第17話 聖女断罪の裏側で 2
その後、リアの追放をどうにか撤回できないものかとレオンは奔走した。
リアが戦場に行ってからというもの神殿で聖女が行う癒しの御業には、庶民の不満が溜まっていた。聖女は貴族の娘が多く、中には庶民に触れたがらない者もいる。そのうえリアのように強い
「あの白髪の聖女様ならば、このくらいの怪我一度で治してくれたのに」
「なぜ、あのお優しい聖女様を戦場に送った!」
恨みがましそうに言う信者も増えた。彼女は市井の信者たちから好かれ、神殿が思う以上に慕われていたのだ。
リア以外の聖女たちは皆庶民より有力な貴族を癒したがる。精霊の加護を信じ、誠心誠意勤めていたのは彼女だけだ。
しかし、要領の悪さや生真面目さ、人の好さが裏目に出て、リアには貴族の味方がいない。
神殿も寄付金の少ない市井の声は拾わない。しかし、数にすれば貴族より庶民の方が圧倒的に多い。全体的な布施の多さを考えれば、庶民からの支持は、のちのち神殿の財政に響いて来ただろう。
そのうえ、長引く魔物討伐で、国も神殿も信頼を失いつつある。貴族にも財政が傾いたものがおり、寄付金は減っている。神殿の資産はいまや右肩下がりだ。
それに加えて、二年ほど前から、回復薬の輸出にも陰りがみえる。アリエデ産のポーションの評判が下がり、国内外でも売れ行きが芳しくない。
リアが携わっていないからだろう。彼女の神聖力は強い。王侯貴族やフリューゲルがお気に入りのカレンの比ではないのだ。
レオンはそこを突破口に動いた。するとある日突然、リアを秘密裏に神殿に戻すように話がついた。それはあまりに呆気なく、何か裏があるのではと疑いたくなるほどに……。
思ったより早く追放が内々に取り消されたので、早速地下牢にむかう。王宮にどんな思惑があるかは知らないが、レオンはリアが喜ぶと思っていた。神殿の勤めは大変だが、彼女は庶民に慕われ、彼らを癒すことに喜びを感じていた。
その神殿の仕事に戻れるのだ。後は自分が出世して、リアを相応な地位に引き上げてやればいいと思っていた。
しかし、地下牢であったリアはかたくなに助けを拒絶し、刑に甘んじることを選んだ。
心が折れてしまったかのようにどんな言葉も届かない。
追放の日、せめて体を清めてやりたいと思ったが、罪人に湯浴みは不要と断られた。
リアの神聖力は本物だ。きっと彼女は惑いの森でも精霊の加護を受け生き延びるだろう。
そう信じて、金と食料を渡す。リアの場合、心配なのは人に騙されないかだ。
レオンは森へ去るリアを見送りながら、精霊の加護を祈った。これは絶対に間違っている。
彼女をこの国から追放するなど、大変な誤りだ。
♢
神官長フリューゲルは討伐前に神殿の者にも信者にも常々言っていた。
「護国聖女には闇を払う美しさと力がある。北の森は護国聖女の祈りにより、速やかに鎮められるだろう。それが真の護国聖女の御業、それが出来ぬのであれば、護国聖女にあらず」
レオンも最初の頃は神官長フリューゲルの言葉を信じていた。しかし、戦場に一年いてその考えは揺らぐ。護国聖女といえど、その器は人だ。
いま思うと戦場でのリアも十分超人的だった。
彼女は魔物の攻撃をかわしつつ、重症の傭兵を担いで走った。あれと同じことをプリシラとかいう新しい護国聖女が出来るのだろうか? はなはだ疑問だ。まだ彼女の聖女としての力を見たことがない。今後も力を示さないつもりだろうか?
そして、出世したいまレオンは文書館の立ち入りを許可された。さすがに機密文書はまだ見せてもらえないが、出来る限り、いろいろな記録をあさった。
しかし、「闇を払う美しさ」というフリューゲルの言葉を裏付けるような文献は見当たらない。
リアは顔立ちでいえば、整っているが、髪の色や肌の色がくすんでいる。決定的なのは瞳がにごっていること。人によっては不快感をもよおす。聖女の容姿にそぐわないと神殿でも貴族の間でも囁かれていた。
だが、生前大神官カラムもフリューゲルのように護国聖女が闇を払う美しさだと語っていたという。
レオンは精霊信仰に揺るぎないつもりだ。だが、神殿の教義に対して次第に疑いを持つようになってきていた。
どこかで誰かが捻じ曲げた? 恣意的に教義に手が加えられたのではないか……。
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