「D」1ー3

 どうにか殺しきる算段を思考するのをやめて、私は状況の整理、修正にかかった。

 スラムでの殺し合いはまず生き残ることが先決される。死ねば何もかもが終わりだからだ。

 

 修正。

 

 何年もやってきたこの生き方はここでは必要ない。刺し違えるつもりでやれば一秒くらい、埋められる確率は上がるだろう。


 距離のある一秒だ。

 かなりの賭けになるがそれも一興だった。母が死んで孤独となった私に未練などあるはずがない。私に出来ることは、死ぬまで愛した男の死体を母の隣りに並べてやることくらいだろう。


 身体中の神経を集中させる。狙うは突きの心臓、国王の命のみ。

 だが、どうしてか。孤独という言葉が、私の脳内に反芻して動かしかけた身体が弛緩させていた。


「……わかった。行くよ」


 私が一言、口にするとストヘルムの声が笑ったように聞こえた。


「良い決断だ。君は今日からダリア・クリュフと名乗れ」


 ストヘルムはそう告げると、有無を聞かずに踵を返していった。


 仕度をしろ、と続けて従者に言われ、私は部屋に一人残される。

 ほとんど無意識の発言に私は苦笑した。これが心に開いた穴を埋める寂しさから漏れたものならどれだけ可愛かったものか。

 私は一度俯いていた顔を上げて、また母の顔を見つめた。

 

 きっと、私たちは家族じゃなかったんだと思う。

 私はこの人のことを何も知らなかったし、きっとこの人も私のことを知らなかった。けれど、それでもよかったんだ。私の好意は決して偽物ではなかったから。

 好意なんて、一方的であるのが常だから。


 母とあの男のように。

 私と、母のように。

 

 そんな私はようやく、母の気持ちを少しだけ理解した。

 孤独は辛くて、寂しくて、悲しくて、怖い。

 一番近くにいた私はそんな母の心を癒やすことが出来なかったから、せめて罪滅ぼしをしなければならない。

 国王には、母の元へ行ってもらう。だが、ただの死では生温かった。母を幸せにしなかった代償は、これでもかという奈落の底に突き落として払ってもらうことにしよう。

 

 そして最後には私も逝けばいい。

 あの男を連れて行けば、最初で最後くらい、手を握ってくれるかもしれないから。


 国王には、アイシア・クリュフという一人娘がいる。

 キルギオン始まって以来の女王として、次期国王権を持っている女だ。彼女の死は、国王はもちろん国民すべての絶望につながるに違いない。国を背負う人間にこれほどの苦しみはないはずだった。

 腹違いの妹か、姉か。どちらでも構わなかった。その命さえ頂ければ何も関係がない。


 私は立ち上がり、母の亡骸に背を向けた。


 全てはここに置いていく。

 必要なのは、あいつらの首を飛ばす剣だけだった。

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