第6話 聖女断罪

 北の森の障りが消えて一ケ月、リアは知ることになる。魔物討伐は確かに大変だったが、戦いが終わった後の方がもっと大変なのだと……。


 人々は今まであった生活をある日突然魔物たちに奪われた。それを取り戻すことは並大抵ではない。貧しい村人を支援し、戦ってくれた傭兵をねぎらっているうちに、二ケ月が過ぎた。


 そこへ、神殿から戻るようにと通達がきた。やっと帰れる。リアはほっとした。


 迎えには護衛の兵士と馬車がやってきた。気のせいかこの地へやってきたときよりも馬車が小さくみすぼらしい。そして彼らの顔にこわばりがある。


 不思議に思っていると「最後まで残っていたのはリア様だけです。他の者は全員引き上げました」硬い口調で告げられる。確かに皆、城から呼び戻され順々に帰っていた。人が減るたびに心細くなる。なぜ、自分は最後まで残されたのだろう? 今更だが、疑問に思う。


 小さくみすぼらしい馬車に不安そうな視線を向けるリアに


「立派な馬車ですと盗賊に会う危険もありますから」


 と兵士が説明する。もっともだと思った。



 しかし、王都に入り、城についても誰からも労いの言葉はなかった。

 確かに聖女として当然のことをしたわけだが、出征時と帰還時の温度差にたじろいだ。出征の時はわざわざ王太子が会いに来てくてたのに「お帰り」のひとこともない。みな通常業務に戻っている。


 戦いが終わり、聖女のことなど忘れ去られてしまったのだろうか? 災禍のあった北方の黒の森は辺境、そもそも王都は魔物に襲われていないのだ。


 お茶が出されることもなく、控えの間に兵士に見張られるように待つ。一緒に戦った兵士の姿も見え、挨拶をしたが、みな知らぬふりをするか、冷たい視線を向けてくる。まるで拒絶されているようだ。


 何かがおかしいと胸騒ぎを感じたが、国の兵士は傭兵と違い三ケ月交代だったので、こんな地味な聖女の顔など忘れてしまったのだろうと無理矢理思い込むことにした。


 そう言えば、城に来たのは初めてだ。リアは家と神殿と戦場しか知らない。聖女だと発表されたのは名前のみなので、彼女の顔など知らないのだ。不安で折れそうになる心を叱咤した。


 王太子さえ来てくれれば、大丈夫。そう自分を慰める。



 そのうち衛兵が来て、引きずられるように謁見の間に連れ出された。せめて聖女の正装をしたいと言ったが聞き入れられない。まるで罪人のような扱いだ。


(何がおこっているの?)


 さすがに異常だと思う。


 初めて入る謁見の間は大きなシャンデリアが高い天井に等間隔にいくつもぶら下がり、立派な赤い絨毯がしかれていた。煌びやかで厳かな雰囲気。それなのに、リアの胸騒ぎは激しくなるばかり。



 そこには主だった貴族と神殿の神官達がずらりと並んでいた。そこにリアは引き出される。

 一緒に戦った聖騎士ジュスタンに神官レオン、リアの苦手な神官長フリューゲル。そして、ずっと会いたかった王太子も。彼はこの二年間リアの心の支えとなっていた。

 そしてなぜか玉座はからで国王は不在だ。そして王太子のリアをみる冷たい青い瞳が心を抉る。


(一体何があったの?)


 聞きたいのに場の冷たく重い雰囲気に飲まれ、声が出ない。喉がカラカラに乾いている。 


 王太子の横には、聖騎士ジュスタンと聖女カレンが立っている。彼らもどこかよそよそしい。皆、美しいドレスに身を包み男性は正装しているのにも関わず。リアだけは、灰色のローブのままだ。


「リア、そなた、戦場で何をしていた?」


 王太子の第一声にリアは目を見開いく。


「え……」


 意味が分からない。戦い、傷ついた人を癒していたに決まっている。他になにがある? リアは一瞬呆けてしまった。


「ちゃんと答えろ! 不敬であるぞ」


 戦場では強く優しく頼りになったジュスタンにいきなり叱責され驚く。まるで人が変わったみたいだ。いったい彼はどうしてしまったのだろう?

 不安で胸がどきどきした。


「傷病人を癒し、祈りを捧げ結界を張り、時には戦っておりました」


 それでもリアは震える声であるがままを告げた。ここには聖騎士も兵士もいる。皆リアの働きを知っているはずだ。


「貴様、よくもそのような戯言を」


 王太子が怒りをあらわにする。いったい彼は何に対して怒っているのだろう? リアは混乱した。


「神官レオンや兵士の報告によると、一年間、お前は、何の働きもなかったときく。碌に結界も張れず戦いが膠着状態になり、いたずらに被害を増やしたのではないか?」


 レオンはそんな風に報告していたのかとショックだった。心のどこかで彼は味方のような気がしていたからだ。


「それは魔物が多すぎて、祈りが届かなかったのです」


 リアが告げられるのは事実のみ。


「この国の兵士が満足に魔物討伐を出来なかったと言いたいのか? 兵士のせいだと。呆れたな。まあ、いい。そんな心の濁ったお前だから、祈りが通じず二年もの月日を費やしたのだ」

「……」


(時間がかかったことを怒っているの? 私のせいなの? 心が濁っていたから……)


