第7話 追放
謁見の間で断罪され、崩れ落ちたリアを戦場で共に戦ったことのある聖騎士が引きずっていく。誰も彼も冷たい侮蔑の混じった目で彼女を見る。
(ともに戦ったのに。そう思っていたのは私だけ……)
すぐに城にある地下牢に放り込まれた。かび臭いパンと屑野菜が少し浮くスープの食事が日二回。自分は罪人なのだと思い知らされ、悲しくなる。
精一杯やった。だが期待にこたえられなかった。それが罪だという。どうすればよかった? 牢の壁に向かい虚ろに自問自答する。
(私が偽聖女……?)
どれほど糾弾されようと、不思議と自分が偽聖女だとは思えない。
だが、ショックで食事も喉を通らない。安らかな眠りが訪れることなく、ただただ呆然となる。人は本当に絶望すると意外に泣けないものだと初めて知った。
天井付近の明り取りの窓から、朝の陽が差す頃、レオンが面会にやってきた。
牢屋越しに呆れたような顔で、リアを見ている。
「おい、上と掛け合ってやったぞ。私も先の戦いに参加したことで出世したからな。多少は融通が利く」
だからどうだと言うのだろう? リアは彼の言葉にのろのろと顔を上げる。
「国外追放などされたら、神殿しか知らない世間知らずのお前は、生きてはいけない。だから、神殿の下働きとして雇ってやる」
レオンがいまひとつ反応の鈍いリアにぶっきらぼうにいう。
「え……」
「つまり、お前には選択肢が二つある。このまま国外追放になるか。神殿の下働きとして働くか選べ。まあ、選ぶまでもないがな」
そう言って鼻を鳴らす。
「国外追放で構いません」
リアの返事にレオンは驚きに目を見開く。彼女がこの話に乗ると信じていたのだ。誰だって国外追放など嫌なはず。国の為に戦ったのに、この故郷の地を二度と踏めなくなる。
「おい、何を馬鹿なことを言っているのだ? これは破格の申し出だぞ。考えようによってはお前が神殿で浮上できるチャンスだ。信頼を築き、神殿側にまた聖女判定をさせればいいではないか。護国聖女かどうかは知らないが、お前が聖女だということは間違いないのだから。それに何を期待して拗ねているかは知らんが、私以外お前を支援するものなど誰もいないぞ」
レオンは、リアにそばに寄るように合図をする。リアはのろのろと近づいた。その反応の薄さにレオンはいら立ちと不安を覚える。生きる希望を失ってしまったように見えた。彼女は壊れてしまったのだろうか?
小声でリアに事実を告げた。
「お前は国外追放という事になっているが、実質的には西の国境にある惑い森に捨てられる。むかし、護国聖女がそこに強い結界を張ったことは習ったろ? 森の中は強い瘴気が満ち溢れている。それが何を意味するか分かるか? 捨てられた瞬間魔獣の餌食だ。実質死刑だぞ」
(ああ、私はそこまで嫌われてしまったのか……)
王太子への淡い恋心がゆっくりと死んでいく。
「構いません」
はっきりとしたリアの口調にレオンは次第に焦りを感じてきた。この取引、絶対にリアは喜ぶと思っていたからだ。神殿では寝食を共にし、戦場では一緒に戦った。今思えば、口下手ではあるが黙々と祈り働くリアは一番信頼できる。
「下働きとはいっても神殿はそうお前をむげには扱わない。治癒力を持った聖女が足りないのだ。それなりに大事にしてもらえるよう取り計らう」
それでもリアは首をふる。レオンはしばらくリアをなだめすかしたが、彼女は国外追放でよいとの一点張りで、その日は諦めた。
その後も彼はリアの元に通い説得を続けたが、彼女が頷くことはなかった。まるで抜け殻になってしまったように、すべてのことに反応が薄い。今の彼女はやつれ、十代とは思えないほど老け込んでいた。あれほど素直な性質だったのに、もう何を言っても彼女の心に響かない。
「この国の民は二年にわたる戦争で重税に喘いだ。王族に貴族、神殿はその責をすべてお前に背負わせ、見せしめとして追放しようとしている。唯々諾々として従うのか?」
そんなことを言われても、リアにはもう戦う気力などないし、この国の為に生きるのはこりごりだった。
聖女と言ってもてはやしたり、戦いが終われば聖女ではないと断罪し切り捨てたり……。
