第5話 やっとの休息


「いいのですか? あの方たちは」


 私は沈黙が耐えられなくなり前を歩く村長に声を掛けた。


「ふぉっほっほ、構わぬ構わぬ。珍しい来客に驚いているだけじゃ。今の彼奴あやつらに何を言っても無駄じゃ」

「それならいいんですが……」

「それより自己紹介がまだじゃったの。儂はフィグール。このアーエルグ村の村長をしておる」

「私はリウォン、そして……彼女はアリシアです」


 自分の横を歩くアリシアに目を向けて村長に改めて挨拶を行う。


「ところで、宿はこんなにも村奥にあるのですか?」


 私はどんどん村奥に向かっていく村長に疑問を覚えて尋ねる。

 が、村長の返答も「?」と首を傾げるだけだった。


「はて、儂がいつ宿に連れて行くって言ったかの?」


 疲労困憊のアリシアはいいとして私は少し警戒して気を引き締める。


 それほどまでに目の前の村長の気迫が只者ではない気がしたのだ。


「ほっほっほ、そんなに警戒せんでもよい。この足では、お主たちに太刀打ちはできないからの。安心せよ。向かっておるのは儂の家じゃよ」

「い、家?」

「そうじゃ。旅人が訪れるのが珍しいこの村には宿屋なんてものはないもんでの」


 ……確かにこの村は街に行く通り道でもなく、ましてや魔界に近く危険が多いこの村周辺に訪れる者は皆無だろう。

 宿屋があったとしてもその売り上げはあがったりだ。


 魔王討伐に出立してから村に入る度に宿屋に泊まっていたことで村には宿屋があること当然になっていた。

 考えてみればその通ってきた村はどれもが街の通り道にある。


 つまり、このような辺境の村に宿場がなくて当然。

 そもそも、こんなところに村があること自体が珍しい。


「しかし、いきなり村長のお宅に厄介になるのは……」

「よいよい。若いもんが気にすることではない。それに見たところ奥方はかなり疲れている様子。しかし、夫婦で旅とは仲睦なかむつまじきことよ」

「ふ、夫婦!?」


 その二文字を耳にして電撃が走るような衝撃が身体に走った。

 

 ふ、夫婦ですって!?


 いやいやいやいや。

 ……ここは主観ではなく客観で考えてみよう。

 二人の男女が旅をしている。

 ……うん、そう見えておかしくない。むしろ、そっちの方が自然だ。


 ひ、否定をしなきゃ……。


 だけど、寸前で言葉をぐっと飲み込んだ。


 男女での二人旅で恋人や夫婦でないとなると傍から見れば不自然に見えるのではないか?

 私なら何か裏があると疑う。

 

 ここは不承不承ながらも頷くに越したことはない。

 ……しばらくの辛抱よ。


「ん? 違ったかの?」

「い、いえ」

「お主も疲労が溜まっているようじゃの。まぁなんにせよ、今晩は泊まっていくとよい」


 しばらくして村奥にある一軒家に辿り着いた。


 王都と違いこの村一帯の家は木造建築が主流で村長の家も例外ではない。

 中に入ると、村長の娘さんが机に向かって座っていた。


 半袖の白い衣服に腰からくるぶしほどまで伸びた青のジーンズ。

 特徴的な雪のような白髪はまとめることなく背中に下ろしている。


 玄関からでは横向いている娘さんの顔までは分からないが滲み出る美人の雰囲気を感じずにはいられない。


「あら、あなたお帰りなさい」


 うわーやっぱり綺麗。

 お世辞でも村長に似ているとは言い難い。

 母親似かな。


 え? ……あなた?

 ちょ、ちょっと待って。


 聞き間違いかもしれないし念のため確認を。


「こ、こちらの方は?」

「家内じゃ」


 嘘!! 若っ!!

 私と同い年って言っても信じるぞ!


 さらさらとした雪のような長い白髪は耳を隠して肩程まで伸びている。

 宝石のような赤い瞳を含めた整った顔、さらには高身長ときた。

 

 同じ女性の私でも見惚れてしまうほどの正真正銘の美人。

 

 今は男で魔族だけど……。

 もしかすると、この男の身体が精神にも影響してそう見えているのかもしれないが。


 だけど、なんでこんな人が村長に?

