第3話 これからの話し合い


 魔王城から続いていた口論もいよいよ終わりが近づいてきていた。

 ……もう何言っても起きてしまったのは事実だしな。


 それにお互いに決戦から積もり続けていた疲労の限界であることも理由の一つだ。


 どの拍子からかは熱中しすぎてわからないが、先程までの罵声の飛び合いはまるでなかったかのようにこの森の中は静寂に包まれてしまった。


 ここがどこなのかは正確には把握していないが魔界の中でも人界よりの森の中だろう。

 一息ついて、目の前の焚き火を見詰めながら俺は口を開く。


「……取り敢えず話をまとめるか」

 

 決戦からずっと見切り発車でこの場まで逃げてきた。

 一旦冷静になって状況を整理することが肝要だ。


 一頻り文句や不満を言い切って冷静になった勇者もこくりと頷きを返してくる。


「まず、俺とお前の身体が入れ替わった」

 

 俺が鎧に身を包む女勇者の身体。

 勇者が俺の身体に入れ替わった。

 

 これは俺と勇者の魔力が混ざり合うことで偶然発動したグリモアコードによるものだ。


「そのグリモアコードっていうのは?」

「魔界の叡智。大魔王が残した魔法だ。とはいえ俺も良く知らないが」

「大魔王?」

「大昔に魔界を統一した最初の魔王。ファウストロスと呼ばれている」

「ふぅーん。そのグリモアコード? どんな魔法か分かる?」


 大魔王については興味がないのか勇者はさらっと流してグリモアコードについて尋ねてきた。


「いや、俺も名前だけ聞いたことがあるだけで実際に見たのは初めてだ」

「魔王なのに知らないの?」

「何年前の話だと思っているんだ……それと言っておくが俺は大魔王と何の関係もないぞ」

「どういうこと?」

「魔界は弱肉強食だ。一番の強者が王になる。血縁だからといって自動的に王座につけるわけではない」

「……野蛮だね。だけど、ねちねちと裏で動かれるよりはわかりやすい」


 物憂げにそう小さく吐く勇者。

 どうやら人界も人界で権力争いが面倒くさそうなようだ。


 だが、勇者はすぐに雰囲気を戻して片手を顎に当て人差し指でとんとんと下唇を叩き考えに耽っている。


「ということは元に戻るにはまずグリモアコードを調べないといけない、か」

「……妙に落ち着いているな」


 俺はそう目の前の俺に尋ねる。


「……不満は言えるだけ言ったから。言いたいことはもう残ってないよ。……ところで、戦争の発端が魔族じゃないって本当?」

「そんなしょうもない嘘を俺がつくと思うか」

「そんなこと知らない。私はまだお前を良く知らない」


 ふん、所詮は魔王と勇者。敵同士というわけか。

 目を逸らしながら答える勇者に対して俺は逆に微笑みともに両手を広げてみせる。


「今は女のようだが?」

「ぐっ、茶化すな! ……もう! 私の姿だと調子が狂う」


 それは俺も同じだが一々言葉に出しては話が進まない。

 冗談はここらで置いといて俺は勇者の望む質問の答えを述べた。

 

 それを聞いた勇者は怪訝な表情をして考え込む。

 

「攻めたのは王国から? やっぱり私が聞いた話と違う」

 

 改めて考えてみると不自然な点がポロポロ出てくる。


「そう言えば……軍が壊滅するのも気が付いたらそうなっていたな」

「大臣が持たせてくれた杖も、知らされていた魔法と異なっていた。どうやら、やっぱりこの戦争、何か裏がありそう。どんな裏かはまだ分からないけど」

 

 えーと、つまり、この戦争は仕組まれて起こされた可能性があるってことか。

 しかし、なぜそんなこと?

 

 ……わからないな。

 

 俺はしばらく考えたが何も思いつくことはなかった。

 問題は山積み。

 

 こういうときは一つずつ片付けていく他ない。


「それじゃ、朝が来たら行くとするか。取り敢えず、拠点を探そう」

「えっ?」


 いや、なに驚いているんだ。


「俺とお前、二人とも元いた場所に戻れないだろ?」


 魔王の姿をした勇者が王国に戻り、勇者の姿をした俺が魔王城に戻る。

 うん、受け入れてくれる未来は全く見えない。

 

「……それもそうだね」


 想像して理解したらしく勇者は渋々頷いた。


「二人でいたほうが何かと動きやすい。違うか?」

「不本意だけど、魔王の言う通りだ。ただ、一ついい?」


 急に真剣な表情になってそう尋ねてくる。

 

 何だ、急に。

 俺は無言で続けるように促す。


「お前じゃなくて、リウォン。わかった?」

「あ、ああ」


 ピシッと指を突きつけ、反論を許さない視線に俺は頷くことしかできなかった。


「言っておくけど、まだ、あなたの言葉を全てを信用したわけじゃない。今でも魔王は危険存在。監視も兼ねているから。……私の身体で勝手なことされちゃ困るし」

 

 まぁ、言い分はわかる。

 

