第2章 アーエルグ村
第4話 村の発見
「あれって……アリシア!」
行く当てのない放浪の旅を開始してから数週間経つ頃。
ようやく森を抜けた先に広がる夕暮れの景色。
それを見た私ははしゃぐ気持ちを抑えながら後ろで足を引きずって歩くアリシアを呼ぶ。
しかし、それでも嬉しさが声に乗っていることに気が付き恥ずかしくなって顔に熱が籠もるのを感じる。
そんな私に気にすることなくしんどそうに歩きながらアリシアは口を開く。
「はぁはぁ……どうなってんだ。この身体、たった数週間で……こんなに……」
かなりお疲れのご様子。
そういえば、旅を始めてから私はアリシアほど疲れを感じていない。
歩き始める前までは今のアリシアのように疲労が限界になるんじゃないかと思っていた。
元の身体のときはまさに今のアリシアの状態が答えなのだろう。
入れ替わった魔王の身体だと疲労は感じるもののまだまだ十分に動かせる。
ちなみに、旅を始める前のアリシアは数週間ぐらい余裕だと豪語していた。
まさか、疲労に躓くとは思ってもいなかったのだろう。
今のアリシアは心と身体のずれに戸惑っている。
だけど、それは私も同じ。
これが魔族の身体機能。
身体が軽いし、こんなので戦っていたなんて……なんか、ずるい。
なんか、元々ハンデを背負って戦っていたみたいじゃない。
心の中で頬を膨らまして抗議しているとアリシアはようやく私に追いついた。
「はぁはぁ……で、なんだ?」
息を整えつつもアリシアは私の隣に立つ。
「前見て分からない?」
「!! 村だ、村だ!! やっとだーーーー!!」
大袈裟すぎるほど両手を挙げて喜ぶアリシア。
もしかすると、嬉しさのあまり涙も零しているのかもしれない。
……なんか日が経つにつれて本当に魔王なのかなと思ってしまう。
あれから私たちは数週間も歩き続けた。
その結果である現在位置は……大陸の中心を少し右に進んだ程度だ。
この世界は大陸を殆ど中心で二分割し、左側が魔界、右側が人界となっている。
魔界と人界の国境とも言える場所には果てしない“苦悶の山脈”や一度入れば出ることができない“迷い森”がある。
そのため、魔族と人族はそう易々とお互いの領地に侵入できないようになっている。
最近その苦悶の山脈の一部が突然大爆発し魔界と人界を繋ぐ大きな通り道ができるまでは。
その原因は多数の説が提唱されているが真実は明らかになっていない。
しかし、今はその話は置いておく。
それを踏まえて、改めて私たちの現在位置を確認する。
苦労して私たちが辿り着いたこの場所は魔界を出てすぐのところにある。
魔界を脱出できた時点でかなりの進行度と私は思っているがアリシアからすれば遅くても数日あれば抜け出せたはずと思っていただろう。
しかし、できなかった。
その原因は“迷い森”に足を踏み入れてしまったから。
後はアリシアの足が考えていたよりも遅かったのだが私の身体の手前、それを口に出したくない。
兎にも角にも、反省は後回しにしてまずは村を見つけたことを喜ぶべきだ。
身体的にはまだ余裕はあるが心の方は私もくたくた。
早くベッドで休みたい……。
そう思いに耽っているのは数秒程だったが、気が付くと隣にいたアリシアは目の先にいた。
「はやっ。ちょっと、疲れてるって言ってたよね!!」
慌ててアリシアを追う。
辿り着いた村は私たちが望んでいた辺境にある田舎村だ。
だが、田舎とはいえ馬鹿にしてはならない。
見たところ、防衛設備はしっかりとしていて村は柵に囲まれている。
アリシアはもう中に?
私は村の入り口と思わしき大きく厳重ではあるが開いている門を通って中に入る。
野宿続きに加え村を見つけたことでばっと疲労が湧いてきたこともあり一刻も早く宿場に向かいたかったが、なぜか村の中は騒がしい。
祭りでもやっているのかな? 皆が出払っていたら宿場も開いていないかも……。
いや、それよりもとまずはアリシアを探さないと!
だが、騒がしい原因はアリシアだった。
……ア、アリシア。
大の男たちに囲まれて何やら詰められているようだ。
男たちは筋骨隆々な男が二人にそれに比べたら細い(それでも王都の男たちに比べたら大きい)男の三人だ。
この場合、後ろの二人が大きすぎると思った方がいい。
流石は力仕事を主に置いている村人だ。
ひょろい貴族の男たちと大違い。
って、いきなり絡まれているじゃない!! アリシア、何したの!?
心配になった私は急いでアリシアの所に向かう。
もちろん、心配なのは村の男たちの方だ。
王都の男たちを簡単に一捻りしそうな村人たちだが相手がアリシアとなると話は別だ。
見た目こそ私の姿になっているがその中身は魔王なのだ。
鍛えているとはいえ勇者となった私でさえ勝てなかった相手に村人たちが敵うはずがない。
だが、アリシアも自制心はあるはず!
微笑みを浮かべているアリシア
よ、良かった。まだ、大丈夫そう……いや、違う!!
よく見ると、アリシアは拳をかなり強く握りしめていた。
さらに、微笑みにも陰りがある。
疲労が限界に達したアリシアに余裕はなかった。
放っとけば今にも村人たちを叩きのめしてしまうだろう。
不味い!!
