている。

 

黒妖犬ヘルハウンド!?」


 獰猛種どうもうしゅではなさそうだがそれでもあれに噛まれてしまえば呪われてしまう。


 呪われると徐々に身体の力を抜かれてしまい、ほっとくと衰弱死してしまう危険な魔物だ。

 

 人界には存在しない魔界のみに生息する魔物。

 本来ならば迷い森が人界と魔界を分断しているが偶然、抜け出してきたのだろうか。


「こんな魔物を相手に……皆、大丈夫なの?」

「なに、彼奴らなら大丈夫じゃ。あれごときではやられん」


 この状況に慣れているのか何の心配もなさそうな様子で村長はそう言う。


 なら、私も無様な姿は見せられないな。


「村長、ここは僕が」


 私は村長の前に出る。

 そして、向かってくる黒妖犬たちを睨み付ける。


 対して黒妖犬は私たちなど眼中になかった。

 ただ前だけを見て真っ直ぐ向かってきている。

 

「僕を嘗めている? いや……」


 黒妖犬の様子から何かに怯えて逃げているように見えた。


「どちらにして、倒すことに変わりない!」


 私は聖剣を構えて地面を蹴った。

 流石に私の殺気に気が付いた黒妖犬は牙を向き出しにして飛びかかってくる。


 ……速いな。


 瞬く間に大きな口を開き黒の靄の中から見えた不気味に光る牙で視界が埋め尽くされてしまった。

 何も抵抗しなければ頭ごと噛み千切られてしまう。


 さらには左右から私の腕を噛み千切ろうと二匹の黒妖犬が迫る。


 だけど、この程度で狼狽えるほどの私ではない。

 全て、見えている。


「遅い」


 一瞬にして私は三匹の黒妖犬の首を斬り落とした。


「……やるのう」


 村長が目を点にして驚いている。

 これでもまだ全然本気出していないけどね。

 と、表では澄まし顔をしつつ内では鼻を高くする。


 この力は努力で掴み取ったんだから威張っても別に良いでしょ。


 !! 足音!!


 いつの間に迫ってきたのか私のすぐ後ろには今の私の倍ほどの巨躯を誇る人型の魔物であるトロールが持っていた木の棍棒を振り上げていた。


「ちょっと油断した。躱さないと」


 すぐに後ろに跳躍し今から振り下ろされるであろう棍棒を避けようとする。

 だけど、こんな低級の魔物に躱すだけというのも何か癪だな。


 その腕、貰おうかな。


「……えっ?」」


 私が躱しがてら剣を振ろうとしたそのとき今まさにその狙った腕が霧生とされてしまった。


「グオオオォォォォ!!」


 腕を切断され、激痛に悶えるトロール。


 その横には飛び上がっている村長フィグールがいた。

 手には杖だが杖ではなかった。

 間違いなく握っているのは先程まで村長が握っていた杖、なのだがその先にはキラリと光る刀身が目に入った。

 

「は? えっ?」


 杖をつき歩くのもやっとであった村長とは全く掛け違った姿に思わずそんな声を漏らしてしまう。


 気迫も動きも全然違う……。


「!? 村長!!」


 怒りに燃えた目で村長を見るトロールはもう片方の腕を振り下ろして叩き落とそうとした。


 村長は何とか身を翻して避ける。

 

 その隙に私がそのトロールの首を跳ねて止めを刺した。

 

「村長、無理しないでください!」

「すまんすまん、助けるつもりが邪魔をしてしまったの。やはり昔のようにはいかんか」


 着地も上手くできずに片膝を地面につき仕込み刀を杖にしてようやく立ち上がる。


 歳だけじゃなくて足も悪いのに……。


 だけど、さっきの太刀筋。

 只者じゃなかった。


 昔、単独で迷い森を抜けて魔界に足を踏み入れることができたのも納得。


「油断するでないぞ。まだまだ来るぞ」


 村長の言う通りさらにドタドタと夥しい数の魔物が迫ってくる。


 虫の魔物が視界に入ったときはうげっと思わず顔を顰めてしまう。

 虫の魔物って斬っても気持ち悪い体液を周囲にぶちまけるから苦手なんだよね……。


 しかし、今はそんなときではない。

 さっきの油断はもうしない。


 数が数だけに気を引き締め直す。

 一匹一匹は大したことはないが束ねて掛かってこられると面倒だ。

 

 聖力を使えば余裕に仕留めることはできるが今の身体では諸刃の剣。

 なるべく使いたくない。

 まぁこの程度の魔物には使わないでも余裕だけど。


「おかしいのう。この数がここまで彼奴ら何をしておる」


 全滅したと思わないあたり村の衆は村長の信頼が厚い。


「恐らく魔物からすると我々は眼中にないのでしょう。何かに恐れて逃げているように見えます」

「ふむ、なるほどのう。確かに戦う意志がなく通り過ぎられてしまえば彼奴らが取り逃がすのも納得じゃ」

「流石に殺気を向ければ気付くようですけどね」

「……待て。何かに恐れているじゃと? つまり、その元凶は森に?」


 あっ、抜けてた。

 本当に何かに恐れて魔物がここまで逃げてきたのだとしたらその元凶は森の中にいることになる。


「……そうだと思います」

「これは早く終わらしてクリストルの助けに向かわねばのう」


 いよいよ魔物の大群が間合いの寸前まで迫ってきている。

 

「村長、後ろに僕が全て受け持ちます」


 手を借りた方が早いだろうが村長の身体を危惧してそう言うが――


「いくらお主でもこの数は捌ききれぬじゃろう」


 そう言って再び村長が私の隣に立った。

 これは言っても聞きそうにないな。


「危なくなったらすぐに後ろに下がってくださいよ!」

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