第9話 現状確認


「あー気持ち悪い」


 昨日の朝日は心地よかったのに今日はなんと気分の悪いことか。


「調子に乗ってあんなに飲むからだよ」


 リウォンが溜め息交じりにそう言ってくる。

 もちろん、俺だって潰れるつもりで飲んだわけではない。


 自分の限界は知っているはず、だった。


「だ、だって前まではーー

「はぁ~、だから今のあなたは私なの。いい加減になれなよ」

「って言ってもな~。お前だって慣れてないだろ」

「あなたよりはマシ。……でも、慣れていないのは事実。そのためにも一回試してみようか」

「?」


 そして、リウォンに連れて行かれた先は家の左側にある柵の向こう。

 迷い森の中だった。


 とは言っても木の伐採をするため村人たちの出入りが多い場所のちょっと先の森の入り口付近だ。


「ここなら村に迷惑が掛からないから多分大丈夫」

「お、おい。何をするつもりだ?」

「言ったでしょ。試してみるって。いざという時、私たちがどれだけ元の力を使えるか確認しておかないと」

「それは、ごもっとも」

 

 俺たちがいなくなったことで魔物はまだしも魔族もちょっかい出してくるかもしれないしな。

 魔物は知らねぇ。あいつらは動物と同じで制御が利くやつ利かないやつがいるからな。


 そして、俺たちはお互いに剣を何もない空間から取り出した。

 何もないというが初歩の空間魔法である“収納”によるものだが。

 風呂場の前で浴衣を出したときに村長も使っていた。


「行くぞ」


 魔剣を構え、そう言うと「どうぞ」と余裕げに答えてくるリウォン。

 俺が地面を蹴るのとリウォンも聖剣を構える。


 そして、何度か剣を打ち合っていく。


 俺は魔力を纏って剣を振っているのに対してリウォンは魔力も纏わずに余裕で防いでくる。


「ずるいってお前が言っていた理由がわかるな」

「でしょ?」

「これが単純な身体能力の差か」


 そう言いつつも身体が入れ替わったときよりも違和感を覚えることなく勇者の身体を扱えている自分に内心で驚いている。


 それは喋りながら剣を打ち合っていることからも明らかだ。


 慣れてしまった。だけど、何か悪い気はしないな。

 新しいことばかりで、何か面白いな。


「アリシア!」


 リウォンも俺の身体になれたようで力の出し方を理解しているようだ。

 何も背負っていない戦いは気楽だ。


「アリシア!! ストップ、ストップ!!」

「なんだ?」


 俺は動きを止めて首を傾げながら尋ねる。


「これ以上、やりすぎると流石に目立ちすぎるよ」

 

 何を言っているのか分からず俺の首はさらに傾く。


「周りを見てみなよ」

「?」

 

 俺は視線を周囲に向ける。


「こ、これは……」


 周囲の木々がへし折れ、地面も砕けたり裂けたりと戦闘の跡が見るも明らかに周囲に刻まれていた。


「曲がりなりにも勇者と魔王の衝突だよ。やりすぎたらこうなっちゃうって」

「そ、そうだな」


 いつの間にか俺は身体に力が入ってしまい魔力使いすぎ、流石のリウォンもその猛攻には魔力を使わないと対処ができなくなっていたらしい。


 リウォンが冷静で良かった。お互いに力を出しすぎていたら村に被害が出ていたかも。


「ここまでかな。ある程度の戦闘は今でもできることは確認できたし」

「そうだな。もし、この村が襲われても守ることはできそうだ。俺にはそれぐらいしか恩を返せそうになかったし、良かった」

「クリストルもそこらの魔物には負けそうにないけど。フィリアさんなら獰猛どうもう種の魔物すら簡単に倒せそうだけど」


 あの誇り高い吸血鬼だしな。

 仲間に引き入れるのは難しかった。苦戦したし。


「まぁ、今日はここで切り上げるか」

「うん。……あっ」


 リウォンが何かを思い出したらしく足を止めた。


「どうした?」

「一つ、確認し忘れていた。ちょっと待って」


 そう言って、リウォンは身体に魔力を込める。

 ……いや、この感じ!? 魔力じゃない。


 そこで俺は数週間前の決戦を思い出した。


 これは勇者であるリウォンが使った不気味な魔力だ。


 敵意は感じられないがそれでも身構えてしまう。

 そう簡単には戦いに身を捧げていたときの癖が抜けることはない、か。


「これは聖力って言って勇者のみに……!? がっ!!」


 喋っている途中で突然リウォンの口から血が噴き出した。


「は?」

「ゴホッ! ゲホゲホ!!」


 濁流のように血がリウォンの口から溢れ出ている。

 先程までの聖力とやらによる身体を包んでいた白の魔力はみるみると消えていく。


 俺には治癒魔法は使えないしただ見守ることしかできない。

 

 いや、実際はそこまで頭は回らずただ呆然と見詰めることしかできなかった。

 

「はぁはぁ……」


 しばらくしてようやく治まりリウォンは立ち上がった。

 口元の血を腕で拭き取り口を開く。


 思いのほか冷静のようだ。


「はぁはぁ……ふー、どうやらこの身体では聖力は使えないみたいだ」

「大丈夫なのか?」

「うん、口から出た血も拒絶反応みたいなもので特に目立った傷はないみたい」


 

 自分の身体を確認しながらリウォンはそう言う。


「これは本当に危ないときにしか使ったら駄目みたい。……さて、終わったし、帰ろうか」

「あのー」


 俺は改めて帰ろうとするリウォンを引き留める。


 リウォンが使った聖力とやらを見て俺にもそんな感じの魔力があったことを思い出した。


 ここは情報を共有するべきだ。

 そもそもこいつも決戦のときに見たはずなので覚えているだろう。


「どうしたの? あっ……」


 流石、俺の言いたいことに気が付いたらしい。


「どうしようか。お前の様子からして、絶対やばいってわかるし」


 リウォンがしばらく考えていたがすぐに頷いた。

 だが、その頷きはGOサインの頷きだった。


「いや、やろう。この際、何が起こるかは見ておくべき」

「分かった」

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