私はアリシアのその拳が突き出される前に間に割って入った。
「どうしたんでしょうか? 僕の連れが何かしましたか?」
近づいてわかったが魔王の身体となった私はこの村人たちよりも大きい。
威圧感があったのか、いきなり割って入った私に対して村人たちは驚いて後退りをしている。
アリシアも驚いており握りしめていた拳の力も緩めてくれたこともあり一先ず危険は回避できた。
ふぅ〜、危ない危ない。こんなところでせっかく見つけた村を後にしたくない。
「か、勘違いしないでくれ。俺たちは口説いているわけじゃねぇよ」
怯えた表情で三人の村人の右側に立つ大男(今の私ほど大きくないけど)がそう捲し立てる。
別に私は怒っているわけじゃないけど……そんなに怯えなくてもいいんじゃないかな。
気丈なはずの大の大人がびくびくしている様子を見ると少し悪いことをしている気分になる。
「そこの嬢ちゃんに誰なのかを尋ねていただけだ。魔界に近い村だからな。怪しい者を村に入れるわけにはいかないんだ」
真ん中に立つこの中ではまだ細身の金髪の男が冷静に答えてくれた。
彼がリーダーなのだろう。
私は彼の言い分にそれもそうだと納得する。
うっかりと魔族を村に入れるほどの危機管理の甘さだと、
当然のことだった。
ちなみにアリシアは鎧で身を包んでいるが旅の間に少し髪が伸びて一目見て女性だとすぐに分かる姿になっている。
ただ髪が伸びただけでそうわかってしまうとはやはり私は魅力的なのだろう。
うんうん、父上が男として私を育てなければ今頃は貴族の中で引っ張りだこだったに違いない。
……もう、私の身体じゃないけど。
いや、諦めるには早い! そのためにもグリモアコードとやらの解除を目指しているんだから!
それにしても、アリシアもしっかりと受け答えしてくれれば良いのに。
あっ、そっか。
思い出した。
私がアリシアに振る舞いはしっかりしてとお願いしていたことに。
いや、待って。あれだけ教え込んだけどあまり成果は感じられなかったはず。
……疲れているだけだね。
心身共に疲弊しているアリシアに振る舞いを考えるなんて余裕があるはずもなく、ただ優雅に微笑みを浮かべることしかできずにいたのだ。
この微笑みも私が教えたことだけど。
うん、微笑みは完璧。
もしかすると、村人たちがアリシアが女性だと気付いた要因の一つかもしれない。
が、自分に都合が悪いことは忘れてしまおう。
そう、私が魅力的だった。これが大事。
……思い返せばアリシアにこの旅の間で仕込めたことは数少ない。
今のように微笑みを浮かべて言葉遣いも少し直ったぐらい。
あくまで前と比べてだけど。
それに気を抜けばすぐに戻ってしまう。
諦めるのも時間の問題かもしれない。
できれば、男っぽい汚い言葉遣いは止めて欲しいけど。
これは最低目標にしておこう。
そう、心でぼやきながらも私は目の前の三人を観察する。
どうやら、三人ともなかなかの魔力を宿しているようだ。
並の魔族が相手であれば容易に倒せるだろう。
「じゃあ、あんたが何しにここに来たのか答えてくれ。別に俺たちは話を聞ければそれでいいんだ」
言い分ごもっとも。
私は頷いて即座に答える。
「僕たちは旅をしていて偶然見つけたこの村に宿を探して立ち寄ったのです」
どう? 何も突っ込みどころはないでしょ?
もちろん、こうなることは予測済み。
事前に考えていたんだから!
しかし、村人たちの受けは良くなかった。
こんなに完璧な回答なのに。
「旅? 魔界近くのこんなところを?」
「後ろの嬢ちゃんは鎧を着ているようだが騎士かなんかか? ……確か、魔王討伐で王国が軍を動かしたって言っていたな」
「ま、まさか脱走兵!?」
「兄ちゃんの方は見慣れない服装だが……」
「ぐっ!!」
私の用意していた渾身の回答は突っ込みどころ満載だった。
ど、どうしよう……。
助けを求めて私はアリシアに振り返る!
微笑みしか浮かべていない!
駄目だ!
「こら、何を騒いでおる」
なんて答えようとあたふたしていると村人たちの後ろから低い掠れた声が聞こえてきた。
そして、村人たちの間から初老の男性が顔を見せた。
足が悪いらしく杖をついている。
「そ、村長」
村人の一人がそう言ってくれたおかげでその老人が何者かわかった。
「旅人と名乗る怪しい男女が尋ねてきたもんで」
怪しい、その言葉が頭に引っかかったがその通りなのでぐうの音も出ない。
「ほう。旅人か。珍しいのう」
村長はまずアリシアに目を向ける。
それに対して彼女は微笑んだまま優雅にお辞儀をした。
うんうん、私が仕込んだとおりの動き。
口を開かなければちゃんとできるんだけどね。
続いて村長は私に目を向けてくる。
私も笑顔を返すがしばらく村長は見詰めたまま動かない。
「ほほう、まさかの……」
村長は小さく呟いたが途中までしか聞こえなかった。
たらりと自分の額に汗が滴るのを感じながらもその見定めるような視線に耐え続けていると村長は背を見せた。
「ついてきなさい」
「村長!!」
「なに、大丈夫じゃ。お主が懸念しているような者たちではない」
「……村長がそう言うなら」
男たちがすぐに引き下がったことから村長ことをかなり信頼していることが窺える。
「ほら、お主たち」
「は、はい」
私たちは村人たちに一礼して歩き出した村長の後に続いた。
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