第16話 聖女断罪の裏側で 1
二年前、凶悪な魔物たちが北の黒の森で暴れだした。
レオンは神殿の出世を望み自ら討伐隊に志願した。
王都に届いていた噂とは違い。現地では、黒の森の瘴気も魔物も近隣の町や村の荒らされようも、ひどいものだった。
被害や敵の数に対して、兵士は圧倒的に足りないし、神殿は聖女をたった一人しか出さない。
後は傭兵ばかり。この国の兵士は騎士ほど優遇されてはいないが、特権階級であることに変わりはなく、そのため傭兵達ばかりが危険にさらされる。
もともと神官であるレオンの役目は戦う事ではなく戦況の報告だった。しかし、戦力の乏しさを考えると、武器を取らずにいられない状況だ。
切り込み役は傭兵ばかり、お陰でレオンも魔法で彼らを支援しなければならなくなった。兵士たちは、神官で貴族である自分にはへいこらするのに、傭兵に対しては態度が悪い。
リアはそんな傭兵達の世話をよくしていた。しかし、それが兵士の癇に障っているようだ。だが、前線を支えているのは傭兵、それも致し方ない。大けがを負うのは前線にいる傭兵なのだから。
兵士の方は逆に擦り傷程度のものまで聖女が手当てしてくれないと不平を零す。リアはどう見てもオーバーワークだ。野営の後の結界張まであり、聖女の仕事は多岐にわたる。なんどか見かねて不平を言う兵士達を注意するも、不満はリアへ向かっていった。
というのも、護国聖女がすぐさま魔物を鎮静し、結界を張るという神官長フリューゲルの話を兵士たちが信じていたからだ。
レオンも最初はそうだったが、しばらくするとそれはリアには無理な話だとわかった。
フリューゲルはこの先も、ほかの聖女を派遣してこないつもりなのだろうか? レオンは一抹の不安を覚えた。
一年後、レオンは黒の森から呼び戻された。
戦場から王宮に直行し、援軍と聖女の補充がなければ無理だと、王太子に惨状をありのまま告げる。
レオンは王太子に労われほっとしたのも束の間、一週間たっても神殿も王宮も動く気配はない。このままではまずい。討伐隊は疲労で総崩れになるかもしれない。
彼はすぐに実家のマクバーニ家へ行き、戦場での窮状を訴えた。幸い実家は侯爵家でそれなりの権力を持っている。
実家が騒ぎ立てたら、すぐに聖騎士団が派遣されることになった。カリスマ性があり、野心家でもあるジュスタンが黒の森へ向かうという。彼の実力が評判通りなら、魔物を鎮静化させられるはずだ。
しかし、神殿はというと、神官長フリューゲルがのらりくらりと躱し、いまだにリア以外の聖女を黒の森に送ろうとはしない。
この国でウェルムス神への信仰は深い。大神官カラム亡き後フリューゲルを動かせるのは病に伏している国王か王太子ぐらいだ。
その後、レオンは神殿で驚くような事実を知ることになる。護国聖女はリアではなく、実は彼女の姉のプリシラだったのだと。
一年間、戦場へ行っていたレオンはプリシラが何者かを知らない。
知らないうちにリアとの王太子の婚約は白紙に戻され、プリシラが新たに婚約者におさまっていた。
そんな馬鹿なとも思ったが、大神官カラムはリアとレオンが黒の森へ旅立ったすぐ後に身罷ったという。真偽の確かめようがない。いま神殿の最高責任者は神官長フリューゲル、よって彼のいう事は絶対なのだ。
プリシラの聖女判定を目撃した者達によると、水晶はリアの時と同じようにまばゆく輝いたという。そんな事がありえるのか? 引っ掛かりを覚えたが、神官である以上聖女判定に疑義は挟めない。
戦意を喪失するといけないから、リアには王太子との婚約が白紙に戻されたことを知らせるなとかん口令が敷かれていた。
