第32話 病の正体
のんびりと観光した後、たくさんの土産を抱えてマルキエ領に帰る。公爵夫妻の居城についたのは、王都をでてから十日後だった。
夫妻はリアがこの国の籍を得て、アルマータを名乗ることが許されたことを知って大喜びしてくれた。
三日ほど城に滞在してから、ヴァーデンの森の屋敷へ行こうとした日、ルードヴィヒが突然倒れた。彼はここのところずっと体調がよさそうだったのでリアは不安になった。
それまで、ルードヴィヒは具合が悪そうなそぶりさえ見せなかったのに、気付いたときには高熱をだしていた。
リアが
やはり聖女としての力が弱まっているのだろう。ルードヴィヒは不自由な左足もいたむようで、リアは必死に看病した。
そして、二日後、どうにか話せるまでに回復し、彼は重湯を口にできるようになった。
「具合はいかがですか」
リアが心配そうにのぞき込む。顔色はまだよくないが、苦しそうではない。
「大丈夫だよ。心配かけたね」
幾ら癒しても何度も再発する熱、消えない足の痛み。熱がでると痛みは全身に及ぶようだ。
良くなったように見えても病気はぶり返し、治る気配をみせない。王都へいってそれから旅行できたのはたまたま調子が良かっただけのようだ。
「私の治癒魔法では完全に治せないみたいです。この国の医術では治らないのですか?」
寿命とは思えないのに癒したい人を癒せないのは初めての経験だった。それが、これほど辛いものとは思わなかった。
心細そうなリアの問いにルードヴィヒは静かな笑みを浮かべる。
「治らないよ。これは王家に代々伝わる病だ」
「代々伝わる病?」
初めて聞く話にリアは不安を覚えた。
「そう。だが実際には病ではなく、呪いなんだよ」
「呪い……。そんな」
『呪い』という言葉はリアも知っている。しかし、呪いにかかった人を見るのはリアも初めてだ。
「そう、治療できない。私は衰弱し、やがて命を落とすだろう」
「そんな……」
リアの気持ちが激しく揺さぶられる。この国で多くのものを与えてくれたルードヴィヒの為に何も出来ない。大切な人を癒せない。
「大丈夫。今すぐというわけではないよ。私は元が頑健だから、結構長生きする自信がある」
何でもないことのようにいって微笑む。しかし、その笑みは儚くて、いまにも消えてしまいそう。
「私、何とか方法を探します。ルードヴィヒ様の呪いを解く方法を」
アリエデには『呪い』というものはない。神殿では精霊の加護の無いものが『呪い』を受けるとならった。だから、アリエデの民は呪いにかからないと。
「この呪いはかなり古くからあって、昔から解呪も試みられたが、残念ながらできなかった。
五十年に一度王家のうち誰かが呪われる。たいてい王子で、時には国王のこともある。今回はそれがたまたま私だったと言うだけで、別に特別なことではない。
それに私は今まで、充実した人生を送ってきた。もう十分だよ」
まるでもうすぐ死ぬ人のような言い方だ。リアは呆然として彼の言葉をきく。
「この国は、建国時もその後も、多くの人々が血を流している。今でこそ平和だが、王家は血で血を洗う歴史を持つ。きっとそのつけを払っているんだ。これは背負わなければならない王家の罪。だが、リアのお陰で随分楽になった。君にヒールをかけてもらうと不思議と痛みが取れる。私は恵まれている」
ルードヴィヒが穏やかに言葉を紡ぐとリアが激しく首を振る。
「そんな、そんなのおかしいです。理不尽です。どうして、ルードヴィヒ様が呪われなければならないのですか? おかしいです!」
「そうかな。それを言うのなら、今までの君の人生の方がずっと理不尽だ」
「え、私の人生?」
なぜ、急に自分の話が出てくるのかリアには分からない。
「君は聖女として重荷を背負って生きてきた。骨身を削って尽くした結果が追放だ。それなのに、今でもアリエデが心配なんだろう。北の結界が破れたのは自分のせいなのかもしれないと思い悩んでいるんだろう?
