第12話 迷い子
夕食を終え、洗い物などの片付けを手っ取り早く済ませた。
もちろん、この夕食も俺が作ったものだ。
日に日に料理の腕が上達している実感がある。
これもフィリアさんやルールウェの指導の賜だ。
その後も俺たちは再び村の地図に目を向け、村の防衛についての協議を行う。
「これで穴はないはずだけど……そもそも木の柵だと魔物や魔族の侵攻を抑えるのは無理があるからね」
「そうなると、全部鉄にするしかないが、それはもう補強を超えて作り替えているからな。現状だとこれが最善だろ」
夕食前は俺も見落としていた点を突かれてしまい少し悔しかったが今のリウォンを見ればそんな気もなくなり微笑んでしまう。
こんなに悩み楽しそうなリウォンを見たのは
これはクリストルに感謝しないとな。
と、そこでクリストルの妻であるルヒーナのことを思い出す。
「無事に生まれてくれるといいけど……」
ついつい、口に出てしまいリウォンが顔を上げた。
「大丈夫でしょ。今まで危ないって話も聞いたことないし、それに助産をフィリアさんに頼んでいるんでしょ」
「そうだけど……お茶を入れ直す」
俺は何もできないもどかしさを感じながら立ち上がる。
そのとき、ガンガンガン!! と扉を勢いよく叩く音が響いてきた。
「な、なんだ?」
その大きな音は日常の和やかな雰囲気が一瞬にして重たい空気に変えてしまった。
「クリストルだ!! リウォン! アリシア!」
クリストルの酷く狼狽した声に俺は急いで扉を開いた。
「どう――」
「エメラ! エメラはここに来ているか!!」
「い、いや」
凄まじい剣幕と大声に気圧されて上手く言葉が出なかった。
「ここにもいないのか……どこに行ったんだ」
「……詳しく聞かせてくれ。俺たちも協力する」
俺は横目でリウォンを見ると視線が合いこくりと頷いた。
「フィリアさんが来ていつ産まれてもいいように準備していたとき、気付いたらエメラがいなくなって……俺が目を離したばっかりに」
ルヒーナに声をかけたりしている間にエメラはいなくなり玄関の扉が開いていたらしい。
「エメラが行きそうな場所に心当たりはあるの?」
リウォンがそうクリストルに尋ねるが首を振る。
「行きそうな場所は全て探した。だけど、いなかったんだ」
それもそうか……ルヒーナが頑張っているときに暢気に俺たちのところに来るとは思えない。
……そもそもなんでエメラはどこかに行ったんだ。
必死に頑張っている母親を置いて。
そんな性格じゃなかったはず。
どんなに考えてもそこからは平行線で考えが進まない。
だが、そんなときリウォンが口を開いた。
「クリストル、探したのって村だけ?」
なぜ、そんな当たり前のことを?
そう思ったがリウォンには何か思い当たることがあるのかもしれない。
俺は黙って見守る。
「もちろんだ。全て隈無く探したつもりだ。というかそれ以外に探すところがあるか?」
そのクリストルの言葉に俺は内心で頷く。
だが、それを聞いたリウォンは目を見開いた。
そして、口をパクパクさせながらようやく一言呟いた。
「なら、村の外、もしくは森?」
「流石に森はないだろ。エメラだって危ないって事ぐらいは分かっているぞ。消去法で考えればつまりエメラは村の外にいるってことだな」
そう考えれば納得だ。
母親の苦しんでいる姿に耐えられなくなりそこでひっそりと泣いている。
……何やら引っかかるがそうとしか考えられない。
俺はそうまとめてクリストルに目で合図すると光明が見えた表情でクリストルは動き出そうとする。
だが、それをリウォンが止めた。
「待って!! 森に向かって!!」
「な、なぜ森なんだ!?」
驚いた表情でクリストルがリウォンを見る。
リウォンは説明している時間すら惜しく感じているのか捲し立てる。
「エメラの立場になって考えてみて! 目の前で母親が苦しそうにしている。そんな状態で村の外に向かう? 一人で泣いていると思うの?」
「そうとしか……」
「エメラはそんな性格!?」
そうそれだ。
俺が引っかかっていたことは。
エメラはそんな性格じゃない。
何もできずに一人で泣くような内気な性格じゃない。
しかし、だからといってなんで森に?
