「D」2ー2
低音の我慢出来なかったというクムラの笑い声が響いて、緊張が走っていた部屋の空気が和んだ気がした。
「面白いな、君は」
褒められているのか微妙な意味合いだ。私は礼ではなく「恐縮です」とだけ呟いた。
「ダリア・ショーゼン。入隊は許可しよう。励むといい」
「大佐っ!」
ローカスの制止に、クムラは肩をすくめてみせる。
「国王推薦とあれば拒否するわけにはいかないだろう」
「それは、そうですが……」
「国王推薦の兵士など王国始まって以来だと思うが、君は国王のなんなのだろうな」
クムラの不敵な笑みは侮れないものだった。全てを見透かされているように見える。だが、格式を重んじる王族が隠し子の事実を口にするとは思えない。クムラが何かを知っていたとしても、あくまで噂レベルのものだろう。こちらとしても、目的を考えればその方がやりやすい。
「ご想像にお任せします。ただ、無下にはしないほうがいいかと」
「面白いな」
ククッとクムラは愉快そうに笑った。ローカスの血管が浮き出るくらい険しい顔との対比が見事である。笑うことに満足を覚えたようだ、クムラが言った。
「一応、建前を聞いておこうか。軍への志願理由はなんだ」
私は「それは」と言ってから考える。
志願理由か。
当初、私は分家のパーマー夫妻への養子として迎え入れられる予定だった。
分家とはいえ王族の一。そこでは当然身だしなみから話し方、テーブルマナーに至るまで重箱の隅をつつくような教育が施されるのは想像に難しくなかった。無法のスラム街で生きてきた私には寒気を覚える習慣だ。
あの国王が私を引き取るのは、スラムに自分の血筋がいることへの懸念だけだろう。私を引き取ることに対して情などはなかったはず。分家に入れば早々に政略結婚の道具として扱われるのがオチだった。
私がここまでやってきたのはいわばクーデターだ。
その方法としてアイシア・クリュフの命を道連れすることを第一としている。王族の一人になったほうが目的達成の合理的方法になるのかもしれないが、私の王族生活の挫折が一日も持たない確信があった。
国王の虚栄心を利用しつつ、自分らしく生きられる場といえば国家軍に入ることくらいだったのだ。
当然、ストヘルムはいい顔をしなかったが、隠し子だとバレることへの懸念もあったのだろう。クリュフ姓を名乗らないことで不承不承ながら了承をした。ショーゼンは母の姓だ。クリュフの名など嫌悪感しかなかった。
目的達成まで女がてら何年かかるかわからない道程だったが、別に構わなかった。他に生きる目的もない。いまの私には、途方もない時間だけが残っているだけだったから。
無論、こんなことを話すわけにはいかないので、私はもっともらしい理由で応えた。
「自分らしく生きたいと思いました。スラムで母と死別してから特にすることもなかったので、実力でどこまで上り詰められるかを試してみようかと」
「容姿だけでも、人並み以上の幸せは得られたと思うがな」
「……恐縮です」
「これは褒めたつもりだよ」
何度か交わした会話で、私はクムラが苦手な部類の人間だと気が付いた。
クムラの笑みは顔や声は笑っているのだが、どこか相手に圧迫感を与えてくるのだ。まるで笑いながら剣の切っ先を向けられているようで、単純にいえば話しているだけで警戒心を伴わせるので疲れるのである。この男だけは、スラムでも通じる本物の兵士と呼ばざるを得ないだろう。
疑われている、だろうか。
王族を守るのは軍の最上級使命だ。私の目的が悟られればただでは済まない。私が王の娘であっても彼らにとって守る側にはならないはず。立ち回りには慎重にならざるを得なかった。
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