「D」3ー2

 一言でスラム街といっても場所によって特色がある。


 私の住んでいた場所は治安が良いとはいえなかったけれど、スラム街の中でも比較的に住みやすいところだった。そこへさらに、独自の自警団が作られたことで女子供の住みやすさはスラム街で一二を争うほどとなった。

 その自警団を作ったのがケイトス・ジルストリアだ。

 

 年齢は四十前後。クムラの友人ならばもっと上かもしれない。長髪でどこか野生児のような無骨な外見だったが、一挙手一投足に品格を感じさせる男だった。

 ケイトスが何者でどこからやってきたのかは誰も知らないし聞かなかった。それはスラム街の暗黙の了解でもある。

 誰にだって背負うものがある。

 私が王家の血筋を引いていたように、彼にも逃れられない呪縛のようなものがあったのかもしれない。実際、斥候部隊を率いたあと、軍には戻らずスラム街にやってきたのだから、彼なりの葛藤があったのは明らかだった。

 

 思い出されるのは、稽古の一時。

 あれは初めて稽古をつけてもらってまだ日が浅かったときだ。晴天に少し雲がかかった夏の終わり頃だったと思う。一人でもよく鍛錬した森の中にある開けた平地で、私とケイトスは剣の試合をしていた。


 ケイトスの振りかぶった木刀による横一閃の斬撃が放たれる。私は剣の動線を確認しながら半歩退いて躱した。切り返された斬撃は初撃よりも早い。間に合わないと判断し、剣で一度受けてから力を受け流すように半身になって避けた。

 すかさず、私はケイトスの喉元へ向けて突きを放つがあっさりと下から上へ斬り上げられるように軌道を変えられた。

 次の手はなんだとケイトスの剣に注視していると、腹部へ強烈な打撃が奔った。蹴られたと頭でわかった瞬間には私の身体は後方へ飛んで、地面を転がっていた。痛みと吐き気に襲われながら、体勢を立て直したとき、私の首元にケイトスの切っ先が突きつけられた。


「相手の剣だけを見るなと教えたはずだぞ。ダリア」


 ケイトスが剣を引いたと同時に、私は地面に腰を落とした。


「突きは威力はあったが足りないものがあるな。なんだと思う?」


「間合いに踏み込む一歩の深さ」


 即答すると、ケイトスは笑みを浮かべた。


「わかってるならやれよ」


「簡単にできれば苦労はいらない」


 ケイトスのいう一歩は、口でいうよりも遥かに重い一歩だった。それはまぎれもなく人の命を奪う一歩だ、そして自分の命が奪われる一歩でもある。

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