「A」3ー1

 インペリアル・パールスの試合は滞りなく進められた。


 お父様の開催宣言から始まって、五回に渡る十人の兵士による一対一の試合。筋肉モリモリのゴツい男の人同士が剣を持っての攻防を繰り返す。

 やっぱり、全然面白くない。楽しくない、帰りたい。これならまだケイリ―の小言を聞いているほうがマシである。


 一回戦と二回戦はけっこうあっさりと勝負が決まったからこのまま早く終わらないかな、なんて希望的観測が出てきちゃったのがまずかった。三回戦は有名人同士の好カードだったらしく勝負はなかなか決まらず、イライラが募っていった。

 

 どちらかが攻める度に、満員の観客席から耳が引きちぎれんばかりの歓声が響いた。お願いだから血生臭いのだけはやめて、怪我はしないでと願いつつ、なかなかに進展のない試合に私はイラつきを超えて、眠くなってきてしまった。


「アイシア。背骨が丸くなってきていますよ」


 私の隣りで凜とした佇まいで座っていたお母様に注意された。お母様は試合から一切の目を離さないままだ。私は背筋を伸ばしながら小声で聞いた。


「お母様、これ面白い?」


「これだけの国民が楽しんでいるのです。私はそれが嬉しいわ」


 なんという王族の鏡か。尊敬しつつ、ドン引きしつつ。


「女にはこの興奮が伝わりにくいかもしれないな」


 聞いていたのか、お母様の隣りに座っていたお父様が呟いた。

 私はお父様の声を聞いて、体温が冷えていくのを感じた。しばらくお父様には愛想笑いをするのも努力が必要だった。私が何も応えないでいると、お母様が静かに言った。


「女といえば、次の試合が話題を誘っていますよ。ご存じでしたか?」


「女? 次はユーラス・セルマの試合だからではないのか。やつはまだ二十歳だがクムラに継ぐ剣の腕を持っているいう話だ。去年は相手が弱すぎてすぐに終わってしまったからな、今年は最も強い兵士をぶつけろとクムラには伝えておいた」


「話題になっているのは、その対戦相手の方です」


 お父様は訝しげな顔で後ろに控えていた兵士に目配りをする。兵士はすぐに対戦表をお父様に手渡した。

 「私にも頂戴」と隅っこにいたケイリーを見るも彼女は気付いてるくせに気付いていない素振りをしてみせた。なんだなんだ?


「どういうことだっ!」

 

 お父様の突然の大きな声に私は身体を飛び上がらせた。

 観客席よりも高い位置にあるここからでは観客は王さまの声には誰も気がつかなかったみたいだ。ちょうど三回戦の決着がついて歓声のピークだったこともある。

 お父様は対戦表の紙を握りつぶしながら

「四回戦目は中止だ。すぐに伝えろ」と言った。

 

 は? と頭に疑問符を浮かべたのは私だけではなかったはずだ。命令された兵士たちは一同に顔を見合わせている。


「何をしている、早く行けっ。すぐにクムラをここに呼んでこい!」


「何か問題があるのですか?」


 ぞっとするようなお母様の冷たい声が辺りを包んだ。この場でお母様(多分ケイリ―も)だけがお父様の狼狽に全く意を関してしなかった気がする。


「四回戦目は今日一番の対戦のようです。それを中止なんて国民が泣きますよ」


「インペリアル・パールスは女が出場するものではない」


「あら、私が何も知らないとでも?」


 お母様は終始、前を見ていてお父様のほうに一切眼を向けない。お父様は言葉に詰まってそれ以上何も言わなかった。

 そのとき、次期王さまである私の直感が頭にピンッと線を張った。席を立ってケイリーに詰め寄る。ケイリーはため息をつきながら、対戦表の紙を見せてくれた。

 

 四回戦は、ユーラス・セルマ×ダリア・ショーゼン。

 

 そのとき闘技場がこれでもかくらいの歓声に包まれた。

 私は王族席の端まで駆け寄って、身を乗り出しながら闘技場の中央に目を向ける。そこには長い黒髪を一つに束ね、兵士とは思えない華奢な身体で剣を持つ女の子が立っていた。


「…………見つけた」


 間違いない。私の身体に流れる全身の血が、そう教えてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る