 それなりのドレスを身に纏えば貴族のご令嬢どころか一国の王女と言っても信じてしまう。


 いや、冷静になれ。

 貴族間では歳の差がある夫婦はありふれた話だ。

 別段驚くことではない。

 

 娘と思われてもおかしくないほどの若さを誇る奥さんは突然の来客に最初こそ驚きはしていたがすぐに微笑んで温かく出迎えてくれた。


「どうも、フィグールの妻フィリアです」

「私はリウォンとそしてこちらがアリシアです。急に申し訳ありません」

「いえいえ、構いませんよ。むしろ嬉しいぐらいです。いつも二人で寂しいんですから。ここはわたくしの腕の見せ所。はりきって夕食を作らせてもらいます!」

「で、ではお言葉に甘えさせてもらいます」

「ええ」

 

 私はニコニコと微笑んでキッチンに戻っていく奥さんに感謝を込めて一礼する。


「お主ら、フィリアが夕食を作ってる間、先に風呂に入るといい」


 お風呂ですって!?

 即断即決!!


 有り難い申し出に私はすぐに頷いた。


「是非お願いします!!」

「よし、こっちじゃ」


そう言って村長が進む先は家の外だった。


「外、ですか?」

「もちろんじゃ。なにせ露天風呂じゃからの」

「ろ、露天風呂!!」

「この村自慢の温泉じゃ。これに惚れてこの村に永住を決めた者だっておるぐらいじゃ。入れば一気に疲れが吹っ飛ぶぞ」


 そう笑いながら先に進んでいく村長。


 噂に聞いた露天風呂がここにあるですって!?


「ほら、アリシア! 早く!」

「お、おい。お前、目がマジだぞ……」



 

 風呂場は村長の家からさらに村奥に少し進み長い石階段を上った先にあった。


「お、おい。なんで疲れを取るのにまた疲れる必要があるんだ……」


 激しく息を切らしながら一段一段丁寧に両足を踏みしめながら上がってくるアリシア。


「文句言わない。早く! 村長さんだって平然と上がっているんだから」

「……杖ついて足が悪いんじゃないのかよ」

「ふぉっほっほ。まだまだ若いもんには負けんわい」


 意気揚々と向かう私だが一つ懸念があった。

 しかし、それは杞憂に済み風呂場の入り口前に立ってほっと息を吐く。


 田舎の露天風呂と聞いてまず思い浮かぶは混浴の文字。

 しかし、目の前にした風呂の入り口はしっかりと二つの暖簾で男と女に分けられていたのだ。


「ほら、これが着替えじゃ」


 どこから出したのか村長の片手には畳まれている青と赤で大きさが違う二つの浴衣とタオルが乗っていた。


 王国ではバスローブが主流だったので浴衣という文化の違いに驚きつつも慌てて受け取った。


「あ、ありがとうございます」

「上がったら戻っておいで。その頃には家内も食事を作り終えている頃じゃろう」

「何から何までありがとうございます」


 私が頭を下げると、それに続きアリシアも頭を下げた。


 ……あまり下手のことは喋らないでと思っていたけど、ここまで何も喋らないんじゃまるで人見知りの子どもよ。

 と内心ぼやきながらもアリシアと分かれて暖簾を潜ろうとする。


「こらこら」

「どうしました?」

「……どうしたもなにも、逆じゃぞ?」

 

 私は暖簾に書かれている字を目に映す。

 “女”。


「「あっ……」」

 

 二人は同時に思い出して立ち位置を入れ替える。

 

 「「あははははは」」

 

 怪訝な目で私たちを見詰めてくる村長に笑い声をあげて誤魔化し逃げるように暖簾を潜っていく。

 

 衣服を脱いでどきどきしながらも温泉に入ると誰もいなく一先ず安堵する。


 男性の裸体は軍に所属していたときから見慣れているけど……

 ごめんなさい、嘘つきました。ずっと遠くを見ていたので見慣れていません。

 だから、今の自分の身体もよく見ていません。

 

 誰もいないのに透かした表情を続けてしまうが心臓は常に跳ね続けている。

 

