第31話 出会い
「リア、待たせたね」
夢中になって本を読み、分からないことをコリアンヌに聞いているとルードヴィヒとフランツが図書館まで迎えに来た。
「コリアンヌのお陰で、とても有意義な時間を過ごすことが出来ました」
リアが嬉しそうに報告する。
「真面目だね。勉強していたの? 少しは遊べばいいのに」
「遊ぶだなんてそんな」
ルードヴィヒは呆れたようにいうが、貴族の身分を貰ったのだ。この国の為に自分に何が出来るか考えなければならない。
「リア、帰りは寄り道しよう」
ルードヴィヒの提案に驚いた。
「早く帰らないと、メルビル様とルイーズ様が心配しませんか?」
「大丈夫だよ。父上も母上も観光を勧めていたではないか」
確かに国王も王妃もそのように言っていた……。
ルードヴィヒはこれから観光しようとしている。リアは生まれてこのかた観光などしたことなかった。本当に遊んでいいのだろうか? 助けを求めるようにコリアンヌに視線を送る。
「リア様、机上の勉強よりも実践です、身を以てこの国を体験してみてはいかがでしょう。それにロレアヌ地方には温泉も海もありますし、今から向かえばカーニバルにも間に合います」
コリアンヌの目がキラキラと光る。すっかり行く気になっていて、どうやら行先はロレアヌ地方という所に決まっているらしい。
そう言えば来るときにも観光しようというようなことをルードヴィヒが言っていた。
「リア、市井の生活をみることも大切だ。それにここのところ領地にこもりきりだったから、私も行きたいんだ」
「温泉、いいですねえ。疲れも取れるし、体の痛みにも効きます」
フランツまで賛同している。確かにルードヴィヒは時折足が痛むようだし、歩くのに杖が必要だ。彼の体にいいのなら、もう頷くしか選択肢がない。
子供の頃から神殿に預けられていたリアは遊ぶことを知らない。そういえば、この国は使用人達もしっかりと休みを取る。
きっと、彼らはリアを気遣って誘ってくれているのだろう。その思いが嬉しかった。
「私もこの国の民として、遊ばなくてはなりませんね」
真剣な面持ちで言うリアを見てルードヴィヒが笑いだした。見るとフランツもコリアンヌも笑いそうなのを堪えているようだ。
何かおかしなことを言ってしまったのだろうか?
「リア、遊ぶときは、まずは肩の力を抜くんだよ。義務でも悪い事でもないんだから」
♢
温泉地は海のそばにあった。リアは初めて見る海に感激した。遥かなる水平線、ぽっかりと浮かぶ船。王都ではないのに、街はとても賑やかでひらけている。
白を基調にした街並みと海と空の青いコントラストが、リアの心に得も言われぬ解放感を生む。
年間を通して、各国から観光や仕事で人が訪れ、古来から交通と流通の要所でもあるらしい。
リアは何よりも海の大きさに感動した。アリエデにいたら、一生みることもなかっただろう。
そして、初めてのカーニバル。故国にはこのように大きな祭りはない。外国から見物客も多いという。
こんなに人出が多く、華やかな祭りは初めて見た。リアの知っている祭りは精霊に祈りと感謝をささげる厳かで静かなものだ。
陽が翳り、ルードヴィヒと夜店や屋台をそぞろ歩いていると「リア様?」とガタイの良い男に突然声をかけられた。
「あなたは……ジョルジュ?」
リアは偶然の出会いに目を瞬いた。
「やっぱり、リア様だ。驚いたな! すっかり美しくなられて。あれ、でも、アリエデの聖女様がなんでクラクフにいるんです?」
ルードヴィヒが警戒し、フランツが前にでる。リアは慌てて止めた。
「待ってください! 大丈夫です。この方は戦場でたいへんお世話になった傭兵の方です」
「傭兵? なぜ、リア様が傭兵とお知り合いなのです」
事情を詳しく知らないフランツは警戒を解かない。ルードヴィヒまでリアを背に庇うように前にでている。彼らはリアの強さを知っているはずなのに、それでも反射的に庇おうとする。
