「D」4ー1

 もう少し、緊張するかと思っていた。


 こんなにも頭が冷えているのは、世の中にはこんなに人がいたのかと思う程の観客を目の当たりにしたからかもしれない。闘技場の内と外では感じ方がまるで別世界だった。人の声が一度に出されたらこんなにも喧しくなるものなのか。

 こんな見世物の剣に熱狂するなんてバカバカしいし、品がないとすら思うが、それもこの国が平和な証拠ということだろう。


 とはいえ、出場する兵士の剣は選ばれた者だけあって本物だった。

 三回戦まで終始観察していたが、その腕前は見事と言わざるを得ない。私の数メートル先に立つ対戦相手のユーラス・セルマも相応の腕なのだろう。ブラウンの長めの髪に女と見間違うほどの端正な顔立ちはさぞ異性にモテそうだ。細身の身体だが、立ち方で相応の筋肉と体幹を有しているのがわかる。シリスの話だと最も有望な若手兵士なのだとか。


 私はユーラスから国王がいる天覧席へと目を向けた。

 そこには身を乗り出してこちらを見ているアイシア・クリュフの姿があった。これまでは椅子に座って眺めているだけだったのに、女兵士の出場に興味を持ったのだろうか。


「余所見とは余裕だな、女」


 高圧的な声に、私は目の前の男に視線を戻した。


「クムラ大佐は何をお考えなのか。皆目見当が付かない」


 そう思っているのは、ユーラスだけではなく観客も同じようだった。歓声の中には私への罵詈雑言に近い声も混ざっている。

 女が立つべき場所じゃない、言葉にされなくともこの場にいる全員の視線がそう言っているように思えた。


「ケイトス・ジリストリアの弟子だそうだな」


 弟子、なのだろうか。そんな自覚はなかったけど否定するのも面倒だった。


「……だったら?」


「あんな化石みたいな名前が今さら上がるなんてな、しかも相手は女。また去年みたいに盛り下がる試合になっちまう」


「彼は国の英雄だって聞いたけど」


「冗談だろ。あいつの中隊はいつもこそこそ隠れて相手の不意を突く卑怯者だ。死んだのも部下を残して逃げたからだって言われてるぜ」


「斥候部隊だったんでしょ。戦術を立てるには必要だと思うけど」


「女が戦術を語るなっ」


 ユーラスが剣を抜くと、歓声は一段と高まった。女の黄色い声の方が割合大目のような気がした。ユーラスは昂ぶった感情を収めるように息をつくと、アイシアの方を一瞥して笑みを浮かべた。


「姫がこちらを見ているな。僕が気になるらしい」


「……?」


「去年、勲章を頂いた際に何度か言葉を交わしたよ。毎年、パールスの試合を楽しみにしていると仰っていた。品のある美しいお方だ。身分の差さえなければ僕たちは一緒になったに違いない。いや彼女が女王になれば、きっと僕は騎士に指名されて、結ばれるかも」


 急に何を言い出すんだ、こいつは。

 私が絶句していたことが癇に障ったのか(もしかすると軽蔑の表情が出ていたのかもしれない)ユーラスは半身に構えてみせた。


 観客の興奮が最高潮に達し、私は思わず顔をしかめた。


「比べてお前は同じ女とは思えないな。実に醜い。汚れた血筋そのものだ」


 何も知らないとはいえ、汚れた血筋という発言には失笑でしかなかったが、醜いというのは同意だ。

 人が作られるのは環境に他ならない。私があの王女さまのように綺麗なものであるはずなかった。

 この身体で血に汚れていない場所がどこにあるというのか。


 私は剣を抜き、腰を落として構える。それを合図に試合開始の鐘が鳴り響いた。

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