 そんな状態だったが何とか一通り身体を流し終え、温泉に浸かると丁度良い温度が身体に浸透していく。

 さぁーっと溜まっていた疲労を流してくれる。


 あまりの心地よさに身体のことなどどうでも良くなってしまう。


「ほへー」


 こ、これは危険が近いこの村でも暮らし続ける価値がある。

 王国でもこんなお風呂はなかったよ〜。


 目を瞑り温泉に身を任せてふわふわと浮き上がる。

 たまに吹く風の心地よさもいい。


「リウォン!! こりゃ、すげーな!!」


 そんな品のないアリシアの声が聞こえてきて現実に引き戻された。


 ぼちゃんと温泉に寝転ぶように浮かんでいた身体が沈み込む。


 そして、ゆっくりと顔が水面から浮かび上がった。


 そうだった、ここお風呂だった……。

 

 ということはアリシアも、そういうこと、か。


 入れ替わっている以上、自分の身体を見られることは仕方がないと割り切っているが冷静になって考えると恥ずかしく感じた。

 

 顔が赤く染まり再び温泉に顔を半分まで沈める。


「しかし、女って肩が凝るって聞いていたがよ、そんなこともないな。身軽で元の身体よりも動きやすい」

「うるさいな!!」


 ザバンと顔を茹で蛸のように真っ赤にして立ち上がり抗議を申し立てる。

 別に恥ずかしいわけじゃない!

 この赤面は……そう、のぼせてしまったんだ。


 もちろん、こんな私の動揺にアリシアが気付いているわけもなく楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。


 ……少し冷静になろ。

 区切りを付けるためにコホンと一回咳払いをして口を開く。


「それで、大丈夫なの?」

「何がだ?」

「さっきまで今にも死にそうなぐらい疲れていたよね」

「ああ、もう大丈夫だ」


 壁越しでアリシアの体調確認を行う。

 別に中身である魔王がどうなっても私には関係ない。

 だけど、身体は私のものなのだ。大事にしてもらわないと困る。


 しばらくして、頭がくらくらとしてきた。

 本当にのぼせてきたようだ。

 

「アリシア、私、先に出るから」

「ああ、俺はもう少し入ってる。なんなら先に帰っといてもいいぞ」




 浴衣……聞いたことはあったけど着方合っているかな。

 昔に教養として習った着方を思い出しながら辿々しく行ったが何とか見栄えは良くできたと思う。


 手にはさっきまで着ていた魔王の服を持っている。

 ボロボロだし捨ててもいいと思うけど……後で確認するか。


 そんなこと考えながら温泉の入り口の周辺でアリシアをしばらく待つ。


 出る際に遅くなるかもしれないから先に帰っといても良いぞと言われていたが、私が旦那と思われている以上は一緒に帰るべきだろう。


 それにもう一つ、不安があった。


「あーさっぱりした」


 ちょうど、アリシアが暖簾を潜って火照った顔を覗かせた。


 私と同じく両手には身につけていた鎧を抱くように持っている。


 やっぱり!!


 それを見逃さずに素早くアリシアとの距離を詰める。


「うわぁ! な、なんだ!?」

「やっぱりもう! こんなに着崩して!!」


 アリシアは案の定、浴衣の着方も知るはずがなくかなり着崩すどころか、ちゃんと着ているかすら怪しい程に適当だった。

 まるで寝起きの姿だ。


 今の状態からほんの少しでもはだけてしまえば、私の自慢の豊かな胸が見えてしまう!!


 この危機だけはなんとしても阻止しなければならない!


 ……決して慎ましくなんかないよ。肩だって凝るはずなんだから!!


 私は見えないように配慮しながらアリシアの浴衣を正す。

 な、なんで自分の身体なのに緊張してこんな配慮もしないといけないんだろ。

 

 そんな疑問に悩まされながらも瞬く間に浴衣を整えた。


「見られて減るもんじゃないだろ」


 アリシアは完成した自分の身なりを確認しながらそう呟く。


 その言葉にカチンときた私は言い返す。


「もうあなたの身体は女なの! そして、私の身体なの! しっかりと自覚して!!」

「わ、わかったよ。……そんなに怒るなよな」

「あと、口調は柔らかく!」


 はいはいと口を尖らして何度も頷きながら村長宅に歩き出すアリシア。


 本当にわかっているのかな……はぁ〜。


 私もアリシアを追いかけて歩き出す。

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