コリアンヌが言うにはこの国には女性騎士や魔導士がいるにも拘わらず、騎士道だとか、紳士の心得だとか、そんな古い精神がまだのこっているという。合理的な考え方をする国なのにそのアンバランスさが奇妙だ。黒の森ではアリエデの騎士も兵士もリアの背中に隠れた。
「ジョルジュからは、魔物の捌き方とか、武器の扱い方とか、いろいろと教わったんです」
「はい?」
事情を知らないフランツがびっくりしている。
「なるほど、そうか。フランツ、下がれ。彼はリアの恩人らしい」
事情を知っているルードヴィヒは直ぐに理解してくれた。それをみたジョルジュは目をまるくしている。
「良かった。いまは、随分大切にされているんですね」
そう言って、ジョルジュは相好を崩した。いかつい彼の顔も笑うと愛嬌がある。
「この国の方は皆親切です。ジョルジュもこの国の方なのですか?」
「はい、俺は、普段はこの国の冒険者ギルドにいるんですよ」
積もる話もあるだろうから場所を変えようと、ルードヴィヒが提案してくれた。
護衛でついてきたフランツは渋い顔をしたが、ルードヴィヒが上手く説得してくれる。カーニバルとあって、今日はフランツの他にも隠れるように護衛が数人配置されていた。
「いいのですか? ルードヴィヒ様」
「楽しそうな話が聞けそうだ」
ルードヴィヒは言葉通り楽しそうだが、ジョルジュは「随分と身分が高そうな人だが、俺といて大丈夫なのか? 護衛も何人かついていますよね?」とそわそわしだす。
結局、リアとルードヴィヒはジョルジュの案内で穴場だという食堂に入った。
カーニバルの晩でも満席ではなく、座ることが出来た。店内は清潔で落ち着いた雰囲気だ。リアはそこで傭兵の懐かしい面々に再会した。
なかにはルードヴィヒを見た瞬間ひれ伏す者もいて「私人としてきているから」と彼らの口を塞いでいた。
第二王子は傭兵の間でも顔は広く知られているようだ。リアはルードヴィヒが少し前まで国の中枢で軍を指揮し、傭兵や冒険者たちに広く顔を知られているという事を知らない。
テーブルにつくと、軽くたべながらジョルジュと近況報告をし合ううちに自然とアリエデの話になった。
「なんでも、アリエデじゃあ、また黒の森から、魔物が溢れてきたって噂ですよ。ギルドにも傭兵の募集がでていました」
「え、黒の森から? もしかして結界が……」
リアはショックを受けた。結界は完璧にはったはずだ。それとも何か不手際があったのだろうか? 二度と魔物が現れないよう何度も確認したことを覚えている。それに確認作業はカレンも手伝ってくれていた。魔物は鎮まったはずなのに。
「リア、大丈夫だよ。君のせいではないし、もう関係のない事だ。アリエデにいる護国聖女がどうにかすべきことだよ」
すぐに察したルードヴィヒがリアを宥めるように微笑む。確かにそうだ。あの国には護国聖女がいる。結界を張ることは護国聖女の仕事だ。それに追放されたリアはもうあの国には戻れない。
「ひと稼ぎしに行こうかと思ってましたが、リア様がこの国にいるならやめておきましょう」
ジョルジュも何か察したようで、話題は直ぐにそこから離れた。それに彼はリアがなぜこの国にいるのかとしつこく訊いて来ることもなかった。
その後は、ジョルジュもいつの間にかルードヴィヒになれ、魔物の話で盛り上がり始めた。しかし、リアは、頭の片隅でアリエデが気になっていた。
(あれだけしっかり張ったはずの結界が破れるなんて……。きっとお姉様がいるから、大丈夫)
そのはずなのに、リアは嫌な胸騒ぎをおぼえる。
姉は人の関心を引くために、子供の頃からたびたび嘘を吐くことがあった。しかし、聖女判定をごまかすことなどできないはずだ。プリシラは神殿が認めた護国聖女。
だから、きっと大丈夫……
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