第36話 聖女追放後 ~罰~2
やはりリアは護国聖女だったのだ。それを思うと体が震えた。
(罰がくだされた。この国は取り返しのつかないことをしたのだ)
レオンは確信する。
ニコライは護国聖女を罪人として追放した。彼はその報いを受けている。フリューゲルは、リアの追放劇に加担し、プリシラの聖女判定で不正を行ったのだろう。だから、精霊から罰を受けている。この二人が組んで、リアを追い出したのだ。
護国聖女の背負っていた穢れが今二人にふりかかっている。
だいたいプリシラが聖女とは思えない。彼女は実の妹を庇うどころか公の場でひどく罵倒し、挙句の果てに追放先を西の惑いの森を決めるなどありえない。護国聖女にしては行いが下品すぎる。
一方、リアの手柄を横取りしたと思われるジュスタンはそれほど変わりがないように見える。血色もよく赤い髪も燃えるように鮮やかだ。ただその瞳はギラギラと光を放ち、活力があると言うよりも狂気を秘めている様にも見えた。
(裏切り者のジュスタンとともに黒の森へと向かえとでもいうのだろうか? いや、この聖騎士はいったん黒の森へ向かったのではなかったか? なぜここにいる?)
レオンは警戒した。礼をして控えていると、ニコライが重々しく口を開く。
「レオン、ここにいるジュスタンとともに、リアを探し出し連れ戻して欲しい」
「はい?」
レオンはニコライの言葉に呆気にとられた。リアを連れ戻せることは願ってもないことだが、彼らは
やはり精霊の怒りを買ったのだ。リアを連れ戻せば、許されるとでも考えているのだろう。自分たちの罪がそれほど軽いものだと思っているのか?
しかし、彼らのことだ。リアをすぐさま黒の森へ送るつもりなのかもしれない。追い出した彼女を連れ戻し、再び森を鎮めさせる気なのだ。そこまで考えてレオンの顔は引きつった。身勝手が過ぎる。
「レオン、陛下の御前で不敬であるぞ!」
いつまでも沈黙するレオンにジュスタンの叱責がとんだ。レオンは我に返り、居丈高なジュスタンを睨みつける。しばし、ジュスタンとにらみ合いになり、場は緊迫した。
「まあ、良い。そのようなことより、神官レオン、リアを探し出し、無事連れ戻したならば褒美を取らせよう」
ニコライが言う。
しかし、今のレオンには褒美などより大切なことがある。
「罪人として裁かれたリアは、護国聖女としてこの国に戻って来られるということですか?」
黒の森が鎮まり、用が済めば、リアはまた同じように罪人として不当に裁かれるのだろうか? そんなことがあってはならない。
「レオン! 無礼であるぞ。口を慎め」
これまでのやりとりを苦々しく見ていたフリューゲルがついに声を荒げた。しかしこれにも国王ニコライが「構わぬ」といって鷹揚に首をふる。
「神官レオンよ。もとより、リアの刑は赦免している。出て行くことを選んだのは彼女だ。
彼女を見つけたならば、特別にこの国で優遇すると伝えてくれ、神殿でも高い地位を与えよう。それから生涯にわたる手厚い保護を約束しよう」
この手のひら返しは何なのだろう。自分たちが報いを受けたからだろうか? それにしても相変わらず彼女に対する謝罪の念はない。レオンは謁見の間で行われた断罪劇以来、毎日のように罪悪感に苦しめられていた。
「幸い、リアが生きていると思われる証拠もあるし、彼女がいる地域はある程度絞られている」
それは初めて聞く話であるし、朗報だ。
「証拠とは何です? 聖女リアはどこにいるのですか?」
レオンがことさら聖女に力をいれて問うと、フリューゲルがイライラとした様子で口を開く。
「西の隣国、クラクフ王国のマルキエ領を中心に、効き目が異様に高いポーションが出回り始めた」
そう聞いた瞬間リアが無事に惑いの森を西へ抜けたとわかりほっとした。それと同時に人の好い彼女はクラクフの神殿に利用されているのではなかろうかと心配になる。それとも自分から率先して民を助けているのだろうか?
レオンもアリエデの人間なので、隣国に対してあまりいい印象は持っていない。
「神官レオン、聖騎士ジュスタンとともに、惑いの森へ向かってもらえないだろうか? もちろん護衛に小隊をつける」
「惑いの森ですか?」
行き先が惑いの森とは驚いた。てっきり迂回して国境を越え迎えに行くのかと思っていた。
「忌々しい事にクラクフ王国では我が国の民が行く場所を制限している。マルキエ領には入れないのだ」
「つまり、密入国しろとおっしゃるのですか?」
そのうえ、兵士を連れてとは穏やかではない。
「レオン、いい加減にしないか。これは王命だ。聖騎士ジュスタンとともに向かえ!」
フリューゲルが怒鳴りつける。
(惑いの森、リアを探しに入った兵士が行方知れずになったという噂がある。そんな場所へジュスタンと行くとは……。功名心が強く、保身に長けたジュスタンはこの命令に納得しているのか?)
しかし、ジュスタンの不遜な表情からは感情が読めない。レオンは
「御意。しかし、一つ質問をお許しください」
「レオン、貴様いい加減にしないか!」
フリューゲルはレオンのふてぶてしい態度に腹を立てた。レオンは神殿でも上位神官に対して以前にもまして生意気な態度をとるようになっている。
しかし、今度もニコライがフリューゲルを制した。
「なんだ。いってみるがよい」
辛抱強くレオンに応じる。
なぜなら、ニコライにとって、レオンはリアを呼び戻すための切り札だからだ。リアはおそらくこの国でレオンだけを信頼している。
そのうえ惑いの森は一度入ると抜けられないと言われているが、過去に聖女や神官数人が通り抜け、無事隣国へ抜けた記録がある。もちろんこれは公にはなっていない。
恐らく信心深い者のみが通行可能なのだろう。ならば、レオンが先導すれば聖騎士ジュスタンを含めた小隊は抜けられるはず。クラクフ王国はリアを保護しているのに、アリエデに対してそれを秘匿している。力ずくで連れ帰るしかない。レオンはリア奪還に欠かせない人物なのだ。
何としてもリアを連れ戻さなさければならない。精霊の怒りをとき、一刻も早くリアに己の体の不調を治させるのだ。ニコライは縋るような思いを無表情の裏に隠していた。
リアを連れ戻せるものはレオンしかいない。聖騎士ジュスタンはレオンの見張りだ。とっくにジュスタンの本性は知れている。保身のためには己の妻すらあっさりと売る男。だが、この聖騎士は出世と褒美をちらつかせれば決して裏切らない。
レオンがひたりとニコライに視線を据え、口を開いた。
「陛下、では遠慮なく。ジュスタン殿と私どちらが偉いのでしょう? 主導権が私にあるのならば良いのですが」
ぬけぬけと言うレオンにジュスタンは怒りで青ざめ、フリューゲルは卒倒しそうになった。
ニコライは内心歯噛みする思いだった。
しかし、リアを連れ戻せるのも惑いの森をぬけられるのも、恐らく彼しかいない。
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