だが、俺以外の二人は正解に辿り着いていた。
「エメラなら母親を助けたいって思うはず」
クリストルはそうポツリと呟いた。
「ま、まさか、エメラ。薬草を……」
続けてそう呟き、クリストルは次の瞬間には血相を変えて玄関から飛び出していった。
俺はまだ状況がいまいち呑み込めておらずその走って行くクリストルの姿を目で追うことしかできなかった。
「恐らくエメラちゃんはルヒーナさんのために薬草を採りに行ったんだよ。本当に母親は苦しそうだから、自分で何とかしたかったんだと思う」
「……良く分かったな」
俺には分からなかった。
こうやってまた人の気持ちが分からないから出遅れてしまう。
そんな自分に舌打ち。
「私も同じだったから。それよりも私たちも探しに行こう」
だが、そこで二人の会話は途切れてしまった。
いや、無理やり終わらされてしまったのだ。
突然、カンカンカーンと鳴り響いた鐘の音で。
「この音は非常事態、それも敵襲の音!?」
リウォンは驚いていたが俺には心当たりがあった。
「ま、まさか……」
それは森に不穏な気配がするというクリストルの勘だ。
このような嫌な予感は大体は当たってしまう。
そう考えたときには足が飛び出していた。
「アリシア!?」
「お前はルヒーナさんのところに!!」
そう言い残して俺は走り続ける。
「クリストル!! 無事でいろよ!!」
だが、何もまだこの敵襲が森からのものと決まったわけではない。
間違っているならそれはそれでよし。
俺が抜けても村にはリウォンやフィリアさんがいる。
それにここの村人たちは一般人よりも群を抜いて強い。
並大抵の相手なら容易く処理できるだろう。
つまり、今危険なのは単独行動をしているクリストル。
村で二番目に強いクリストルだが迷い森の中だと話は別だ。
浅ければまだ安全だが奥に行くにつれて危険な魔物も生息している。
幸い梅雨の時期だったため昨日は雨が降って地面にはクリストルと思わしき足跡があった。
俺は家からのクリストルのその足跡を辿って走る。
村では手に武器を持った男たちわらわらと出てきて森の方を向いていた。
それで俺の推測は確信に変わる。
「やっぱりあいつの予感は正しかった!!」
何やら俺に向かって男たちが叫んでいるが全く聞こえない。
俺は無視して村を囲んでいる柵を抜けて森に入った。
クリストルの足跡のすぐ近くには小さな足跡もある。
「やっぱりエメラは森に……」
しかし、走っている中で地面に生えている草や乾いた地面などに変わってしまいクリストルたちの足跡が途中で途切れてしまった。
「はぁはぁ……どこに行ったんだ」
こうなっては足跡のあった方向から一直線上に進むしかない。
そのとき、森の奥から夥しい数の足音が響いてきた。
「なんだ……」
そして、その姿がはっきりと視認できた。
犬の魔物、それも大群だ。
「いや、違う」
犬の魔物だけの大群ではない。
よく見れば色んな魔物が混ざっている。
巨大な蜂や
「……あり得ない」
本来であれば、こいつらで争っているはずだ。
ましてや群れをなすなどあるはずがなかった。
「何かに怯えている? ……!?」
だが、それよりも向かってくる魔物たちの前方に良く知っている魔力を感じた。
「クリストル!!」
消費頻度からして戦闘中であることは間違いない。
俺は揺れて鬱陶しい髪を後ろに束ねる。
そして、右手に魔力を込める。
瞬く間に光の粒子がキラキラと出現したと思えば、すぐに形作り魔剣となった。
俺はそれを強く握りしめる。
「戦争は終わったんだ!! もう誰も死なせないぞ!!」
そして、大きく息を吸い込み怒号を放つ。
「そこをどけぇぇぇぇぇ!!」
魔物たちが走る先には村があり、このままでは雪崩れ込んでしまう。
だが、全てを倒す必要はない。
後ろには任せることができる人たちがいる。
俺が行くまで持ち堪えろよ! クリストル!!
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