第8話 初めての料理


 俺がフィリアさんに手を引かれて連れて行かれた先は村長の家だった。

 ……勢いよく飛び出したけど、戻ってくるの早かったな。


「さぁ、入ってください」


 言う通りに中に入るとそこには三人の女性が既にキッチン周りで忙しそうにしていた。

 今のこの身体と同い年っぽい人に、主婦、そして年配の方の三人だ。


「? 何してんだ?」

「ふふ、あなたのために集まってくださったのですよ」


 どうやら、時間が空いている村の女性が集まってくれたらしい。

 が、なぜに?

 俺のためって言っていたけど……。


「あなたに料理を教えるためですよ」

「りょ、料理!?」

「昨日、見ていましたが料理が不得手、というよりは知識があまりないご様子でしたので。この村で暮らしていくには覚えていたほうがいいと思いまして。さぁさ、ほらほら」

 

 背中を押されてリビングまで連れて行かれる。

 そこでようやく喋っていた奥様方が俺に気が付いた。


「あら、この方が?」

 

 ショートカットの若い女性が嬉しそうに近寄ってくる。

 ついつい癖で身構えようとしてしまうががみがみうるさいリウォンの姿が頭に浮かび思い留まった。

 

「よろしくね~。お若いのに、こんな村なんかを選ぶなんてね~」

「こら、儂たちの誇りある村をこんなの呼ばわりするでない」


 おっとりとした主婦にお婆さんが片手で突いていた杖をコツンと床に叩いて怒る。


 さて、ここもリウォンの稽古通りに自己紹介をするべきだな。

 人間って面倒くさいな。魔界だと力を見せつけるだけで何とかなるのに。


 何回も練習してようやくリウォンから合格をもらった渾身の笑顔を一瞬で作る。

 そして、


「アリシアと申します。これからよろしくお願いします」


 ふわりとした佇まいで頭をゆっくりと下げる。

 もし、布の服ではなくドレスを着用していたらその裾を摘まんでいたところだ。


 ふふ、どうだ。これが練習の成果だ。


「…………」


 案の定、ほへーっと目を点にしてアリシアを見詰める三人。


「別に素でいいのですよ。一回作ってしまうとずっと続けなくてはと気を張ることになりますよ。流石に疲れましょう?」


 げっ、この人にはばれるか。


「何だよ。ちょっとは見惚れてもいいんじゃねぇか? せっかくリウォンからのお墨付きを貰ったのだしよ」


「吸血鬼の目はそう簡単には騙せませんよ」

 その言葉に俺は目を剥く。


「(お、おい。吸血鬼って……)」


 フィリアさんの肩を掴んで耳打ちをする。

 だが、彼女は別段気にしない様子で「ああ」と言うだけだった。


「(ああ、じゃねぇよ。魔族がこの村にいるって―― 

「構いませんよ。既に周知の事実ですから。昨日も言った気がしますけど」

「へっ?」


 俺は振り向くと三人は温かい目線で見守っていた。


「知っているの?」


 三人はこくりと頷きを返してくる。


「そりゃ、儂がお主らの歳のときからフィリアの見た目が変わってないからの。気付かん方がおかしいわい」

「あらあら、まだまだ若々しく見えますわよ?」

「フィリア、それは逆に失礼じゃよ」

「ええ~!?」


 傍から見れば祖母と孫なのだが年齢的には同い年どころかフィリアの方が年上の可能性まである。


 こうやって軽く言い合いしているところを見ると外見など関係なく二人は気の合う友人のようだ。

 

 その光景を他の二人も微笑ましく見守っていたが、一番若い女性がこちらに近寄ってきた。


「改めてよろしくね。私、ルールウェ。同年代の子がこの村に来たって聞いて嬉しくて来ちゃった」

「こちらこそよろしくお願いします」

「あーもう。そんなに固くしなくてさっきみたいでいいよ。フィリアさんたち、あーなると長いから先に始めちゃいましょ」


 そして、俺はルールウェから料理の手ほどきを受けた。

 途中からお年寄りの二人も参入し新しい経験がどんどんと積まれていく。


 始めは渋々で何が楽しいか分からなかったが徐々にできるようになると……あれ? 案外、楽しい?




