第7話 深い深い森の中(4)


「屋敷で事故ったと思ったら、森の奥で別人の肉体になって眠ってた……か。まるでにでもかけられたような話だな」


「魔法……ですか。暗闇にも呑まれそうなこんな力で、これほどの状態変化を起こせるのでしょうか」

 


 私は右手の人差し指を立てると、第一関節の先だけをぼんやりと光らせた。


 昼間ではかすかにしか認識できない薄灯うすあかり


 私の知るなんてこの程度の奇跡で、とてもじゃないけど外見なんて変えられない。


 でもウィルバートさんは予想以上の好反応を示した。

 


「おぉ、スゲーな! 光属性を扱えるのか」


「むしろこれしかできません。母は火属性の持ち主ですが、王族は光に強いらしくて」


「俺なんて魔法自体使えねーぞ。なんにせよ、レイナのそれは転生ってやつかもな」


「転生……? どういった意味でしょう?」


「ほら、たまにあるだろ? 前世の記憶を持ったまま産まれてくる子供がいたりさ」


 

 転生という言葉だけなら知っている。


 ようするに生まれ変わりを表す名詞だ。


 でもそんな現象、本当に起こり得るの?


 あったとして、それはレイナ・ロックハートの死亡を意味しているし、その来世がなぜ途中から始まっているの?


 説明がつかないなら、やっぱりこれは夢。


 そう考えるしかなかった。


 ウィルバートさんとの出会いが幻だなんて、思いたくはないけれど。


 それなのにあと二つ、この状況に現実味を持たせてしまう理由があった。


 

「ん? どうしたレイナ? モゾモゾして」


「あ、あの……非常にお伺いしにくいことなのですが、男性が用を足される際、女性との違いってあるのでしょうか……?」


「あ〜、うーん……たぶん一緒だろ。女のやり方は知らないけどよ。さすがにそれは手伝えないから、あっちの木陰で頑張ってこい」


「が、頑張るって……分かりました」


 

 この世界が空想の産物であるならば、生理現象や空腹感までリアルに再現し過ぎでしょ。


 想像力豊かにも程があるわよ、夢のくせに。


 まぁ責任の所在を追及するとなれば、夢を見ている私自身に他ならないのだけれど。



 茂みに隠れて最重要課題に挑戦してみるが、この感覚にはなかなか慣れそうにない。


 妙に遠くの方へと意識が向けられるし、放水路が長いからか、ちょっと力む必要がある。


 なんとか無事に済ませたまではいいものの、形容し難い虚しさに苛まれていた。


 

「お、苦労はしたけどなんとかなったって顔だな。こっち来いよ、腹減ってるだろ?」


「はい。お気遣いは痛み入りますが、本音は代弁していただかなくて結構です……」


 

 彼に案内された場所には、大きめのテントが張られている。


 森の奥を探索する前、準備してきたらしい。


 中から荷物を取り出した彼は、丸太の上に座り込むと、床に二つの食器を並べ始めた。


 そしてパンパンに詰まった袋と瓶を掴み、中身をスプーンで器に移していく。


 袋の方はマッシュポテトか何かかな。


 芋をすり潰して加工した物に見える。


 瓶の中のドロドロした物はよく分からない。


 固形物も混じっているけど、基本ベースはペースト状にした調味料みたいな感じ。


 未知の食料を盛り付けられたそれは、おもむろに私の目の前へと差し出された。



 川で手を洗ったとはいえ、こんな野性味溢れる食事に抵抗がないとは言えない。


 けれどウィルバートさんの善意を無駄にするなんて、それこそ以ての外だ。


 渡された器に、恐る恐る顔を近付けてみる。


 

「うぐっ、は、鼻が曲がりそう……」


「あっはっはっ! 匂いは強烈だが、案外味は悪くないぞ。栄養価も高いしな!」


「これって、魚のすり身でしょうか?」


「おう、川魚の塩漬けだ。切り身でもいいんだが、俺はソースみたいに使うのが好きでな。調達も簡単で、保存食にはもってこいだ」


 

 ひと口食べてみると、独特の風味さえ我慢すれば、確かに味わい深くも思える。


 塩っ辛さが芋の淡白な味に中和されて、この組み合わせの絶妙さも窺えた。


 これが一般的な庶民の味……ううん、サバイバルを生き抜く知恵かもしれないわね。


 こんな状況に陥らなければ、この料理を口にすることもなかったでしょう。


 学院や家庭教師からは学ぶことのできない、新たな知識へと踏み込んだ気分だわ。


 私が手に持つ木製の器は、いつの間にやら空っぽになっていた。


 

「ごちそうさまでした。魔物から助けていただいた上に、食事までお恵みくださり、ウィルバートさんには感謝してもし切れません」


「困ったときはお互い様だろ。それにしても、レイナの喋り方って癖になってるのか?」


「礼儀作法につきましては、幼い頃から厳しい指導を受けておりました。友人や使用人の前では、砕けた言葉遣いにもなりますよ」


「だったら俺にも畏まらなくていいぞ。堅苦しいのはムズムズするし、理解するにもワンテンポ遅れちまうんだ。俺を呼ぶなら気軽にウィルでいいから、友達感覚で接してくれ」


 

 突然の要望には一瞬困惑したけど、恩人を悩ませてしまうのは好ましくない。


 それに彼に対してなら、接し方を変えるのも不思議とやぶさかではなかった。


 なにより頬を掻きながら苦笑する姿に、こちらの流儀がお節介であると実感させられる。


 寄り添う姿勢を示すには、相手を立てても逆効果だと、私もよく知っているはずだわ。


 

「分かりました。ウィルさんがそう言うのであれば、ちょっと肩の力を抜かせてもらいますね」


「へぇ、普通に話しても全然違和感ないな。貴族社会では敬語が当たり前なんだろうけど、どうも俺の肌には合わなくてなぁ」


「馴染みがないと、耳にも残りにくいですよね」


「そう! そうなんだよ。必要があれば自分でも使うけどさ、スっと出てこないし、何が言いたかったか分からなくなってくる。だから敬語って奴は、聞くのも喋るのも苦手なんだ」


 

 きっと彼が言ってるのは尊敬語のことよね。


 今私が使っている丁寧語も敬語の一種なんだけど、ここは敢えて触れないでおこう。

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