第35話 聖女追放後 ~罰~1

 レオンはリアがいなくなった神殿で、市井の声を聞き、一日の御勤めがすむと文書館に行き、古い文献を当たった。


 アリエデ王国は精霊の祝福のもとに建国された。この国の王族や貴族は特に精霊に愛されている。アリエデの子供ならば誰でも知っている伝承は、まるでおとぎ話のようだ。だが、調べれば、調べるほどこの国の起源はあいまいで、神殿と王侯貴族にとって都合がよい。


 神殿は精霊を祀り神官はそれに仕えるものとあるが、聖女の立場については非常に曖昧だ。もともと神官とは精霊に仕えるのではなくて聖女に仕えるものだったのではとレオンは考えている。

 精霊の力を借りる治癒魔法ヒールが使えるのは聖女たちだけだ。聖女こそが精霊に愛された存在なのではないか。


 もっと上のレベルの権限があれば、機密文書も見ることが出来るのだが、まだレオンはそこまで偉くなっていない。




 リアが追放された一件以来、国王ニコライにも不信感しかないし、神殿への信頼の揺らぎは深刻なものだった。

 思い返してみれば、黒の森へ援軍を送るように頼んだ時も妙に腰が重かった。あの時からすでにこの国はおかしかったのだ。聖女断罪をこの目で見る前は、何一つ疑ったことはなかった教義。しかし、上層の腐敗を目の当たりにした今では、この国のやることは間違っていると強く感じる。


 「レオン、フリューゲル神官長がお呼びだ」


 文書館で調べ物をしていると副神官長のアンドレアが呼びに来た。最近、上位の神官たちに監視されているような気がする。


 呼ばれたのは黒の森の件だろう。リアを追放した翌日に結界にほころびが生じたと聞いている。きっとまた、黒の森へ派遣されるのだろう。神官長フリューゲルの不興を買っている自信はある。

 フリューゲルは自分にたてつく人間をつぶしていく。だから、リアを追放から救うために動いたレオンが邪魔なのだろう。リアのいない戦いはきっと過酷なものになる。生きて帰れないかもしれない。




 しかし、話は意外なことに職場の異動だった。レオンは南方にある神殿に行かされることになった。王都からはなれているが、地位は小さな神殿の副神官長だ。中央からは離れたが、出世である。


 権限も増えるし、前ならば喜んで小躍りしていただろう。しかし、今は釈然としない。レオンの実家であるマクバーニ侯爵家を恐れ出世させるも、邪魔なので王都から遠方へ追いやる。そんな風に勘ぐってしまう。



 実家のマクバーニ侯爵家は広大な土地と多くの領民を持つ名門貴族だ。宮廷貴族と違い、中央でだらだらと政を行うほど暇ではない。黒の森以来、くずれた経済を支えるため、一族は領地に籠り、領民に尽くしている。


 ニコライが婚約者をすげかえたうえ、ニコライ派の貴族やフリューゲルが、マクバーニ家やそれに連なる前国王派に伺いすら立てずに勝手に聖女リアを追放してからというもの、マクバーニ家の当主は王家と神殿に不信感を持ち、レオンにも実家に戻るように言ってくる。

 しかし、いま戻るわけにはいかなかった。


 神殿ではレオンを中心に若手の神官が集まり、貧しい人達を支援したり、教義の不審な点について議論したりしている。

 またリアを慕う信者たちは聖女の追放に強い不満を抱いていた。リアほどの癒し手はいないし、聖女たちは皆貴族の娘なので、庶民に触れるのを嫌がる者も多い。


 熱心な信者であった王都の人々がカルトリ大神殿から離れていく。このままでは国教であるウィルムス教の信者は貴族しかいなくなってしまう。それを神殿の上層部は分かっていない。


 レオンは自分自身が教義に疑義を持ちながらも市井の人々の話を聞いたり、宥めたりしていた。なぜなら、彼は宗教が、貧しい生活の中での救いになると信じているからだ。そのためにはフリューゲルとその一派を排し、神殿を立て直さなければならない。

 いま、実家に帰ったりすれば、それらをすべて途中で放り出す形になってしまう。


 リアは惑いの森に追放されようと絶対に生きている。精霊の加護が強い彼女が死ぬわけがない。だから、リアがいつでも帰って来られるように、この国に彼女の居場所を作っておきたいとも考えていた。


 レオンは、自国しか知らない。精霊の加護を強く受けるアリエデ王国こそが一番素晴らしい国だと幼いころから教えられている。外を知らない彼はそれを信じていた。

 

 だから、リアが他国で幸せに暮らしているなど思いもよらない。

 

 無事隣国に着いたとして、人の好いリアの事だ。誰かに騙されていないだろうかと心配していた。







 レオンが異動を言い渡された南方の神殿は国境付近にあり、他国との唯一の窓口にもなっている。もしかしたら、生き延びたリアの消息がつかめるかもしれない。そんな期待を抱いた。


 しかし、赴任して二月ふたつきもしないうちに、彼は王都に呼び出された。


(いまさら、黒の森への召集か。出世などさせずに、さっさと召集すればいいものを。相変わらず王宮は無駄なことをさせる)


 そんな怒りを抱き王都へ戻る。


 久しぶりに王宮へ向かう。控えの間で待っていると国王ニコライ、神官長フリューゲル、聖騎士ジュスタンが国王執務室で待っていると告げられた。

 彼らはリアを断罪したメンバーだ。嫌な予感しかしない。


 プリシラはしばらく前に戦場に送られたと噂に聞いている。それでもなお事態に進展がないようだ。やはり彼女は偽聖女だったのだろう。

 

 それはカルトリ大神殿の神官の間でも密やかにささやかれていたことだ。プリシラは治癒魔法がほとんど使えない。彼女はそれを神官の教え方が悪いせいだと言っていたらしいが、リアは習わずとも無自覚に周りの者をいやしていた。


 執務室には、宰相のセルゲイやニコライ派の主だった貴族たちはいなかった。人払いがされている。

 しかし、一歩室内に入ったレオンは、そんな事よりも彼らの様子に愕然とした。

 一瞬彼らが誰だか分からなかった。


 あの血色の良かったフリューゲルの顔色がすっかり黄ばみ、体も痩せ衰え老けたようだ。顔半分を隠すようにフードを目深にかぶり、杖を突いている。死病にでもかかっているのだろうか?

 そしてニコライは、あの美しかった金髪が老人のように真っ白になっていた。


(この短い間に、いったい何があったのだ?)


 レオンは彼らを前に戦慄した。



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