第18話 断罪へのカウントダウン
聖女リアが戦場に旅立った翌日、大神官カラムがこの世を去った。
「ニコライ殿下、必ずやこの国の護国聖女とご成婚を」
最期をみとった神官たちが言うには、それがカラムのいまわのきわの言葉だという。
戦時ゆえ、つつましやかな葬儀がすんだあと、王太子はカラトリ神殿の水晶の間に案内された。するとそこには、神官、聖女が居並んでいた。
「これは何事か?」
ニコライが問えば、フリューゲルは
「今から、聖女判定を行います」
と厳かな面持ちで告げる。
「護国聖女はリアに決まっているのだろう? それ以降の聖女判定に私が立ち会う必要があるのか?」
忙しい身だ。たいして信心深くもない王太子はこれ以上神殿の行事に時間を割かれたくないと考えていた。
それでなくとも魔物の封じ込めが見事成功したら、あのやせぎすで、魅力のない娘を否応なく娶らねばならない。
大神官カラムは妻を愛せと言った。この国はいつまで神殿の主張する精霊との契約に縛られ続けるのかとうんざりする。
フリューゲルは大神官カラム亡きあと神殿の権威を示したいのだろうが、聖女判定のたびに呼び出されてたまったものではない。
「大ありでございます。プリシラ様、殿下の御前へ」
呼ばれて、現れたプリシラは、聖女リアの実の姉だ。今日も華やかな美しさを振りまいている。なぜこの娘ではなく、リアだったのか。王太子はそのことを残念に思い、いら立ちと諦めを感じていた。
聖女は闇を払う美しさと伝承にある。カラムが啓示を受けた時から、信心は浅いものの、まだ見ぬ聖女を心待ちにしていた。
しかし、現れたリアは、よくよくみれば、顔立ちは整っているが、肌はくすみ、髪は老婆と見紛う様な灰色。濁っているとしか思えない光の失せたブルーグレイの瞳。若い娘であるのはずなのに疲れ切ったような表情。リアを目にして、どれほど失望したことか。
だが、あの日聖女判定で、水晶が影を奪うほどまばゆく輝いた。聖女は彼女で決定だ。
リアが聖女だと認識した瞬間、立ち直るのに努力と少しの時間を要した。
正式な儀式にもかからず正装すらしていない、ボロボロのローブ姿の非常識な娘。
だが、何か深い事情があってのことかもしれない。本当は機知に富む、頭の良い女性かもしれないと己に言い聞かせた。しかし、その期待もむなしく、すぐに裏切られた。
いつも疲れていて、もっさりとして陰気で気の利かない娘。
誕生日に何が欲しいか聞いたら、一緒に出掛けたいといった。普段はこちらの顔色を見ておどおどしているくせに図々しい。
十日に一度会うのも神殿まで出向かねばならず面倒なのに、これ以上彼女に時間を奪われたくない。指輪やネックレスなら、人を買いにやらせれば済むのに……。
もとよりそんな約束を守る気はない。討伐に送り清々した。
王子がそんな仄暗い回想に浸っている間に、皆が注視する中、静々とプリシラが、水晶の前で進み出る。彼女は丁寧に祈りを捧げ、手をかざす。すると水晶は、まぶしく光り輝いた。闇を払う光そのものだ。
(リアではなく、彼女が本物の聖女なのか?)
水晶の間が騒然とした。
フリューゲルは、含み笑いを浮かべ、王太子の元へ近づいた。
「殿下、失礼を承知で言いますが、本当に聖女リアは次期王妃の資格があるのでしょうか? 私にはプリシラ殿の方が相応しいように思えます」
その後、すぐにプリシラの父・ウラジミール・フォーガサイス伯爵が接触してきた。
「リアは戦場にいってしまいました。そこで、命を落とすかもしれません。よって代わりにプリシラにお妃教育を施してはいかがでしょう?」
心が動くが、病床の父王にも聖女リアと婚姻するように厳命されている。弱っているとはいえ国王だ。
「まさか。護国聖女には精霊の加護がある。簡単に死んだりはしない。それにリアは後方支援であって、戦うわけではない。魔物がこれ以上湧かないように、結界を張るだけの簡単な仕事を済ませてじき帰って来る」
聖女の仕事は結界を張るだけのかんたんな仕事。これは事実ではないが、フリューゲルが広めた話だ。
フリューゲルにとって聖女が尊重され神官が蔑ろにされることがあってはならない。彼はリアを蔑ろにしつつ、内心では彼女の力に脅威を感じていた。あの娘は力を持ちすぎる前に早くつぶしてしまわなくてはならない存在。
「しかし、殿下、聖女リアは神殿で修行を行ってきましたが、まともな淑女教育を受けてはいません。ましてや社交などできません。機転が利くとはいえません」
ニコライの心はゆらりと傾いだ。フリューゲルのいう事ももっともだ。
そこへウラジミールに口添えする。
「そうです。もしもの場合のスペアとしてで構いません。どうかプリシラをお妃候補とお考え下さい」
ここぞとばかりに押してくる。
プリシラは国一番の美女というわけではないが、リアに比べたらその華やかさと美しさは雲泥の差だ。心変わりするのに時間はかからなかった。
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