第3話 馬鹿たちと禁断の儀式
「ふ~、死ぬかと思った」
長吉は、ジャージ姿に着替えてからそう言った。
確かに、豪雨の中、教授の入った袋を引きずって歩く長吉の姿は、さながらゾンビのようだった。しかもまずいことに、明男が明けた余計な穴が破れて広がってしまい、そこから白目を剥いて口が半開きになった教授の顔が見えてしまっていた。
何も知らない人があの姿を見たら、どう見ても山中に死体を捨てに来た殺人犯だろう。
その時に俺は、とっくに着替え終わって(と言っても、同じくパジャマ用のジャージ)食堂でお茶をすすりながら、それをゆったりと見物しているところだった。
薄情なのではない。不公平なこんな世の中が悪いのだ。そうだ、何もかも世の中が悪いのだ。
「いやいや、助かりましたよ」
そう言って横で笑う教授。正直、もう少しぐらい気絶していてほしかったなと、切に思う。
「まさか飛ばされてきた枝が頭に当たって、赤間君に介抱してもらってから、清水君に運んでもらうことになるとは……人生わからないものです」
……気のせいだろうか。更に捏造記憶が増えているような気がする。
「そんな……あたしは教授が無事で良かったです」
赤間……猫、何重にかぶってるんだ?
「しかし、そろそろ食事の準備をしないといけませんね」
そうだ。ここには最悪の六人(俺含む)しかいないから、自炊しないといけないのだ。
そういえば、中谷はどこに行ったのだろうか? 明男は無駄に走り回っていたせいか、疲れて部屋で寝てしまっていたはずだが……。
「どれ……君たちは疲れているでしょうから、待っていなさい」
教授が微笑みながらそう言うと、その場が凍りついた。
「待ってください! 教授! まだそんな体で無理しちゃ……」
「そうそう! 俺達で作りますから!」
「俺……こう見えても料理は結構できるんです!」
その場にいる全員が必死に制止にかかる。今回も食中毒で単位を逃したら……というのもあるにはあるが、それ以上に「もう一度ああなったら生きて帰れるのか分からない!」というのがうかがえる。
「大丈夫ですよ。前回はキノコが悪かっただけで、今回は……」
ああ、天使の顔をした悪魔が見える。
「そ……それなら全員で作りましょう。その方が楽ですし……」
赤間! ナイスフォローだ!
「そうですか。それなら、そうしましょうか」
おお、教授神がお鎮まりになられた。これで一安心……なのか?
「じゃあ、俺は明男を起こしてくるから」
俺はそう言って、寝室の方に向かう。
「それなら、中谷は俺が探すか」
長吉は中谷担当か……すると、残るは……。
「じゃあ、あたしが準備始めとくで。教授はゆっくりしていてください」
赤間が教授にさりげなく椅子を勧める。
何の疑いもなく座る教授。……よし、これで安全だ。……多分だが。
「ん~? もう朝?」
「朝じゃない……メシだ。メシ作るぞ」
明男は二段ベッドの下段で小動物のように丸くなっていた。
この部屋は元々、狭い空間に二段ベッドが二つ設置してあり、お世辞にも広いとは言えない部屋だ。だが、ちょっとここまで小さくなる必要はないんじゃないかと丸まった明男を見て思った。
「ごはん~ううぅ……を!」
突如、何かを思い出したかのように跳ね起きる明男。その顔は青ざめている。
「ま……ま、また、ま……まさ……まさ……」
どうやら明男の中では、あの強烈すぎる悪夢がPTSDと化してしまっていたようだ。ろれつが回らないだけでなく、徐々に呼吸も荒くなって……このままでは過呼吸を起こしそうだ。
「大丈夫だ。作ってるのは赤間だ。教授は休憩してる」
それを聞くと、明男の呼吸が徐々に落ち着いていく。
「ただ、万が一のためにお前も監視に行った方がいいな」
コクン。
無言でうなづく明男。その姿もどこか小動物じみている。
まあ、素直なのでそれはそれで悪いことではないかもしれない。
わあああがあああががあああああーっ!
悲鳴? ……長吉の声だ!
「今の……何?」
明男が怯えた様子で俺に訊く。
「分からん。行くぞ」
さっきの悲鳴。食堂のそば……風呂場のあたり?