 日が沈み、闇が顔を出し始めたころ、今日の練習は終わりとなり俺は村長宅を後にした。

 

 また、明日ね~と手を振るルールウェに控えめに振り返しつつ歩いて行く。

 

「また、すぐ会うだろうし大袈裟だな~」


 一応、我らが家の様子を確かめてできていなければ今夜も村長の家に厄介になる予定だ。


 そして、その可能性は極めて高い。


 いくら、大の大人が集まったって修理だけでなく増築も行おうとしているのだ。

 完成している未来が見えない。

 

 俺はフィリアさんが持たせてくれたバスケットをチラリと見て今日の出来事を思い出す。


「いやーまさかあんなに楽しかったなんてな。ずっと殺し合いしかしてなかったからこんな……なんて言ったら良いのかわからんねぇな」


 温泉を始めて見たほどに気分が高揚しバスケットを揺らしすぎて中が飛び出しそうになる。


「おっと、あぶねぇあぶねぇ」


 そして、俺は家の前に辿り着いた。


「……嘘だろ」


 そこには立派な家が建っていた。


 修繕や増築が完了したというレベルではない。

 二階もできてるし……。


「ほんと、嘘みたいだよね。もう、流れ作業だったよ」


 いつの間にか隣に立っていたリウォンが現実逃避しているのか呆然と呟いていた。


「それでそっちは何していたの?」

「あーそうだった。これ」

 

 そう言って俺は手に持っていたバスケットを差し出す。


「? なにこれ」

「料理だよ。フィリアさんが力仕事は男に任せて私たちは楽しく料理の勉強会をしましょうって言ってな」

「料理? アリシアが?」

「おいおい、確かに初めてだけどよ。文句は食ってから言えよ」


 今回、俺が作ったのはこの村の麦を使ったパンで作ったサンドウィッチだ。


 この村は米が主食なのだが小麦も作っている。

 それを使ってこいつリウォンが慣れ親しんでいるサンドウィッチにしたのだ。


 まぁ、半分、いや殆どはフィリアさんの提案だけど……。


「わー凄い綺麗。本当にあなたが作ったの?」

「……全部じゃねぇけど、少し、少しだけ手伝ってもらった」

「ふぅーん」

「あっ! お前、信じてないな!」


 俺の抗議の声を聞かずにパクリとリウォンはかぶりついた。


「!! ……美味しい」

「だろ! もう少し練習すれば俺一人でも作ってみせるさ」

「……期待してる」


 そのとき、家から離れたところから大声が聞こえてきた。


「おーい!! お前たちもこっちに来いって!! お前たちが今日の主役なんだからよ」


 視線を移すと金属の器に乗せた篝火が並べられ机や椅子やらといつの間にか野外の宴会場が出来上がっていた。


 そして、そこから大声を出しているのは金髪男クリストルだ。


 重労働で汗に濡れたのか服を脱ぎ去り上裸になっている。


「ずっとああなのか?」

「ずっと目のやり場に困ってた」


 何となくアリシアの気持ちが分かった俺は軽く頷く。


「……だろうな」

「おーい! 無視すんなよ!!」


 あれ、絶対酒入っているだろ。


 面倒くさいな~。


 あいつは無視して広場を見渡すと村長や他の村人たち、もしかすると村中の人々が集まっているほどの人数がそこで料理を口にしながら談笑していた。


 とはいえ百人ぐらいだろうか。村にしてはやはり人数が少なめだ。

 魔界に近い村だからそれも仕方がないが。


「おーい!! 早く!!」


 うるさいな。まぁ、仕方がないか。

 根負けした俺はしつこく呼ぶクリストルの元に行く。

 

 一人にしておけないのか後ろからリウォンも付いてくる。

 

 しかし、料理とは準備がいい……

 俺が目を向けた先、そこには先程までよく見た人物がいた。


 いつの間にかフィリアさんたちがせっせと料理を並べている。


 ……そうか、練習で作りすぎてどう処理するのかわからなかったがそういうことか。


 俺たちに気が付いた白髪の美人が手を振ってくる。

 それに俺は苦笑いしか返せない。


「おらおら皆飲め飲め~」


 誰彼構わず絡んでいくチンピラが一人。


 リーダーがそんな調子だと他の若者たちもつられてはしゃぎ回っている。


「ふぉっふぉっふぉ、元気があっていいのぉ~」

「ええ、そうですね~」


 村長やフィリアさんがそう笑うため止める人はいない。


「そうだな。こんなときぐらいは飲んではしゃぐか!!」

 

 俺はそうクリストルたちの中に混ざりに行く。


「あっ、ちょっと、アリシア!!」

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