私からすれば、その方がずっと理不尽だ。君には何の罪も落ち度もない。もうアリエデの聖女ではないのだから、忘れるんだ。故国に囚われることなくこの国の民として生きろ」
ルードヴィヒの真剣な目がひたりとリアに据えられる。しかし、彼の言葉はリアの心に届かない。
なぜなら、リアの頭は彼の呪いを解くことでいっぱいだからだ。
「ルードヴィヒ様、アリエデには呪いがないのです」
「え?」
リアが思いつめた調子で言う。
「精霊の加護を受けている者は呪いがかからないと言われています。だから、私と一緒にアリエデにいきましょう。そうすれば、精霊の加護が受けられるかもしれない。ルードヴィヒ様の呪いが解けるかもしれない」
ルードヴィヒがリアの言葉にぎょっとする。
「何を馬鹿なことを言っているんだ。リア、どうしてしまったんだ。大丈夫だ。私は直ぐに死んだりしない」
しかし、リアは彼の言葉にゆるゆると首をふる。
「おかしいです。なぜ、呪われたのが、ルードヴィヒ様なのですか?」
言葉は堂々巡り。どうしても納得がいかない。なぜ彼だったのだろう。彼がいっていることは理解できるのに、感情がそれを拒否する。リアは辛くて胸がつぶれそうだった。
(いなくなってしまう。この人がいなくなってしまう)
その思いでいっぱいで、失う怖さに震える。リアにとってルードヴィヒは初めて心を開いた大切な人だった。
ルードヴィヒがそっとリアの手を握る。いつもは温かいリアの手が、氷のように冷たくなり震えている。彼女の手をあたためるように包みこむ。
「大丈夫だよ、リア。私は簡単に死んだりしない。君が幸せになるのをきちんと見届ける」
リアの瞳にゆっくりと光が戻って来る。今度は彼の言葉が彼女の心に届いた。
「絶対に、絶対に死なないでください!」
リアは生まれて初めてわがままを言った。
「長生きするように善処する」
ルードヴィヒにかかっている呪いは非常に強く、もともと丈夫ではない弟のリゲルがかかっていたら、とっくに命をおとしていただろう。強い精神を持ち、元が頑健なルードヴィヒだから生きながらえている。
呪いは王家の中で心身ともに最も優秀な者にかかるといわれていた。
体のあまり丈夫ではないリゲルは別として、兄オスカーか、ルードヴィヒ、二人のうちどちらかにかかると予想され、それぞれ覚悟はしていた。ルードヴィヒにかかったその時、オスカーが王太子となったのだ。
呪いにかかった王族は任を解かれ、命を落とすまでの短い間、自由を与えられる。もちろん今まで通り国政に携わることも可能だし、それなりに裁量権も持つ。本人の望むようにさせてもらえるのだ。
しかし、ルードヴィヒは権力の座にいることを選ばなかった。そしてリアを見つけた日から、彼女を守り静かに暮らしていくと決めていた。
出会ったとき、リアはひどい身なりをしていた。それほど大柄ではなく、華奢で肩などは細く、すぐに女性と知れる。
あの時は、魔物に襲われ己の命もここまでと覚悟を決めていた。
それなのに、彼女は自分より体の大きいルードヴィヒを守ろうとした。そして実際守り切った。凶暴化した魔物を前にしても引かない。そんな女性は初めてみた。自分の不甲斐ない体に忸怩たるものはあるが、リアを賞賛する気持ちの方がずっと強い。
その後、食事にと倒したガルムを引きずってきた彼女の行動には度肝を抜かれた。野生で育った粗暴な娘なのかと思ったが、心根が優しく、所作に品がある。そして不思議な技を使う。
話し方からして、没落した貴族の令嬢だろうかと思った。どんな経緯で魔物退治などするようになったのだろうと、ちぐはぐな彼女が気になって仕方がなかった。数多の戦場を経験しているが、リアのような娘は見たことがない。
何も言わずに逝くわけにいかない。彼女はきっと自分を責めるだろう。
命がもうすぐ尽きようとしている。そのことを悟って、呪われていることを告げた。リアに心づもりをしていてもらおうと……。
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