第2話 太古の魔法


 ん……

 ここは……


 目を開けると赤模様の空が視界に入った。


 ぐっ、まだ頭が揺れている。


 立ち上がろうと身体を起こしてみるがふらつき、また倒れてしまった。

 記憶も混濁しており一先ずは頭の整理を試みる。


「確か、光に包まれて……グリモアコード!!」


 今の状況の根源であるグリモアコード。

 

 俺は全てを思い出し、再び周囲を見渡す。


「自慢の魔王城もこんな様じゃな……」


 壁はひび割れ、天井は吹き飛び、もはや廃城と言われても否定はできない。


「だが、城は城。種が滅びなければ建て直すことはできる」


 しかし、何か引っかかるな。

 魔王城の様子も俺の声も……


「ん……」


 感じる違和感がもう少しで確信に変わる寸前、前から声がした。


 砂埃が舞いシルエットでしか分からないが恐らく勇者だろう。

 どうやら無事だったようだな。


 敵ではあるが今は争っているときではないだろう。

 仕切り直しにしろ踏むべき過程を俺は忘れない。


「おい、起きろ」

 

 俺の声でようやく意識を取り戻し慌てた様子で勇者がむくっと起き上がった。

 

 ん? あれ? こいつ、こんなに大きかったか?


 シルエットが先程までの勇者と異なる。

 まさか、勇者じゃない!?


 そして、答え合わせをするかのように完全に砂埃が晴れた。


 黒の短髪に平均より少し上ほどの体躯の男。


 どこか見覚えのある姿だ。

 ……というか俺だ。俺が目の前にいる。


 冷静に努めて俺は何度も頷きを繰り返す。


「はあああああああああああああ!?」


 前言撤回、許容を遙かにオーバーし驚きで声を上げてしまった。


 急な大声量にビクッと目の前の俺は驚いて身体が跳ねる。


「えっ? なんで私がいるの!?」


 は?

 俺は慌てて自分の身体を手探りしていく。


「は? これ何だ……女!?」

「ぎゃあああああ!! 触るな!!」

 

 大の男が大慌てしている様は我ながら見苦しく感じた。

 しかし、その言葉を聞き入れるわけにはいかない。

 

 現状把握。

 それを怠ってはならない。

 そして、全てを理解した。


「お前女だったのか!!」

 

 身体の軽さ、腕の細さや、違和感を覚えていた声の高さ。

 これらの疑問の全てがその答えで解消された。


「女じゃない!! 今まで男として育てられてきた。それはこれからもだ!!」

「今まで気が付かなかった俺が言うことではないが……それは無理あるんじゃないか」


 そう言って俺は軽く腕を振ってみる。


「身体は問題なく動くようだ。しかし、女にしては腕が太いかもしれないがそれでも違和感がすごいな」

「太いとか言うな!」


 そして、顔や身体にも触れていく。

 未だに現実味を感じない出来事に確かめずにはいられなかった。


「もういいでしょ!」

 

 そういって目の前の俺は俺の両腕を掴んだ。


「何だよ。女扱いされたくなかったんじゃないのか?」

「それとこれとは別!!」

「都合がいいもんだ」


 しばらく黙ってしまう俺たち。

 この沈黙に耐えきれずに俺は口を開く。


「……あー何というか、これは不味い光景では?」


 始めは俺の言葉の意図を掴みきれない勇者だが、すぐに「あっ」と何かに気が付いて腕を放してくれた。


 それもそのはず、勇者が俺の両腕を掴んでいる光景は大の男が女性を押し倒しているようにしか見えない。


「むーーーー!」


 発散できない気持ちが勇者の中に渦巻いているのか地面を何度も叩いている。


 一旦、まとめよう。


 どうやら、俺は勇者になってしまったらしい。

 称号ではなく身体が入れ替わった。


 もちろん、その原因は偶発した大魔王の叡智であるグリモアコード。


 俺が聞き及んでいたグリモアコードはこの場一体を砂漠に変えてもおかしくはないほどの威力を誇るはず。

 しかし、魔王城は大きな爆発跡こそ残しているがその形を維持している。


 普通に考えて、この大魔法の効果は身体を入れ替えること。


 そして、目の前にいる俺は……


「そう、だ。私はリウォンだ」


 俺が言いたい言葉を理解してそう名乗った。

 ある程度、理解が追いついたらしくリウォンから先程までの酷い動揺は見られない。


「な、なんで私がお前の……一体何をした!!」

「それはこっちのセリフだ!! なんで、あんな有利な状況で自爆魔法なんか!!」

「有利だと? 私の攻撃をいとも簡単に防いで見せたじゃないか。限界を超えた一撃を!! それを何度も何度も……」

「それはお前もだろ。平然と俺の攻撃を受け止めやがって」

「仕方ないだろ! せめて何も効いていないぞと威勢を張ることしか私にはできなかったんだ!!」


 言い合いを重ねた結果、二人は同時に首を傾げた。


 奇しくも勇者は俺と同じことを考えていたらしい。

 実際の戦況は本当に五分五分だったようだ。


「待て」

 

