「D」3ー1

 正式に入隊を許可されなかった私は、女子寮にも部屋を割り振られず、十日間の間は軍本部の地下にある個室で寝泊まりすることになった。

 個室といっても窓一つない石造りの殺風景の部屋で、一言でいえば独房だ。

 

 元々、隊律違反をした兵士の留置場として使われていた場らしい。いまでは警備施設が整った専用の建物があるとか。

 つまりはここは過去の産物だ、未来を憂わない私には相応しいと思った。

 独房そのものに鍵は掛けられなかったが、地下から出ることは許されなかった。スラムからきた無所属の女を自由にするほど、この国の秩序は乱れていないということか。


 私はようやく返してもらった剣を抜いてみる。

 十分なスペースを確保できないのでまともな鍛錬は出来なかったが、そのくらいで衰える鍛え方はしていない。十日間で用意するのは心構えだけだった。

 

 私は剣を鞘に収めたあと、冷たい地面に座って眼を閉じた。

 インペリアル・パールスで勝てば、王のいる謁見の間に行ける。

 剣で勝ったのだ、剣の携行が許されないはずがない。そこでアイシアを討ち、国王も殺す。余裕があれば王妃を落としたいところだが、さすがに秒数が足りないだろう。二人が限界だった。


 血縁上、姉妹にあたるアイシア・クリュフがどんな人間なのかを私はよく知らなかった。欲しいものは不自由なく与えられた温室育ちのバカなお嬢様か。ワガママで国民を見下す独裁気取りの悪女か。

 これまで自分がいなければと何度も思ったが、不幸だと思ったことはない。だから、身分や貧富の差はあっても同じ王の子であるアイシアに恨み辛みもなかった。何もないからこそ、命を奪うことに感慨は湧かない。


 そのはずなのに、心はどこか落ち着かなかった。

 この根源が一体どこにあるのかわからない。アイシアが私の存在を知っているかどうかは不明だが、知ったところでスラム出身の姉妹なんて嫌悪するに違いないだろう。


 あさってに行きかけた思考を、私はすぐに放棄した。

 人生の残りの時間は母への罪滅ぼしの時間でいい。それだけでいいんだ。

 言い聞かせるようにして再び集中力を上げていく。

 

 そこでふと頭の隅に蘇ったのは、ケイトスのことだった。

 ただ者ではないと思っていたが、まさか軍屈指の兵士だったとは。驚きはするも決して意外ではなかった。彼を知る者なら誰もが思うはずだ。


 たまには、思い出に浸るのも悪くないか。

 それは心構えを作るうえで必要な工程かもしれない。

 

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