第7話 家の修繕


「うーーーーん!! 良い天気だ!」


 着替えを済ませ村長の家から飛び出した俺は固まった身体を伸ばす。


「……相変わらず早いな。まだ早朝だよ」


 寝ぼけ眼を擦りながらリウォンも外に出てきた。


「わかってないなー。村長が言っていた小屋の修繕を今日するんだろ。どれだけボロボロなのかもわからないんだ。早く取り掛かるに越したことはないだろ。何度も村長の家に世話になるわけにもいかないしな」

「あー確かに。でも、今日中に終わるの?」

「それは俺たち次第だ」


 そして、俺は未だに眠そうなリウォンの身体を押して村長が言っていた今は使われていない小屋に向かう。

 

 小屋は村長の家からそうは離れていない村の西にあった。

 つまり、俺たちがこの村に入ってきた入り口近くだ。


「使われていないだけあってボロボロだな」


 いつ建築されたのか古びてすっかり腐食している箇所が数多くある。

 さらに、蜘蛛の巣も角という角に張っていた。

 

「……なんで楽しそうなの」

「そう言うお前だって」

「アリシアの懸念通り今すぐに始めないと。これじゃ日が暮れるよ」

「はいはい」


 俺は笑みを浮かべながら小屋の周囲を見回すが目当ての物は見つからない。


「確か……村長が自由に使っていい木材がこの近くにあるって……どこだ?」


 小屋のさらに左側には村を囲んでいる柵がある。

 

 ここで行き止まり……?

 

 しかし、その柵は村を囲んでいるものと違い押すと外側に開く仕組みになっていた。

 開いて向こうを見ると加工した多くの大木が横に並んで積まれている。

 

「……あっ、これか」

「立派な木材。本当に使って良いのかな」

「ここは恩を受けるしかないって。遠慮よりもどう恩を返すか考えた方が前に進めるだろ」

「……そうだね。っていうかアリシア、本当に楽しそうだね」

「もちろんだ。こんな気分は魔王城を建てたとき以来だ!」


 俺はるんるん気分で木材の前に行きがしっと両手で掴んだ。

 そして、力を入れる。

 が……


「……動かない」


 な、なぜだ。なぜ動かない!?

 持ち上げようとしても押しても引いても全くビクともしない。


「何してるの?」

「い、いやなんでこんなに重いんだこの木!!」

「何って魔力を使っていないんだから当然だよ。そんなに大きいんだし」


 俺が驚いていることに驚いているリウォン。


 確かに大きい。家の高さを超えるほどの大木を切り倒してそのまま加工したらしく、かなり先まで続いている。

 だけど、こんな木ぐらい簡単に持てていたはずだ。

 

 理由は一つ。


「……人間の身体って非力なんだな」

「非力って、これが当たり前なんだから」

「そうか。んじゃ、お前驚くぞ」


 俺は身体に力を込めて少量の魔力を纏う。

 思えば、この身体で魔力を使うのは初めてだな。


 うん。どうやら魔力は普通に使えるみたいだ。


 そして、俺はそのまま木材を掴む。

 流石は魔力だ。

 先程までの無力感はなく簡単に木材を持ち上げることができた。

 

 俺はリウォンに悪戯な笑みを浮かべる。


「な、なに?」

 

 そして、俺は勢いよくその木材をリウォンに放り投げた。


「って!! ちょ、ちょっと何しているの!?」


 リウォンは慌てふためき魔力を使うことさえ忘れて反射的に頭の上に手を上げた。


 だが、結果はリウォンが予想しない結果となった。


「えっ? 嘘……」


 その手であの大木がのし掛かっても一切微動だにしなかったのだ。


「なんで、魔力を使ってないのに……」

「それが俺の当たり前なんだよ」

「なんか、ずるい」

「なんだそりゃ」


 木材関係はこいつに任せるしかないか。


 ずっと魔力を使い続けるわけにはいかないし。

 いや、待てよ。

 魔剣である程度の大きさに切ればまだ俺でも持てるんじゃ。

 ……どちらにせよ、今日中に終わる未来は見えないな。


「リウォン。俺は木材を切っていくからお前は木材を運んで腐食している箇所を重点的に直してくれ。……もしかするといっそのこと建て直したほうが早いかもしれないけど。まぁそこは適宜判断してくれ」