 俺の姿をした勇者は思い出したように苦笑いを浮かべている俺に制止をかける。


「……自爆魔法だと? 確か暴発前にも同じようなことを……」

「は? 知らなかったのか」


 俺は自爆魔法の説明を端的に行う。


「自爆魔法“爆散花グロウリカ”。魔族の中でも限られた者にしか習得できない魔法。それが込められた杖をなぜお前が持っている?」

「……私も大臣から奥の手だと渡されただけで……魔法も“聖威解放せいいかいほう”だと」


 聖威解放せいいかいほう


 それは勇者に宿る聖気と呼ばれる魔力を全方位に放つ魔法らしい。

 “爆散花”は自身の命を含めた全てを代償にするがこの魔法は全聖気を解き放つ。


 自爆魔法には劣るとしても確かに奥の手に相応しい。

 現にその魔法でもあのときの俺には防ぐ術はなかった。


「なぜ、人国の大臣ごときがそんな杖を持っていたのか。しかし、どうやらお前は恨まれていたようだな。その大臣に」


 俺が言わなくても分かっていたのか既に勇者の顔は青ざめている。


 つまり、人国の大臣は勇者が死ぬことを望んでいたことになる。


「気になるだろうが、今考えても仕方あるまい」


 俺はそう言ったがすぐには呑み込めない事実なのだろう。

 勇者は狼狽えた表情で黙り込んでしまった。

 俺も口を出しにくいことなのでしばらく待つことにする。

 だが、すぐに勇者が口を開いた。

 

「……どうするんだ」

「……俺たちは魔王と勇者。人国と魔界を背負っている。決着をつけるしかあるまい」

「それは同意する」

「では、仕切り直しといこうか」

 

 そして、二人は言葉を交わさずに元の立ち位置に戻った。

 

 幸い、両開きの大扉は残っており勇者は一旦外に出る。

 俺は玉座に深々と座った。


 玉座の大きさに違和感があったが一旦触れないでおく。


 しばらく、切り替えのための沈黙が続く。


 決戦前と変わった点はボロボロとなった玉座の間と二人の身体だけ。


 そして、扉が思いきり開かれた。


「魔王!! 私は勇者リウォン・カートル!! お前を倒して世界を救う!」

 

 俺の姿の勇者が聖剣を手にそう言い放つ。


「よくぞ来た。勇者よ。俺は魔王。お前に敬意を払い全力を持って相手をしてやる」

 

 俺は立ち上がり不敵な笑みを浮かべて応じた。

 

 しばらく沈黙が続き、お互いに顔は引き攣っていることだろう。

 なにせ傍からだと俺は魔王の真似事をしている青年にしか見えない。


 何とか平静を保ち突きつけ合う二人。


「行くぞ!!」


 二人は剣を握りしめ地面を蹴った。

 そして、二人の剣は衝突……。


「「って、できるか!!」」

 

 お互い、剣の軌道を逸らしてすぐ隣の地面に振り下ろした。

 ドンッ!! と地面は砕け砂埃が舞う。


 先に我慢の限界を迎えたのは勇者だった。


「なんで……こんなことに。それもこれもお前たち魔王軍が攻めてきたのが問題なのよ!!」

 

 キッ!! と敵意を露わにして睨み付けてくる。

 男としてではなく素の口調になっているがそれよりも凄まじい殺気が襲いかかってくる。

 

 だが、俺の姿だけにいまいち圧は感じない。

 

 しかし、この言い分は無視できない。


巫山戯ふざけるな! 攻めてきたのはお前らだろ。魔王軍とはいえ最近できたばかりだ。人国を攻める余裕なんてない!」

「……えっ? どういうこと?」

「お前たちが兵を寄越したからこちらも守りに出ただけだ」

「だって、人界に攻め込んで来たじゃない」

「いくら追い返してもお前らが引かないからだろ。こちらも押し返すしかなかった」

「待って……訳が分からない……」


 どうやら、俺の声色から嘘ではなく真実だと信じてくれたようだ。

 そして、俺も勇者が演技しているようには見えなかった。

 全て、本当のことを言っている。


「自爆魔法も侵攻も今になってボロボロと不自然な点が見えてきている。……何か裏があるようだな」


 そのとき、外が騒がしくなってきた。


「新手か?」

「きっと、王国の兵たち」

「もう、ここまで来たのか。かなり入り組んだ造りにしていたはずなんだが」

「……どうしよう」

「どうするも何も……この状態では話がややこしくなるだけだ」

 

 魔王が勇者で、勇者が魔王。

 文字でも言葉でも理解できる範疇を大きく超えている。


 そして、俺は一息おいて口にする。


「整理するには時間が足りない。……一旦、休戦だ」

 

 勇者も同じ結論にいたのかこくりと頷き、答える。


「逃げよう」

「逃げましょう」

 

 俺と勇者はそそくさとこの場にある秘密の抜け口から逃げ出した。

 

 一旦納得し冷静になってきた俺たちだが、こうやってこそこそと一目を掻い潜り逃げ出す様には惨めな気持ちになってしまう。

 それが積もり魔王城を抜け出した頃には文句の言い合いに発展していた。

 

 そんなこんながあって現在へと至る。

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