第44話 ニコライの話~初代聖女と王家の伝承~

 ニコライはルードヴィヒをバラが咲く王宮の庭園に連れていった。足が悪くて思うように歩けないルードヴィヒは、番兵に敬意も容赦もなく引きずられた。


「くっくっくっ、いいざまだな」


 壊れた人形のように乱暴に席に座らせられたルードヴィヒを見てニコライは楽しそうに笑う。

 ルードヴィヒの前にカップが置かれる。しかし、茶が注がれることはなく。カップは空のままだ。


「毒を飲まされるとでも思ったか? ははは、もうすぐ死ぬ貴様にはその価値もない。無駄を省いたわけだ。貴様ひとり消すのに、毒をつかうなどもったいないからな!」


 ルードヴィヒはどこ吹く風で、こたえていない様子だ。ニコライは大国の王子の屈辱にゆがむ顔が見たかったのに、彼は気品を失わず、泰然としている。

 

 もうすぐ死ぬというのに、なぜルードヴィヒはこれほど落ち着いているのか。ニコライには理解できなかった。彼は死が恐ろしくて恐ろしくてたまらない。それゆえリアの到着を待ち望んでいる。


 その涼しげな顔を眺めているとはらわたが煮えくり返る。呪いで今日中に死ななければ、拷問にかけてやろうと思った。このクラクフの王子を楽には死なせる気はない。


「なぜ、自分がそのような体になったのか分かるか?」


 ルードヴィヒは無言だ。美しい金髪に整った顔。サファイヤのような青い瞳。ほんの少し前までニコライも同じものを持っていた。だから余計に綺麗な顔をした彼が憎々しい。

 報告ではリアは彼にかなり可愛がられていたらしい。


「貴様ら、クラクフ王家は罪を犯したんだ。だから、代々呪われている。何の罪を犯したのかしっているか?」


 すると今まで無表情だったルードヴィヒの表情が微かに動く。


「それを知っているというのか? 興味深い」


 やっと言葉を発した。ニコライはルードヴィヒのこの反応に満足する。


「貴様ら、クラクフの王族は腐っているからな。大方焚書でもして、自国にとって都合の悪い歴史を闇に葬ったのだろう」

「驚いたな。確かにその通りだ」


 今度は逆にルードヴィヒの素直な反応が気に入らない。非を潔く認める人間は自信家で尊大だ。

 敵に捕まり、明日をもしれぬ身なのにこの男はなぜこれほど余裕があるのだろう。得体のしれない何かを前にしているようで落ちつかない。


「昔、アリエデとクラクフは一つの国だったのだ」

「ほう。初めて聞く話だ」


 ルードヴィヒが感心したように相槌をうつ。


「馬鹿にしているのか?」

 

 一瞬でカッとなる。


「いや、ぜひとも拝聴させてもらおう」


 ニコライはルードヴィヒの瞳に強い好奇心の色を見て落ち着きを取り戻す。馬鹿にしているのではなく、本当に興味を持っているようだ。

 年の頃はニコライとそう変わらないのに、ルードヴィヒはどこまでも落ち着きを失わない。肝が据わっているのか、己の立場がわかっていないのか。


 ニコライはそれが強い意志と忍耐、経験の差から来るとは気づきもしない。呪いに侵された彼はどうしてもひ弱に見えてしまう。

 ルードヴィヒの穏やかな表情からは、いくつもの戦火をくぐり抜けてきたしたたかさはうかがえない。


「貴様のその態度はどうかと思うが、今日は気分がいい。まあ、良い。教えてやろう。代々王家のみに伝わる門外不出の伝承だ」


 ニコライはもったいぶった様子で語り始めた。

 絶対に漏らしてはいけないと、父に言われていたのに……。




~ニコライの話 アリエデ王家の伝承~



昔、クラクフの地にも聖女がいた。そして国王の元には三人の王子がいた。


三人のうち長兄と次兄は次期国王の座を巡って骨肉の争いをした。それを父王も推奨する。なぜなら、強いものが国を治めるべきだと思っていたからだ。


しかし、残る末の弟は争いごとを嫌い、どうすれば国が平和になるのか考え続けた。そして、神殿へ行き、毎日国の平和を祈る。


ところが神殿へ通ううちに、いつしか第三王子はそこの聖女と愛し合うようになっていた。


すると、ある日第三王子は天啓を受けた。


「聖女を娶り、アリエデへ行け。その地をおさめる王となれ」


アリエデはクラクフの東の果ての地。北には黒い精霊が住まうアラニグロ地区がある。そこからは強力な魔物が入り込んできて、安全な場所とは言えなかった。

躊躇する王子に聖女が囁く。


「大丈夫です。私達には精霊の加護があります。きっと幸せに暮らせるでしょう」



第三王子は聖女の言葉に押されるように、彼女と契りをかわし手を取り合って、アリエデへ向かった。

しかし、それを聞いた二人の兄王子達は怒り狂った。弟が「天啓」などと寝ぼけたことをぬかし、アリエデの広い土地を奪い勝手に建国しようとしている。許されないことだ。


戦わない者にやる国土はない。今まで争っていた二人は結託し、弟を討つために軍を率いてアリエデへ向かった。


とうとう途中の森で、弟と聖女を発見した。

兄王子たちは矢を射て、森に火を放つ。逃げるとき弟王子は矢を足にうけ、火に焼かれ、ひどいやけどを負ってしまった。


戦力を持たない第三王子と聖女は命からがら逃げ伸び、精霊の力を借りて森を抜けアリエデについた。

しかし、兄達が彼らを追ってくるのも時間の問題。




そこで聖女はアリエデの地で、精霊達に祈りを捧げた。


どうか自分たちを救って欲しい。

この地に二度と戦が起こらぬように守って欲しい。

アリエデが誰にも攻め込まれることなく、踏み荒らされることのないようにと涙を流しながら切に祈りを捧げ続けた。


すると願いが聞き届けられ、アリエデの天空が淡い光で覆われた。

やがて淡い光は国全体を覆うようにゆっくりと降りてきて結界が完成した。

精霊達は彼らをこの地をおさめる者と認め、聖女の願いを聞き届けたのだ。


しかし、足に矢をうけ火に肌を焼かれた聖女の夫、第三王子の命は危険にさらされていた。


「どうか夫を助けてください」


すると、どこからともなく、男とも女ともつかぬ声が響く。


――なかったことには出来ない。だが、何かと引き換えならば。


聖女は一も二もなく王子とともにその申し出に飛びついた。

王子のやけども矢の傷も消え、彼の命は助かった。


――これは………契約。


アリエデはこの日、永遠の繁栄を約束された。


 

 ここでニコライの長い話は一端終わる。ルードヴィヒは聞き上手でいつの間にか洗いざらい話をしていた。




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