十三話 芹崎さんの秘密

「おい、理由ぐらい説明してくれ。なんで芹崎さんをつけようと思ったんだよ」


電柱の影に俺と蓮。

その向こうでは、手に鞄を下げている芹崎さんの姿がある。


『おい祐也、芹崎さんの後をつけるぞ』


中庭で蓮にそう言われたあと、俺は有無を言わされずにここまで連れてこられた。


なぜこんなことになった……?


疑問で頭がいっぱいだった俺は、尾行を止めることよりも先に理由を聞いていた。


俺が問いかけると、前にいた蓮は俺の方に振り返ってはにかむ。


「友達から聞いたんだよ。芹崎さんが放課後、家に帰らずCATSに行ったって」

「……はっ? CATS?」


俺は蓮の話す言葉に違和感を覚えた。


「うちのクラスの一人が、たまたま帰り際に芹崎さんとばったり会ったらしくて、途中から雑談しながら帰ったんだってよ。で、別れたあとに芹崎さんのことを視線で追っていたら、芹崎さんがCATSの中に入っていったって——」

「ちょっと待ってくれよ。それって昨日の話だろ? 俺らだって昨日の放課後CATSに行った。でも、そこに芹崎さんはいなかったはずだ」


蓮の話が終わる前に、気づけば言葉が俺の口をついていた。


すぐにCATSを出ていったという線も考えられるが、CATSをすぐに出るほどの用事を俺は思いつかなかった。

CATSに行く大体の人は食事をしたり、ドリンクを飲んだりするだろう。

ただ、それは俺たちが来るまでに済ませられることでもない。


挨拶回りだとしても、それは引っ越してきたときに済ませてあるはずだ。

それに、挨拶回りがそんな短時間で終わるとも思えなかった。


「だからおかしいんだよ。昨日の芹崎さんの普通じゃない帰るスピードといい、CATSの件といい、明らかに芹崎さんは何か秘密を抱えている」


芹崎さんが見えなくなると、俺たちはまた芹崎さんが見える位置にある電柱に身を潜める。


「でも、それは俺らにとって関係のない話だろ? わざわざ尾行してまで知ることじゃない。それに、それは芹崎さんが周りに知られたくないから秘密にしてることなんだろうし……」


俺が言葉を並べていると、前で蓮はため息をついた。


「お前は本当に頭が固いよな。知りたくないのか? 『芹崎さんの秘密』」

「うっ……それは——」

「知りたいだろ? だったら黙って俺についてこいっ!」


俺が答える前に電柱の影から抜け出す蓮。


「あっ、おい! ちょっと待てよ!」


あいつ、どこまで自分勝手なんだよ……!


俺は不満を抱きつつも、芹崎さんの秘密を暴くのか蓮を止めるのかは分からないが、とりあえず蓮の後を追うのだった。



         ◆



「結局ここまで来てしまった……」


心の中で蓮を止めるかどうか葛藤しているうちに、CATS前までたどり着いてしまった。

……いや、少し語弊があるか。

俺は今までの内に蓮を止められなかったところで、もうすでに俺の中には蓮を止める選択肢はなかったのだ。


我ながら、意志の弱さは一級品だと言える。


「よし、芹崎さんは今日も問題なくCATSに入っていったな」

「昨日の話だけだったら今日は来なかった可能性だってあったはずなのに、蓮よく知ってたな」


芹崎さんは、昨日たまたまCATSに行っただけかもしれない。

今日までCATSに来る保証なんてどこにもなかったはずだ。

にも関わらず蓮が芹崎さんの後をつけていたということは、なにかそれを裏付ける理由でもあるのだろうか?


「あ? 別にそんなことないけど」

「……はっ? じゃあ、芹崎さんがCATSに行くことを知らずにつけてたのか?」

「そうだけど、なんかあったか?」


蓮のすっとぼけた顔を目の当たりにして、俺は思わずため息をついてしまった。


「善は急げだろ? 俺は何かがあったらとりあえず行動に移すタイプなんだ」

「お前それ意味分かって使ってるのかよ……前者はとにかく、後者については知らなかったな。かなり長く一緒にいたつもりだったけど」


俺の知っている蓮は、その行動にメリット・デメリットを見つけて、効率よく動くタイプだったはずだ。

闇雲に行動する奴じゃない。


「そうか? 俺は元々こういう奴だったけどな。それよりも、そこの窓から覗いてみよう。何か分かるかもしれない」


そう言って、蓮はCATSの敷地内に足を踏み入れる。

俺も、ため息をつきながら蓮の後を追った。


このため息は、蓮を止めることが出来なかった自分の情けなさと、もし本当に芹崎さんの秘密を知ってしまったらどうしようという不安から出たため息だった。


もっとちゃんと説得していれば蓮を止めることが出来たかもしれないのに。

芹崎さんの秘密を知ってしまったら、俺はどうなるのだろう。

知ったことが芹崎さんにバレてしまったら、俺と芹崎さんの関係はどうなってしまうのだろうか。

それ以前に、あんな口論まがいなことをしてしまったあとで、俺はまともに芹崎さんの顔を直視することが出来るのだろうか。


様々な思考が、俺の頭の中で入り乱れる。


その時——


「——なっ!?」


蓮の驚いたような声が耳朶を叩き、俺は目線を上げる。

するとそこには、拍子抜けしたような顔をした蓮の姿があった。


「どうした?」


問いかけるが、蓮からの返答はない。

俺は訝しみながらも、蓮に近づいていく。


「おい、どうしたって聞いてr……」


言いながら蓮の視線を追うと、俺は思わず言葉を紡ぐことをやめてしまった。


それは何故か。


CATSの中にいた芹崎さんの身体から光球が漏れ出し、気づいた頃には俺たちの見知った猫へと姿を変えてしまったからだった……。


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