「D」2ー3

「納得しかねます!」 


 このまま話は終わりかと思ったのに、ローカスが不満に満ちた声でいった。


「まず、女の兵士は我が軍にはいません。国家軍所属の女は炊事洗濯、装備の点検整備が主であり、兵士ではなく軍付きのメイドも同様。戦闘訓練も行っていますがあくまで防衛訓練です。この女はどう見てもその枠組みに収まるようなツラではありません」


「良い意味で、風穴があくかもしれんぞ」


「統率あっての軍隊です。一匹狼風情は必要ありません。大佐の口添えがあれば国王も入隊拒否をご納得されるのではないでしょうか」


 言われたい放題だな。

 だが、ローカスの発言は一理どころではなく真っ当な意見といえた。実際、軍での女の扱いは兵士の補助であって、戦場で唯一の役割といえば衛生兵くらいのものだろう。通信手すらやらせてもらえないのが実情である。

 力が劣る分、適材適所というやつなので文句はないが、こうも目の前で頭から決めつけられるのはやはり癇に障る。先ほどまでその女の威圧に圧倒されていたのはどこのどいつだ。

 クムラは軽い口調で聞いてきた。


「ダリア。先ほどの口ぶりから剣の腕に覚えがあるようだが、自己流か?」


「いえ、七年ほど剣術を教わった人がいました」


「スラムにものを教えるまともなやつがいるとはな」


 ローカスが呆れながら呟くと、クムラは笑っていった。


「良いことではないか。スラムでは自分の身は自分で守るのが当たり前の世界だ。ある意味でこの国でもっとも自立してる国民といえる」


 スラム民を国民と括るとは。

 スラムの人間が聞いたら笑い転げるに違いない。もっとも、これはクムラの個人的な意見であろうが。クムラは重ねて聞いてきた。


「師の名前はあるか」


「……本人から聞いたわけではありませんので、本名かどうか確証はありませんが」


 辿り着いて、また流れて去っていく。

 そんな生き方を繰り返す人が沢山のスラムで、名前はさして重要ではない。名乗る人もいれば(おそらくそれも本名ではない)その人の特徴などから自然と何かしらの名前が定着したりするのが普通だった。


 必然と周りから『先生』と呼ばれてた彼は、誰もと同じように流れてやってきた。

 彼は子どもから大人まで、女にも老人にも戦う力を、守る力を教えてくれた。私もその一人だった。彼がいなければ、若い女の私など身体を売ることくらいしか生きる道はなかったと思う。


 恥じることなくいえば、私は特別扱いされていた。個人的に指導してくれた数は誰よりも多かった。私自身、彼を特別だと思っていたというのは否定しきれない。


 彼の名を私が知ったのは偶然だった。

 稽古の最中、自前の服の襟元に刺繍が入っているのを見たのだ。けれど、私は一度も彼のその名を口にしたことはなかった。先生、とも呼んだことはなかったと思う。

 

 思えば私は、生き方と戦い方を教わった人の名前を、心の中でしか呼んだことがなかったことに、いまさらながら気がついた。


 ーーケイトス・ジルストリア。


 私が初めて声に出した名前を聞いて、クムラとローカスは地獄の鬼を目にしたような顔つきになった。それがどんな意味を持っていたのか、私が判断するには、全てにおいて無知だった。


「ケイトス……生きていたのか」


 クムラは思わず漏れてしまったというように静かに呟いた。本人は呟いたことすら気付いていないようにすら見えた。

 動揺を隠せない様子で、ローカスは下がった眼鏡をあげた。


「あり得ません。ジルストリアの戦死は確認されています」


「だが、遺体は誰も見ていないだろう」


「返ってきたのは片腕だけです。あの戦地でそれだけの大怪我をして生きているとはとても」


 二人の話を聞いて、私は思わず口にしていた。


「……それは、右腕ですか?」


 二人の両目がこちらへ向けられた。

 

 ケイトスはスラム街にやってきたときから肘から下の右腕がなかった。けれど、片腕だけでもケイトスに勝てる男は誰もいなかった。

 私の言わんとすることがわかったのだろう。二人と私の中のケイトス・ジルストリアは一致していた。

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