念のため、途中の部屋も覗いてみたが何もない。明男も怯えながらも付いてきている。
残るは……食堂と風呂場ぐらいだ。
食堂……頭のおかしい教授が居る以外異常なし。すると……
風呂場は、惨状を呈していた。
得体のしれない朱色の魔法陣のような物がタイル張りの床に描かれ(その中央にはなぜか美少女フィギュアが安置されている)、裸の男(言うまでもなく中谷)が杖のような物を振り回しながら、体をくねらせている。湯船の淵の張りだした部分にはロウソクが並べられ異様な光を放ち、薄暗くなった浴室の壁に変態裸オタク男の影を映し出している。しかも、男は薄笑いを浮かべながら、半開きの口から奇妙な呪文のような物ものを唱えているときている。
「あ……ああ……」
あまりの異様な光景に立ち尽くす長吉。……可哀想に。こんな光景、きっと誰もが見たくない光景に違いない。もし「世界で最も見たくない変態チックな光景ベストテン」とかがあったら、めでたくランキング入りすることだろう。
「お前……何してるんだ?」
俺は恐る恐る尋ねた。
正直、この場から立ち去りたかった。これ以上、こんな変態と関わりたくなかった。
「……んんぅ? キミィ? 見て分からんのか?」
分かるか、ボケ!
中谷は一度動きを止めたが、また少し悩ましげに体をくねらせてから答えた。
「くは……儀式ィ! 儀式だよ! ……悪魔を召喚するためのね」
「は? アクマ?」
中谷はまた体をくねらせる。……くっ! もうなんでもいいから殴りたい!
「クフクフ……君たちが百八尾のタヌキを解き放ったり、シマゴンの怒りを買ったから、このままでは全員殺されるかもしれないィイイイ! だから――」
ピシッ!
俺の胸に杖をつきつけて続ける。
「だ・か・ら、僕が悪魔を召喚して対抗しようと考えたのだよ! さあ、君たちも服を脱いで儀式を手伝いたまえ! 奴らは人間に化けて、今夜のうちに襲ってくるに違いないのだぁアアアア!」
どうして「悪霊」とかに対抗するのに「悪魔」なんだ? 普通、「神」とか「天使」とかじゃないのか? ……そう思ったが、もはや突っ込む気にもなれなかった。
ただ、俺は思った。悪霊とか悪魔よりも、コイツの方がよっぽど危険なんじゃないか、と。
「こら、君! やめたまえ! それは大切な媒介なのだ!」
気が付くと、明男が魔法陣の中に入ってフィギュアをいじろうとしている。
「『媒介』?」
「そうぅ! 悪魔を地獄から召喚する際、その『キラキラ☆ユミコちゃん』フィギュアを依り代として、現世に呼び出すのだあぁ! これは中世ヨーロッパから続く降魔の――」
どこの世界に美少女フィギュアで悪魔召喚する馬鹿が居るんだよ……というか中世ヨーロッパにそんな物ないだろ……はあ、帰りたい。めんどい。
「お前ら、何が――」
赤間が駆け付けたが、そこまで言って固まった。
どうやら、この誰も見たくない光景に圧倒されたようだ。
「く、来るな! それよりも食事の準備を――」
俺は必死に制止しようとした。
男には、やらねばならぬ時がある。それが今だ。
毒舌でコテコテで可愛げの全くない女だとはいえ、彼女をこの狂った世界から守らなければならない。それは、この狂気の世界に耐えて、唯一正気を保っている自分の義務なのだ。
あ! そういえば明男も居たが、あれはもともと正気じゃないしな……。
「で、でもすごい悲鳴がして、その後……皆こっちに行って戻ってこんから……あたし、心配になって……」
あの気丈な赤間の声が震えている。
そして、体をくねらせながら、俺の脇をすり抜けて近付く変態全裸野郎が一人。
「赤間さん! よく来てくれたぁ! くふ……さあ君も服を脱いで儀式に加わりたまえ!」
すぽ……ゴスッ!
気が付くと、変態全裸オタク野郎の手にあった杖が無くなり、その先端は……奴の股間にめり込んでいた。無言で杖の柄を握りしめる赤間。(この間、体感時間0.2秒)後には、声にならない悲鳴が響いた。
泡を吹いて倒れる変態全裸オタク悶絶野郎と投げ捨てられる杖。その向こうに現れる異様な笑顔の女性に、俺は恐怖した。明男はというと、浴槽の陰に潜り込んで小刻みに震えている。長吉は、既に心ここにあらずといった様子で、虚ろな目で壁を見ていた。
ビリヤードがどれほど「残酷な」スポーツかが、分かった気がした。
「すごい声がしたが、何かあったのかね?」
食堂の方から、教授の声がした。
「いいえ♪ なんでもありません♪」
彼女はとびっきりの笑顔でそう答えた。
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