数週間後、リアは粗末な馬車に乗せられていた。いよいよ国外追放だ。馬車はレオンの言う通り西にある惑いの森を目指して走る。そしてレオンはその日もリアについてきた。
「本当に、お前は馬鹿だな。神殿に助けを求めれば、今からでも置いてもらえるかもしれないぞ? なんなら、私も口添えしてやる」
しつこく言うレオンをぼうっと眺めた。レオンは後輩で一つ年下でしっかり者。いつも態度がおおきくて口が悪くて……それなのに彼だけが面会にきてくれた。リアを助けてくれようとしているのだ。それだけは分かる。しかし、今の彼女は王宮や神殿のいう事は全く信じられない。
どれほど尽くしても必要がなければ、捨てられる。
やがて結界の張ってある森の入口に着いた。結界はこの国に対して内側に張ってあるものなので、森に入ってしまえば、その効力はない。森の中には魔物がうじゃうじゃいるはずだ。
別れの時がやってきた。
「餞別だ」
そう言ってレオンは干した肉と野菜に果物、それに小ぶりのメイスをくれた。
「この森の深さは分からないが、とにかく西へ抜けろ。お前ならば精霊の加護があるから、脱出できるかもしれない。だからその時のために」
そして、路銀だと言って、金貨と銀貨を数枚手渡された。
彼のこの親切はきっと罪悪感からだろう。
レオンは精一杯戦って傷病人を癒しているリアを見ているはずだ。分かっている。レオンはリアのことを役立たずなどと報告していないと……。どこかで曲解されたのだろう。
例外はあるが、一般に神官は魔法は使えても神聖力の無いものがなる。レオンもその一人だ。だから神聖力を大量に放ったときの搾り取られるような激しい虚脱感、疲弊はわからない。はたから見ると目だった活躍のないリアが、歯がゆかったのだろう。
リアは牢獄で虚ろではあったが、ほんの少し考えを巡らせる時間はあった。地下牢に入れられて初めて休んだ気がする。
レオンの報告によって援軍は来たが、リアの立場は最悪なものになってしまった。役立たずの聖女。味方や理解者がたくさんいればこんなことにはならなかったかもしれない。
あの戦場で、皆信頼し合って、背中を預け戦っていたと思う。それなのに戦いが終わってみれば、栄誉を勝ち取りたい功名心でいっぱいで……。
戦いが起こると巡り巡って民の生活を圧迫する。彼らに重税が課せられるからだ。
そういえば、聖騎士団がきてから、戦場の食事が驚くほど、豪華になった。専用のコックまでついてきて、ジュスタンはそれを「良い食事と健康が戦いを支える」と言っていたが、今思うとカモ肉だのシャンパンなど贅沢をし過ぎだ。
そして彼らは自分たち専用に風呂を持ち込み、使用人まで連れてきた。今思うとおかしい。
聖騎士団と兵士が酒盛りをする間、リアはそんなこと気にする余裕もないほど働いていたのだ。その後はぐったりと疲弊し、彼らの過度な贅沢を見過ごしてしまった。
聖女は戦いが長引いた責任を一身に背負わされた。先の戦いで国は貧しくなった。民の不満、貴族たちの不平を鎮めるために誰かスケープゴートが必要だったのだ。それがリアだった。ただそれだけの事。最初からもっと兵力があれば、聖女があと数人いればと思うところは多々あるが、それももう済んだこと。
「さようなら」
リアは一言だけ、レオンに告げ森へ一人向かう。
レオンから漏れ聞いた話によると。ジュスタンは先の戦いで叙勲のうえ爵位を貰った。彼は伯爵家の三男、爵位を継げなかったから、喉から手が出るほど爵位が欲しかったそうだ。
そしてカレンはジュスタンと三か月後に結婚する。いつの間にか二人はそう言う関係になっていたのだ。
今。国ではプリシラとカレンが救国の聖女ともてはやされているらしい。結局誰かが貧乏くじを引くようにできている。それがリアだっただけ。思えば、ずっとそんな人生だった。
たった一つの喜びは、
リアは静かに森へ去って行く。
森の入口へカサリと足を踏み入れた瞬間、後ろから誰かに名を呼ばれような気がした。
………が、この国からいなくなる……
……けいやく……ふりこう……
空耳だろうか、そんな囁きが聞こえてきたような気がした。
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