 リアは愕然とした。


「それだから私は、王都を守る精鋭である大切な聖騎士団から貴重な人材を割いたのだ」


 王太子の糾弾が続く。


「……申し訳ありません」


 リアは、声が震え、涙がこぼれそうになった。あれほど苦労したのに、王太子は怒っている。

 彼をはじめ、ここにいる人々の冷たい視線が胸に突き刺さった。ここは針の筵だ。


(私は殿下の、この国の期待に応えられなかった)


 次に王太子は周りを見渡し、口調をがらりと変える。 


「それに比べジュスタンとカレンはよくやった。カレンなど、リアが厭う重傷者をずっと見ていたというではないか。それも騎士団や兵士達から聞いている。貴様は聖女であるにも拘わらず。あの戦場で何の役にも立たなかった」

「そんな……私は厭ってなどいません!」


 びっくりしてリアは顔を上げる。


 自分は厭っていない。けが人が多く、結界も張らなければならない。だから余裕がなかったのだ。癒した人数でいえばリアの方がずっと多い。しかもカレンは三ケ月もいなかったではないか。


 今思うとカレンは傭兵にくらべ圧倒的に数の少ない兵士や聖騎士を中心にけがを癒していた。彼女が傭兵を癒すことはなかった。そして当然のことながら傭兵は戦いが終われば去って行く、ここにはいない。


「もう、すんだことを言っても仕方がない。無駄に戦闘を長引かせた罪で極刑に処したいところだが、今まで神殿でけが人をいくらか癒してきたこともある。お前の処分は国外追放が妥当だろう」


 彼が何をいっているのか分からない。リアは頭が真っ白になった。

 縋るようにともに戦ったジュスタンやカレンに視線を送る。彼らは蔑む視線をよこした。神官レオンを見る。彼は何かに苛立ったようにリアから目をそらす。

 そして王太子に目を戻した。


「そんな、追放だなんて……私達の婚約はどうなっているのです?」


 この二年ずっと彼に会いたかった。会いたい気持ちを抑えて我慢して国のために戦ったのだ。


「私達だと?」


 彼は不快そうに美しい顔を歪める。


「本当に貴様は愚かで、学ぶことをしないのだな。神官長フリューゲルの報告通りだ」

「……それはどういう事ですか?」


 意味が分からない。怒りより恐ろしさが先にたつ。


(いったい何が起きているの? 私がいない二年間に何があったの?)


「貴様が討伐に行って戦果を上げられなかった時点で婚約は破棄となっている。当然であろう。国の役にも立たず、護国聖女の力があるかも怪しい婚約者を、王太子である私が待つわけがない。貴様、まさか聖女判定の時に水晶に何か小細工をしたのではあるまいな?」 


 王子の言葉に謁見の間がざわつく。非難の声が次第に大きくなって来る。


「そんな……」


 いくら違うと涙ながらに訴えても、周りの糾弾する大きな声にかき消された。


 リアはあの日に聖女判定が行われることすら知らされていなかったのだ。レオンがこなければ、何も知らず判定を受けることはなかったかもしれない。


 王太子はなおも残酷な事実を告げる。


「私にはこの国のすべてがかかっているのだ。当然、別のものと婚約を結びなおしている」


 リアは絶望した。戦場でどれほど彼が恋しかったか。心の中でとても大切なものが砕ける音がした。


「プリシラ、こちらへ」

「え……?」


 なぜ、姉がここに?


「彼女が新しい婚約者だ」


 リアは己の目と耳を疑った。王太子の隣にいるのは自分の姉のプリシラだ。王女のようにとても美しく着飾っている。


「なぜです。王太子殿下は一番神聖力の強い聖女と婚姻を結ばれるのではないのですか?」


 我ながら馬鹿みたいな質問だと思った。ニコライがそれを鼻で笑う。



「プリシラは、お前が討伐に立つ直前に聖女判定をした。水晶の輝きから国一番の聖女は彼女だと判明した。よって、お前が北の辺境から戻る前にプリシラと婚約を結んだ」


「そんな……お姉様、どうして?」


 確かに子供の頃受けた聖女判定では同等の神聖力をもっていると言われた。


「不敬であるぞ!」


 厳しい叱責の声に、目を向けると神官長フリューゲルだった。彼には随分苛められてきたので、リアは反射的にビクッとなる。


「貴様、護国聖女を愚弄するつもりか! この役立たずの偽聖女め。神殿を謀りおって! お前ごときがプリシラ様に気安い口を利いていいと思っているのか」


 プリシラは家を継ぐのではなかったのか? だからランドルフは養子に行ったのではないか。


 (……私は聖女ではないの?)


 混乱してプリシラを見やる。


「リア、あなたは国外追放、もう私の妹ではないのよ。ただの家の汚点。あなたを誇りに思い応援していたのに、私を家族を裏切ってどんな気分? お父様もお母様も私もどれだけ苦しんだと思っているのよ。私に聖女の力がなければ、ガーフィールド家はいまごろどうなっていたことか! 今となっては証拠を押さえることは出来ないけれど、水晶に細工をしてまでニコライ様の婚約者になりたかったの? それとも名誉がほしかった? ひどいわ、リア! 一刻も早く忘れたい。私の前から消えて! 二度とあなたの顔など見たくない。それから、あなたを極刑処さないのはニコライ様の温情よ。感謝するのね」



 プリシラはそう言うと王太子に縋りさめざめと泣き出した。


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