「分かった」


 今やるべき事は兎に角身体を動かすことだ。考えていても修理は進まない。

 しかし、動き始めたリウォンから質問があった。


「ちょっと気になったんだけど」

「何だ?」

「二人で住むにしては少し狭くないかな?」


 ……言う通り、これ一部屋しかないな。

 大広間一つの木造建築の一軒家。


 リウォンの言う通り二人で住むにしては些か小さいだろう。


 身体は入れ替わっているから隠すこともプライバシーのへったくれもないが、一人の空間は用意すべきだろう。


 魔王城を建てたときも部下たちから個人部屋を要求された過去を思い出しながらそう考える。


「と、なると……増築?」

「ちょ、ちょっと材料はあるけど、時間が

「おーい。やっとるか〜」


 リウォンの言葉に割り込む村長の声が聞こえてきた。

 振り向くと村長だけではなくぞろぞろと村人たちも付いてきている。


「そ、村長? この方たちは?」


 すぐさま、リウォンが応対した。

 あまり俺が口出すと話がこじれそうなのでここはリウォンに任せておく。

 それぐらいは弁えている。


「ほれ、昨晩言ったじゃろ。手伝うとな。これだけ人数がおればすぐに終わろう」


 そして、村長の後ろに立つ村人たちの中から一人の金髪の男が前に出てきた。


「昨日は絡んで悪かったな。俺はクリストル。俺たちの仲間になるんだってな。歓迎するぞ。仲良くしてくれ」


 あっ、こいつ昨日の俺に絡んできた男たちの一人!

 昨日の恨み、今ここで果たしてくれようか!


 だが、俺の雰囲気の変化に気が付いたリウォンが先に動いた。


「ええ、こちらこそよろしく。僕はリウォン、こちらはアリシアです」


 丁寧に自己紹介した後、リウォンは俺に目配せしてきた。


「(アリシア!)」


 小声に似合わない鋭い視線も向けられ俺は為す術なく芸術点満点の作り笑いを披露した。


 にっこり。


 流石は練習したかいがあった。

 クリストルとやらは驚きで後退りをしている。


「お、おお。駄目だ。俺には愛する妻と娘がいる! こんなことではぶれないぞ!!」

 

 何やら一人で盛り上がり周囲も笑って賑やかになっている。

 

 恨みを晴らすチャンスを逃してしまった……。

 クソ、リウォンにお茶を濁されたか。


「さて、さて、そろそろ始めなければ儂らといえでも今日中に終わらせることはできなくなるぞ」


 その掛け声で村人たちが一斉に動き始めた。


「(今日中? いや、いやまさか……ね)」


 苦笑いを浮かべながらリウォンもその村人たちの中に混じっていく。


「(元気が良いのぉ〜。ところでクリストル、リウォンに感謝するんじゃな。下手をすれば彼女アリシアに痛い目を合わされていたぞ)」


 何やらぼそぼそ言って村長がクリストルの肩の上に手をポンと乗せた。


「(は? 今じゃ村でフィリアさんの次に強いこの俺が、か? 村長、冗談はよしてくれ)」

「(ふぉっふぉっふぉ、そう思うならぞう思っといたほうが幸せじゃ)」

「(そ、その反応、ガチっぽいぞ。お、おい村長待ってくれ!)」


 と、クリストルはそそくさと歩きすぎていく村長を慌てて追いかけていった。


「なんだあれ」


 ボーッと見ていた俺はうーんと身体を伸ばし魔力を使う準備をする。

 一々、魔力を使わないと力仕事がままならないってちょっと面倒くさいな。


「よし! 俺も行くか!」


 準備が整った俺は材木に群がる男たちの所に向かおうとするが


「うわぁっ!!」


 突然、肩を掴まれて体勢を崩し転びそうになるが寸前で踏みとどまる。


「な、なんだ!?」


 俺は慌てて後ろを見るとすらっと長い雪のような白髪の絶世の美女がそこにいた。

 その赤い瞳で見詰められると女の身体になった俺もついついドキッとしてしまう。


 くっ、性別関係なく美人には誰もが負けるというのか……。


 この人が妻というだけで村長が人生の勝者に見えてしまう。


 そんな満面の笑みのフィリアさんはそのまま一言。

 

「あなたはこちらです」

「えっ、でも」

「いいのですよ。あの人たちは体力を持て余しているのですから。適材適所です♪」

「わーーーー」


 そうして、俺は手を引かれ連れられていく。

 

 彼女からすれば軽く引いているだけだと思うが俺からすればこれ程の力。

 流石は吸血鬼……痛い痛い!!

 

「あら、ごめんなさい。うふふふふ」

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