 魔王と勇者。

 決して相容れるはずのなかった二人。


 魔界では弱肉強食で昨日の敵は今日の友になることは日常茶飯事の出来事。

 しかし、これは魔族にとっての当たり前でその考えが当然だとリウォンに強要するのは間違いだろう。


「好きにしろ。俺はお前がいてくれるならそれでいい」

「!? ……はぁ!?」


なんだか、赤面して狼狽えているリウォン。


それが俺の姿なんだから少し調子が狂ってしまう。

ポリポリと頭を掻きながら俺は尋ねる。


「どうした?」

「魔王、それ自然に言っているんだとしたら……」

「したら?」

「……やるね」


 ぷいっと顔を背けるリウォンに俺は戸惑う。

 というかさっきから俺の身体でそんな仕草をするのは止めて欲しい。


 妙に照れくさく感じる。


「それはそうと……魔王、名前は?」

「突然、なんだ?」

「普段から魔王って呼び続けるわけにはいかないじゃない。だから、名前」


 そう言われても困るな。

 だって、俺には名前なんて大層なものなんてないんだから。


「俺は魔王。子どものときから参謀、テヴェレのやつに拾われてからずっと魔王として育てられたからな」

「えっ……魔王って肩書きじゃない」

「テヴェレのやつが俺には魔王となる宿命だっていうんでずっと魔王様ってうるさかった。まぁ、俺も争いばかりの魔界の希望になれるならそうなってやろうと乗ってやったんだよ。あんな奴でも親代わりだったし、まぁ親孝行だ」

 

 しかし、その結果がこの様なんだけどな。

 戦死したテヴェレのやつにも申し訳がねぇな。


 昔を回想していた俺を他所にリウォンは酷く慌てふためいていた。


「ちょ、ちょっと待って……理解が追いつかない。王国で魔王といえば世界を滅ぼす存在として伝わっていたから」

「なんだそれ、滅ぼすことに何の意味があるんだ。焼け野原を手に入れても虚しいだけだろ」

「その考えた方が教わった魔王の性格と全く違う」

「……いや、待てよ。王国で伝わっているのはもしかすると大魔王のことかもしれないな」

「……あっ、確かにそうかもしれない。こんな魔法を作るくらいだから、一国を容易に滅ぼす魔法もありそう」


 リウォンは自分の身体を確かめるように視線を向けながらそう言った。


「詳しい話は追々にして……取り敢えず、魔王、あなたはこれからアリシアと名乗りなさい」

「アリシア?」


 急に出てきた名前を尋ね返すとリウォンは寂しそうな雰囲気で口を開いた。

 

「私の女としての名前。母が父に内緒で与えてくれたの。使うことがないと思っていたけどせっかくだから。……もう、その身体には自由に生きて欲しい」

「あまり分からないが、お前も苦労していたんだな」

「……貴族ではありふれた話だけどね」


 しみじみとしたリウォンの雰囲気にそれ以上は踏み込まないことにした。


「ただし!! 自由に生きて欲しいって言ったけど口調や佇まいなどはしっかりとしてもらうから!」


 またも、ピシッと指を突きつけられて俺は頷くことしかできなかった。

 何か、こいつの威圧感には逆らえる気はしない。


「ったく……あまり期待するなよ」

「なにか言った?」


 小声で呟いたはずなのにこの反応速度は異常だ。


「い、いや、とにかく! まずは拠点探しだな」


 俺は口喧嘩では勝てないと踏み論点をずらす。

 これは思いのほか効いてリウォンは頷きを返した。


「正体はばれたくないから田舎村の宿とか、かな」


 魔王は名こそ有名だが姿は広まっていない。


 だが、勇者は別だ。

 最強の騎士が勇者として魔王討伐に出立しことで名前と姿が人界の各地で広まっている。

 

 そんな者が普通に街に入れば瞬く間に噂が広まってしまうだろう。

 ここはリウォンの言う通り情報が調達しにくい田舎の村がベストだ。

 

 ただ、田舎村がベストなだけあってそんな条件でなければならないというわけでもない。

 もし、見つからなかったときのために街での過ごし方も考えておくべきだろう。


「ここから村ってどれくらいで見つかるか……」


 リウォンが現状の大問題について、ついに言及した。


 俺たちは魔王城を逃げ……抜け出してからまだ数日。

 つまり、人界さえ辿り着いていない。

 

「人界に辿り着いて、さらに田舎の村を見つけ出す。どれくらいかかるか」

「まぁ、一週間はかかると思った方が良い」


 そう俺が言ってやるとリウォンは露骨に嫌そうな顔をした。


「ま、まぁ良いさ。その間にアリシアにはみっちりと礼儀作法は身につけて貰うから」

「!?」


 いま、こいつなんて言った……。


「おいおい、さっきと言ってることが違うだろ。自由に生きて欲しいんだろこの身体に」

「その通りだけど、限度があるよ。自由奔放すぎるのも良くないの。みっちり教えていくから」


 悪戯な笑みを浮かべるリウォンに俺はただただ嫌な予感がした。

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