第6話 村長の申し出
まさに辺境の秘湯とも言える温泉に心身ともに温まった私たちは村長の家に戻ってきた。
うわーすごい。
扉を開くと豪勢な食事に出迎えられた。
川魚の塩焼きや色とりどりの山菜の天ぷら、もちろん油料理だけでなく瑞々しい野菜を使ったサラダや汁物もある。
そんな料理たちが机の上を埋め尽くしていた。
王国では見慣れない森近くならではの料理の数々に私は目を奪われる。
短時間でこれだけの料理を作り出すとはフィリアさん恐るべし。
私も女性として生きることができていたらこんな未来があったのかな……。
今の私が扱える刃物は包丁ではなく剣だ。
料理の“り”の文字さえもしたことはない。
……ないか。
女性として過ごしていた未来を少し想像したが私はすぐに首を振る。
どうせ父上がすぐに縁談を持ってきて私に自由はなかっただろうな。
「ほら、早くお座り。せっかくの料理が冷めてしまう。今年は米が豊作じゃったからの、たんと食べておくれ」
出会って間もない私たちに対してここまで温かい言葉を投げかけられて憂鬱な私の気分を吹っ飛ばしてくれた。
思わず涙が零れ落ちそうになる。
「何から何まで……ありがとうございます」
椅子に座り改めて頭を下げる。
アリシアも流石に空気を読み私に合わせて微笑みながら一礼する。
「構わぬ構わぬ。ちょうど主らぐらいのときに儂たちも同じようにもてなしてくれたもんでの。苦しいときは助け合わねばの」
その後、しばらく談笑とともに食事が進んでいく。
「本当においしい」
「ああ、こりゃ、うめーな」
あまりの美味しさにアリシアも体裁を整えることを忘れて料理を次々と口に運んでいく。
年配の村長に合わせての料理のためか控えめの味付けだと思う。
だけど、私たちにとって久しぶりのまともな料理。
ただ、塩をかけただけの料理でも味濃く感じてしまう。
あっという間に料理を平らげてしまい、フィリアさんは嬉しそうに空になった皿を流し台に持って行く。
やがて、机の上に残ったのは四つの湯飲みだけとなった。
食事の終わりと共に急にこの場は静寂に包まれた。
容姿端麗の奥さんがカチャカチャと食器を洗う音だけが聞こえてくる。
そして、お茶を啜った村長がついに切り出した。
「つかぬ事を聞くが、行く当てはあるのか? ……単なる旅人ではないことはわかっておる」
お茶を啜る私の腕がピタッと止まる。
ば、ばれた!?
でも、何が!?
私とアリシアには隠し事が多い。
私たちの正体が勇者と魔王、入れ替わっていること。さらには逃げてここまでやってきたこと。
温泉にご馳走と満足感が最高潮まで達した脳ではアドリブが利くどころか、考えることを拒否しているのではないかと思うほど回らない。
だが、何も言わんでいいと言わんばかりに村長といつの間にかその隣に座っていた奥さんが頷いていた。
えっ? えっ? なに、なによ!?
自分の知らないところで話が回っているのは少し怖い。
「魔族と人族が駆け落ちとはのう。驚いたぞ」
は?
か、駆け落ち!?
いや、それは夫婦であることに否定していなかったから仕方ないとして。
それよりも……魔族ってばれてる!?
不味いな、私が人族の敵である魔族(正確には身体だけだが)であることを知られた。
つまり、いつ村の総出で攻撃されてもおかしくない。
いざ、戦闘になれば勝つことはできるがそれは私たちの望むところではない。
私がそう神妙な顔で考えていると村長が笑う。
「心配せんでいい。この村には問答無用で魔族
「それを判断するためにしっかりと検問はしていますけどね〜。本当に厳しいのなんの」
苦笑いで奥さんが何やら含んだように付け加える。
「話通じる魔族もいれば狡猾な魔族もいることを理解している証拠じゃ」
しかし、なんでばれたんだろう。
出会ってからまだ間もないし、もちろん魔力も一回も使っていない。
そんな私の考えを読んだのか村長が答えてくれた。
「雰囲気で何となくな。確信を持ったのはこいつが驚いてお主を見たときじゃ」
「うふふ、ビックリしましたよ。まさか私たちと同じことをする人がいるなんて」
同じ……?
「魔族なんじゃよ。家内は」
えっ?
