第30話 執務室で


 リアが図書館にいる頃、ルードヴィヒは、王太子オスカーの執務室に弟リゲルとともにいた。


「アリエデは何かいってきましたか?」

「ああ、普段は何を聞いてものらりくらりと返答が遅い国が、うちの聖女がそちらに行っていないかと問い合わせてきた。聖女を西の森に追放したのならば、この国か、隣のペラルタ国しか行先はないからな。まあ確率的にはこの国に来る方がたかいがな」


 ルードヴィヒの問いにオスカーが答える。


「なるほど。リアの作ったポーションは評判がいい。もしかしたら噂を聞きつけて聖女がかかわっていると思ったのかもしれない」


 リアが作るポーションは効能が高いにも関わず、アリエデから輸入するポーションより廉価だったので、すぐ評判になった。ただリア個人の作っているものなので、大量には出回ってはいない。


「ああ、随分評判がいいらしいね。それにしても追放した聖女を今更探し出そうとするなんて呆れた話だね」


 リゲルがいう。


「追放などした覚えはないそうだ。神殿から逃げ出したと言っている。見つけ次第引き渡して欲しいといってきた」

「よくもまあ臆面もなく」


 オスカーの言葉にルードヴィヒは呆れた。


 追放されたばかりのリアと森で出会った。彼女の姿は尋常ではなかった。どう考えてもあれは彼女の言うように牢屋からそのまま森に捨てられたとしか思えない。ずいぶんと辛い目に合っていたはずだ。


「本当にあきれた話だよ。国民には偽聖女リアを神殿から破門し追放したと発表しているのに。我が国の情報網をなめている」


 リゲルが腹を立てている。


「結界があるから、こちらが戦いを仕掛けられないと高をくくっているのだろう」

「それで、父上は、国王は、どうなさるつもりだ?」


 ルードヴィヒが一番気になるはリアの今後だ。


「知らぬ存ぜぬでしばらく通すとおおせだ。あの国にいままで散々使われた手だ。大丈夫だ、ルードヴィヒ。この国では聖女は丁重に扱う決まりがある。彼女を利用したり、ましてや引き渡したりなどしない。安心していい。

 数百年ぶりにこの国にやってきた聖女だ。大切にせねば。過去の愚を繰り返してはいけない。

 ルードヴィヒ、お前はこの国を守ってきた功労者だ。私たちは、お前の意思を尊重する」


「大袈裟な。過去の話ですよ」

 

 ルードヴィヒが苦笑する。


「先の戦では、兄上が、軍を率い自ら剣を振るいこの国の国境線を守ってくださったではないか」


 弟のリゲルが気色ばむ。



「リゲル。今ではその剣も、私の細腕には重い」


 確かにルードヴィヒは痩せてしまった。それが彼を儚げに見せる。リゲルが悲しそうな顔をし、兄のオスカーも肩を落とした。


「まさか、王家の病いにお前がかかるとはな……。私は、兄弟三人で支え合って国を治めたい。ルードヴィヒ、今でもその気持ちは変わらない。体調が良いようならば、いつでも王都に戻ってくれ」


 オスカーの言葉に首を振る。


「仕方のない事です。五十年ごとに誰かがかかる。それがたまたま私だった。それだけの事」


 ルードヴィヒが静かに言う。


「しかし、不思議なものだな。リア嬢が来た途端、王都まで来られるくらいに回復するとは」

「本当にリアは不思議な娘です。五日ごとに熱に浮かされていたのが、嘘のようだ。しかし、彼女はこれが普通の病だろうと思い込み、癒せないことを変に気に病んでいる」


 ルードヴィヒが困ったような顔をする。


「彼女にはまだ話していないのか。教えておいた方がいいのではないか? リア嬢はお前を信用し頼りにしている。伝えるのならば早い方がいい」


 オスカーが弟をきづかわしげにみる。


「折を見て」


 ルードヴィヒが短く答える。


「兄上なら、病など跳ね返して長生きできるような気がする」


 リゲルが縋るような目をルードヴィヒに向けた。ルードヴィヒは一年半前からこの王家特有の病にかかっている。


 それまでは国境付近の騎士や兵たちを束ねるこの国の軍の総帥であった。少し前まで北西に位置する隣国とは小競り合いが絶えなかったので、自ら剣を持ち、軍を率いて戦っていた。

 鍛えられた体が、今は見る影もなく痩せている。


「そこまで超人とは思えないが、お前とリアの為に善処しよう」


 ルードヴィヒが笑みを浮かべると、リゲルは頷いた。この弟は小さなころから二番目の兄にとてもなついている。



「リア嬢は、とても純朴で、生真面目そうな人ですね。この国もあのような美しい聖女が迎えられて幸せです。しかし、アリエデからきたあの聖女の人相書きが、少し引っ掛かります」


 リゲルが首を傾げる。アリエデから送られてきたリアの風体と今のリアの容姿に齟齬があるのだ。


『白っぽいグレーの髪にくすんだ肌。ブルーグレイの瞳』とあったが、今のリアは煌めく銀髪に、青紫色の瞳、透けるような白い肌を持っている。



「そうだな。初めて会った日というか、その次の日だが、肌はくすんでいなかった。だが、最初はリアもそのような色合いだった。それが、日に日に解き放たれるように美しくなっていった」


 もともと整った顔立ちをしていたが、日がたつごとに目に見えてリアは美しくなっていった。それは公爵夫妻をはじめとして城の者も屋敷の者も認めている。さなぎが瞬く間に蝶になるような不可思議な現象であった。


「なるほど、聖女は国の穢れを背負うという。追放されたおかげで背負うべき穢れがなくなったという事か。やはりリア嬢はアリエデの本物の護国聖女なのだな。それはそうとアリエデは最近おかしな動きをしているようだ。それにあの国を覆う結界が緩くなってきている。

 ルードヴィヒ、あちらが仕掛けてきたら、どうするつもりだ? 彼女を連れ帰るため何らかの手段に出るかもしれない。もちろん結界さえなければ、あの国をつぶすのはたやすい。だが、リア嬢がそれを望むとは思えない……」



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