「A」2ー1

 どこにもいねぇ。


 すっかり日が落ちてお月様が天高く上がったところで、私は自室でぐったりとしていた。

 使用人のなかに新しく雇われた人がひとりいたけれど庭師だった。しかも若い男だったからこいつではない。まさかカモフラージュで男だったのではなんて疑ったけれど、経歴に怪しいところはなかった。


 それにしても、これはどういうことか。


 私は目を閉じて熟考する。

 当初は探していればそれっぽい何人かがいて、どれだどれだぁってウキウキするのを想像していたのに、まったく手がかりがないというのは実につまらないものだった。

 まさか弄ばれたのか、と件の従者をまた問い詰めたけれど、嘘じゃないと泣きながら土下座されてしまった。彼らも名前や容姿は知らないらしく、もっと上の人たちならスラムまで迎えに行ったメンバーがいるとのこと。


 さすがに私でもそこまで探りは入れられない。お父様と戦うのは全然、むしろあの浮気男とやり合えるなら本望だったけれど、お母様の耳にはなるべく入れたくなかった。私が知ってるくらいだから、多分もう聞いてはいると思うけど、その素振りを全く見せないのが逆に見てられなかったのだ。


 いろんなことを勉強しているなかで、世の中知らなくていいことはたくさんあるものだと毎日思っていた。

 本当の人の幸せというのは案外、無知でいることなのかもしれない。それはそれで、寂しいものだと思うけれど。


「姫様、聞いていますか?」


 熟考から解き放たれて目を開けると、ケイリーが怖い顔でこちらを見つめていた。


「ううん、全然聞いてなかった」


「知っています。聞いていないから聞いているかと怒っているのです」


 私はこれでもかってくらいの可愛さでウインクして見せた。

 みんなこれでホワワーンってするのに、ケイリーには怒りの血管が浮き上がるだけだった。やー怖い。


「十日後にインペリアル・パールスが控えています。開会式で姫様からも兵士たちへ一言をいただきますので、これを正確に暗記しておいてください」


 全然一言じゃない文字で真っ黒になっている紙を差し出されて、私は呻いた。


「あれまたやるの?」


「毎年やっています」

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