ばっと私は奥さんに目を向ける。
すると、にこやかに笑って手を振ってくれた。
「魔族の吸血鬼でーす」
か、軽い……。
「へぇ〜吸血鬼か、あいつらはプライドが高く言葉が通じない頑固者だったはず。人間と恋仲になるとは珍しいこともあるもんだ」
お茶を啜りながらアリシアが呟く。
「あら、詳しいですね。吸血鬼は誇りを第一に考えています。私は変わり者でしたので。当然ながら族中で猛反対でした。なのでここまで、この方とともに逃げて、ですね。ハラハラとしたあの経験も今では良い思い出です」
ふふふと笑う奥方。
ただ、村長はその九死に一生を遂げたことを思い出したのか顔が青ざめていた。
「あのときの負傷でこんな足になったんじゃが」
「あのときのあなたは素敵でしたよ! もう何十年も前でしょうか。あっ、勘違いしないでください。今ももちろん素敵ですよ!」
吸血鬼、なんか私の常識がどんどん変わっていきそう。
……あーなるほど、人間と魔族の寿命は違う。
村長とフィリアさんの年齢が開いているように見えるのはそういうことか。
「牙も羽もないんですね。吸血鬼と言われてもあまり実感が湧かないです」
「ええ、もちろん隠してはいます。それに吸血も必要ないので見た目だけだと殆ど人間と変わりませんよ」
ふーん、そんなもんなんだ。
魔王軍の四天王の一人に吸血鬼がいて厄介だったから聞いてみたけど、制御はできるんだ。
「村の者たちは皆知っているから隠す必要はないんじゃがの」
「そういう問題じゃないのですよ。人界での魔族は敵なんです。どこから嗅ぎつけてくるかわかりませんし」
しかし、魔族か。この身体はどうなんだろ。
急に変な衝動とか出られたら困るんだけど。
そんな私の考えを知ってか知らずか、アリシアが徐に口を開く。
「俺は魔人族だから機能的には人間と大差ないけどな」
「……俺は魔人族?」
不味い!!
「ぼ、僕のことです!」
慌ててフォローに入る。
アリシアも自分の失態に気が付いたようでコクコクと頷いている。
「魔人族ですか……」
「さて、話は戻るが、行く当てはあるのか」
「いえ、この村に宿場があればしばらくは厄介になろうと考えていたのですが。明日には村を出て街を目指そうかと」
宿場がない村がある以上、村を目指しても同じことが起きるかもしれない。
幸い、衣服はもらったから街を拠点にしたとしてもアリシアが勇者であることはすぐにはわからないだろう。
私も見た目においては人間とあまり変わらないので魔王とばれる心配もない。
さっきの吸血鬼のフィリアさんみたいに同じ魔族には看破されるかもしれないが。
人間界でそんなことを考えていたらきりがない。
「ふむ、ならばこの村に住むと良い。今は誰も使っていない小屋があるんじゃ。手入れは必要じゃが住めんことはない。無論、その手伝いもしよう」
それは願ってもない申し入れだった。
「で、ですが……
「勇者率いる魔王討伐軍が本気で攻めかかったと聞いた。もし、魔王が討たれれば秩序が取り戻しつつあった魔界は再び荒れる」
この村は魔界に近いが滅多に魔族や魔物が攻めかかってくることない。
それも人界と魔界の境界線にある迷い森のおかげだ。
だが、逆にそれを突破してくる者は相当な手練れ。
「魔王が誕生してからこの村に魔族が暴れにくることはありませんでしたけど」
魔王というストッパーが生まれ魔界は統制が取れつつあった。
つまり、そんな魔王がいなくなればまた前に逆戻り。
えっ、ここでは魔王は良い人だったの!?
ちょ、ちょっと待って。それじゃ私がこの村の平穏を壊しているんじゃ。
「(あ、アリシア。この話。本当なの)」
「(遊ばせている余裕なんてなかったからな。……結果的にそうなった?)」
なによそれ……。
私は私で平和を望んで戦っていたのに、逆にこの村の平和を脅かしていたなんて。
あまりにも皮肉が効きすぎるよ。
……済んでしまったのじゃしょうがないか。
今の私にできることを探すべきだ。
「そこらの魔物であれば村の者たちでも十分じゃが……魔界の魔族や魔物が相手だと手に余る」
それが村長たちの懸念だった。
「見たところお主たちはかなりの実力者じゃろう。今はこの村で魔族に対抗できるのはフィリアだけじゃ。儂はこの通り足が悪くなっての。思うとおりに身体が動かぬ」
悔しそうに自分の足を見詰める村長。
「主らも事情を知っている者がいるほうが何かと気が楽じゃろう」
そして、村長の表情は一変して笑みを浮かべた。
「まぁ、色々理由を述べたが儂たちと同じ境遇のお主らを手伝いたいというのが本音じゃ。ほっほっほ」
「昔を思い出しますね」
村長と奥さんが笑い合う。
ここしかないか。
チラッとアリシアを見ると一回頷いてくれた。
一番の問題だった私が魔族という点をクリアできた。
それだけでもこの村を拠点にするメリットがある。
それに加えて使命もできた。
「(もし、魔王と勇者のせいでこの村に危機が訪れるのならその責任は私が取らなくちゃ)」
「(俺もだ。こんなにもてなしてくれたんだ。恩を返さねぇとな)」
「(……アリシア)」
今の私がどんな顔になっているのか鏡を見なければわからない。
だけど、魔王と出会う前の私が見れば絶対に驚くだろう。
……身体が入れ替わっていることを含めて。
そして、私たちは村長たちに返答する。
「僕たちで力になれるかわかりませんが是非、こちらからその申し出をお願いしたいです」
「よろしく頼む」
こうして私たちはここアーエルグ村を拠点にすることとなった。
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