それを聞いて、リアが憐れになる。王太子を思い、国を思い、いまも戦場で頑張っているのだ。しかし、その反面彼女の純朴な性格を考えると一癖も二癖もある王族や高位貴族の世界で上手く泳げるとは思えない。
戦況が好転し、勝ちが見えたとき、神殿はやっと聖女をひとり補充した。フリューゲルのお気に入りのカレンだ。きっと最終局面で彼女に褒美を取らせるのが目的だろう。
しかし、何にしてもこれでリアも少し楽になると、レオンは考えていた。
魔物が封じ込められ、戦いは終結した。当然リアも戻るかと思っていたが、なかなか戻らない。上に聞いてもリアは事後処理があるからという。
意味が分からない。兵士が町や村の再建を手伝うのならば分かるが、聖女が何の事後処理をするのだろう。彼女は長く戦場にいたのだ。労われるべきではないか? しかし、そんな疑問も日々の忙しい業務に忙殺された。
それから事態は急転することになる。
レオンは、ある日突然王宮に呼び出された。フリューゲルに王宮で何があったのかと尋ねても彼は口を閉ざしたままだ。
レオンは白い神官服の正装でフリューゲルとともに謁見の間に向かう。中に入ると聖騎士団、カレンに数人の聖女たち、王太子派の高位貴族や権力者たちが集まっていた。すぐに集まっている人間の偏りに気付いた。
国王が病に伏してからの王太子の振る舞いに眉をひそめている貴族は誰一人として呼ばれていない。やはり王太子の婚約者のすげ替えには納得できない者達もいた。当然、レオンの実家の者もみあたらない。嫌な予感がする。
レオンは戦場へ行ったことで、神殿内で出世はしたが、まだそれほどの権限はない。いま、何が起ころうとしているのか把握できる立場になかった。
そのうち王太子と婚約者のプリシラが入ってきた。場に緊張が漂う。レオンはこれから何が始まるのかと首を傾げた。戦場の功労者に褒美を与えるにしてはものものしい雰囲気だ。
それに祝賀会は聖女リアを差し置き、ジュスタンとカレンが凱旋したときにすんでいた。
間もなく謁見の間に衛兵たちに引きずられ、ボロボロで薄汚いローブを着た老婆がつれてこられた。
(なぜ、あのような下賤の者がこの場で見世物に? どういうつもりなのか? 酷い趣向だ)
レオンは訳が分からず眉をひそめる。しかし、次の瞬間気付いた。
(違う! あれはリアなのか?)
……それから、地獄のような醜悪な見世物が始まった。前もってシナリオが用意されていたのだろう。
リアはひどい状態で、髪もぼさぼさで伸び放題、顔もよく見えない。彼女はジュスタンやカレンに出し抜かれ、陥れられたのだ。
戦場では重症の傭兵を優先し、プライドの高い国の兵士を待たせたせいで恨みもかっている。それが、こんな形で……。
王太子、ジュスタン、カレン、フリューゲル、そしてプリシラ。彼らのリアに対する仕打ちに驚きと怒りを感じ、彼女を助けられない自分に気付きいら立った。
(王太子の言によると、どうやら私もリアの断罪に手を貸してしまったようだ。事実を告げ戦力の補充を求めた。それだけで、事足りると思っていた。あの時、リアを褒めそやせばよかったのか? そうすれば、彼女は断罪されずに済んだのか?)
一瞬リアがこちらに縋るような視線を送ってきたような気がした。たまらず目をそらす。
レオンは神殿に入りたての子供の頃から、おっとりとしていて要領の悪いリアの面倒を見ている気になっていた。
それなのにレオンは今彼女を助ける術を何一つ持たない。いつも一歩でおくれるリアによく説教していたのに……。己の不甲斐なさに腹立ち、哀れな彼女を直視できない。体に震えが走る。
いったい、何を間違えた?
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