十四話 芹崎さんとミーシャ
あの後、芹崎さんがミーシャに変わるところを見た俺と蓮は、居ても立っても居られなくなって思わずCATSの扉を開けていた。
扉から現れた俺たちを見たミーシャはいつになく酷く怯えていて、マスターは何かを悟ったように静かだった。
「——まさか、こんなにも早くに見られてしまうとはな」
マスターの第一声はそれだった。
「説明してくださいマスター。どうして芹崎さんがミーシャになったんですか」
俺は蓮が呆然としているのを後目にマスターに問いかける。
正直に言って、意味が分からなかった。
まず芹崎さんとミーシャの関係性がよく分かっていない。
それに、人間がいきなり猫に変身する?ありえないだろう。
ただ、そのありえないことが今俺の目の前で起こった。
一見すると平然を装えているのかもしれないが、内心ものすごく混乱していた。
だって、人間が猫に変身したんだぞ?
……うん、何回考え直しても意味が分からない。
「どうして芹崎有香猫がミーシャになったのか。それは至って単純な理由だよ。同一の存在だからさ」
「同一の存在……?」
俺は思わずオウム返しにしてしまう。
「このことは伏せて置くべきことだった。知ってしまったら、いずれ必ず知ったことを後悔してしまうから」
「でも、俺たちは知ってしまったんです。お願いしますマスター。芹崎さんとミーシャについて、知っていることを話してください」
神妙な面持ちをしているマスターに、俺は言う。
蓮は、あまりに突拍子もない出来事に放心しているようだった。
今はそっとしておいた方がいいだろう。
俺が今すべきことは、マスターからすべてを聞き出すことだ。
「……祐也君、店の扉にかけてある表札を裏返してきてくれるかな? 幸い今はお客さんもいない。話すよ、芹崎有香猫とミーシャについて」
「……はい」
俺は異常に脈を打つ胸を手で抑えながら店を出る。
マスターの顔は、これまでにないほど真剣な顔だった。
◆
「さて、じゃあ何から話していこうか」
カウンター席に俺と、正気を取り戻してきた蓮。
そしてカウンターには、マスターがいた。
ミーシャは精神が不安定になってしまったので、二階で待機して貰っている。
「……さっきも言ったように、芹崎有香猫とミーシャは同一の存在だ。そしてミーシャこそが本来の姿であり、芹崎有香猫のあの人間の姿は、言わば『仮の姿』ということになる」
「そんなこと、ありえるんですか? 猫がいきなり人間になんて」
「ありえるからこういう状況が起きているんだよ。私も最初は驚いた。夜中に物音がすると思って目覚めたら、ミーシャがいきなり人間の姿をしていたのだからね」
「そんな……」
「なぁ祐也、そろそろ受け入れた方がいい。ミーシャは芹崎さんなんだよ」
「…………」
蓮にそう言われ、俺は口を
というか、なぜ蓮はさっきまで放心状態だったのに今はこんな吸収が早いんだよ。
「……続けようか。実は、私は猫が人間になったのを見たのは、これが初めてじゃないんだ」
「えっ……!?」
俺と蓮は、マスターの言うことに思わず目を剥いてしまう。
「私は過去に一度だけ、ミーシャと同じ猫から人間に姿を変えた猫を飼っていた。その猫も、ミーシャと同じく銀色の毛をしていたよ」
「……ってことは」
銀色の猫なんて、滅多に見たことがない。
灰色の猫はペットショップにでも行けば見ることができるが、太陽の光を反射するほど銀色をしている猫は、俺の知っている限りミーシャだけだ。
「そう、ミーシャの家系の猫だ。あの猫がミーシャの母に当たるのか祖母に当たるのかは分からないが、とにかく私は20代のときに銀色のメスの猫を飼っていた」
「そうだったんですか……」
初耳だった。
まさかマスターが、ミーシャと同じような現象を起こす猫を飼っていたとは。
「その猫もあの浜辺で見つけてね。祐也君がミーシャを見つけたときは、その猫を思い出したよ」
だからマスターは、あんな色んな感情が入り混じった顔をしていたのか。
「……一つ質問です。ミーシャが人間の姿に変わるのに、何か規則性はありますか?」
マスターの柔らかくなった表情を見ていると、隣で蓮が問いかけた。
「ミーシャは、時間によって姿を変えている。夜中の二時頃に姿を猫から人間へと変え、夕方の五時頃に姿を人間から猫へと変える」
「なるほど……」
「そうなれば、いろいろ辻褄が合うな」
芹崎さんが異常に早く帰る理由も、猫へ姿を変える時間が差し迫っていたからだろう。
確かに昨日は七時限授業でだったから、今日よりも時間に余裕がないはずだ。
今日は六時限授業だったから、芹崎さんは俺と話をしてくれたのだろう。
芹崎さんが事前に俺たちの名前を知っていたのだって、芹崎さんがミーシャとして俺たちと接していたからだ。
「ってことは、本当に芹崎さんはミーシャで、ミーシャは芹崎さんなのか……」
「にわかには信じがたい話かもしれないが、どうか受け入れてほしい」
そう言って、マスターは俺たちに深々と頭を下げた。
マスターがそこまでしなくとも、俺の中で答えは決まっていた。
まだ信じきれていない部分はもちろんある。
聞きたいのだって山々だ。
「祐也」
さすが、蓮は俺の答えを聞かずとも分かっているようだ。
俺の名前を呼ぶ蓮の声は活き活きとしている。
俺が蓮の声に頷くと、二階からミーシャが首輪の鈴を鳴らしながら降りてきた。
ミーシャが何を思って降りてきたのかは分からないが、俺は笑顔で席を立ち、まだ怯えているミーシャをそっと抱き上げる。
そしてミーシャに目を向けて言った。
「信じるよ、俺は。ミーシャも芹崎さんも」
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