第2話 一丸となって努力する馬鹿たち(不純な動機)

「くは……教授を生贄にして、山の神に祈りましょう。そうすれば皆、助かりますよ」

 なぜそうなる。そういえば中谷はオタクとでも、美少女からオカルトまで守備範囲が異様に広かった気が……というか、その「皆」に教授は入ってないのか?

「……で? どうする? 教授は放っといて、俺らだけ帰るか?」

 俺は半分冗談でそう言った。あくまで「半分は」冗談で。

「まあ、不可抗力やし……教授! この日までのご恩は忘れませんで!」

 おお、なんという驚きの白々しさ。

「いやでも、見捨てたら単位が……」

 俺は面倒だけどそう言った。

 その一言で、皆の目つきが変わった。

 ――そうだ! このボケ爺さんの命はどうあれ単位は欲しい!

 この時、俺たちは初めて、一つにまとまった気がした。

「とりあえず、この植物採集用の袋に入れて運んだら?」

 おお! 明男にしては名案だ!

「あ! 空気入るように、呼吸用の穴を開けとかないと……」

 待て! 教授はビニール袋に入れた虫じゃないぞ! そもそも、この袋にそんなに気密性はないから、穴を開ける必要なんて……。

 びりびり……。

 ……あ、開けちまった。ま、まあいいよな。どうでも。

「よし。長吉、お前が運べ」

「え~俺? なんで?」

「お前がこの中では一番体格が良いからだ。良いか、教授は暴風に飛ばされてきた木の枝が後頭部に当たって気絶した。そして、それを助けたらお前は教授に恩を売れるぞ」

 何? さっきさらりと、事実と違うことが混じってたような……。口調まで変わってるし。

「え、でもなぁ……」

 長吉はまだ迷っているようだ。

 赤間はおもむろに背を向けて、どこからか木の枝を手にすると、サディスティックな笑みを浮かべながらそれをもてあそんでいる。

「これ、さっきの枝よりも太いし堅そうやなぁ……ふふふ……」

「了解しました! 軍曹殿!」

「よろしい」

 ……脅迫だ。明らかな脅迫だ。……ってか、なんで軍曹?

 そこで、俺はあることに気付いた。

 彼女が手にしている枝は、先程凶器として使用した物と明らかに形状が違うことを。泥だらけで随分と古びているが、枝というよりも木材……。

「なあ、それどこから持ってきた?」

「あ? コレ? そこの廃材みたいな物から……」

 彼女の背後には、確かに古びた小さな社のようなものがあった……が、強引に柱を引き抜かれたせいか、ちょうど崩れていくところだった。

「勝手にそんな物持ち出して……まずくないか?」

「ええやん。非常事態やし」

 おい。「非常事態」なのは確かに同意するが、それと「凶器の確保」は全然関係ないぞ。

「おお! 間違いない! これは――」

 なんだよ。まだ何かあるのか、オタク野郎。

「かの有名な大悪霊にして、別の銀河系からやってきたと言われる『百八尾のタヌキ』を鎮めたという社! それを壊してしまうとは……祟りが……」

 何、そのパチモン臭い名前。……しかも、地球外に悪霊っているのか?

「一発……ショック療法でも試してみよか?」

 赤間がまたあのサディスティックな笑みを浮かべている。

「貴様ぁ! 悪霊を馬鹿にするなぁああああ!」

 そしてキレる中谷。……もうこいつら捨てて、俺だけ帰りたい。

 そこでふと、俺はあることに気付いた。

「待って! 中谷はこの社の場所を知ってるんだろ……つまり、ここがどこか分かるんじゃないのか?」

 そうだ。そこまでよく知っているのなら地図上の場所ぐらいは覚えているかもしれない。

「ああ、当然じゃないか」

 やっぱり。

「じゃあ、ここから宿舎までの帰り道も分かるよな?」

 それを聞くと、中谷は少し考えるような仕草をした。

「まあ、だいたいは……少なくとも、一番近い道路に出るぐらいなら……」

「それで十分だ」

 この辺りに「道路」と呼べるものは一本しかない。そこに出られれば、後は登るか下るかの二択しかないし、ここが宿舎よりも高い位置にあることもだいたい分かっている。だから……帰れる!

「よし! そこまで案内を頼む!」

 その後、しばらく会話は途絶えた。

 黙々と歩く俺達。その後ろで黙々と遅れていく長吉&教授袋。

 このままでは長吉の体力が危ない! ――皆それに気付いていた。しかし、誰一人手伝おうとせず、それに気付いた様子も見せなかった。きっと「ここで助けたら、彼のプライドが傷ついてしまう」ということを察して、あえてそんな残酷な選択をしていたに違いない。美しい友情である。時折背後で「代わってくれえぇ~」と、いう情けない声が響いていたような気もしたが、それも空耳だったに違いない。

 そして、舗装道路が見えてきた時、突然明男が全力疾走し出した。

「待ててえ~~~~ええええっ!」

 叫んでいるところを見るに、どうやら何か生き物を見つけたらしい。

 しかし……何を? 俺は嫌な予感しかしなかった。だって、明男だから。

 ちょうど俺ら(背後の遅れている二名を除く)が舗装道路に出た時、向こう側の林から明男がとぼとぼと歩いてきた。どこまで行っていたんだ、コイツ。

「何か居たのか?」

 俺は特に期待もせずに、とりあえず訊いてみた。

「うん。何かこう……毛むくじゃらで大きくて……人間よりも大きい奴が……」

 どうやら、明男はとんでもない物を追っていたようだ。この辺りに熊が居るとは聞いたこともないが……じゃあ、何だ?

 にわかに信じがたい話だが、コイツに嘘をつくような知能もあるまい。

「それで……捕まえる気だったのか?」

 俺は呆れて言った。

「うん! でも、走るのが速くて追いつかなくて……石を投げつけたけど、逃げられて――」

 いや、なぜ石を投げた。

「おい! それは『シマゴン』だぞ! 『シマゴン』!」

 おい、オタク……訳が分からんことばかり言うな。これ以上混乱したら、この場にいる全員が原初の混沌に還ってしまうだろうが。

「シマゴンというのはこの地方の山の守り神であり、その怒りを買えば大変なことになると言われているのに……石を投げるなど……」

 あ~あ。勝手に解説が始まってしまった。もう、放っておこう。道路が見えた時点でオタクは用済みだ。野犬の餌にでもなるがいい。

 この後、しばらくして俺ら三人はボロボロになりながら宿舎に帰りついた。それから数十分後、もう二人。それから更に遅れて、オタクが一人ポツンと帰りついた。

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