第3話 生前の余興(3)
一階の庭は大広間と隣接しており、第三者の目からは逃れられない。
でも三階の後方にあるテラスなら、一般客の行動範囲とは遠い場所に位置している。
我が家を度々訪れている彼だからこそ、上手くあの場から連れ出してくれたのだ。
正面側であれば、敷地の奥に街が見える。
しかしこのテラスは真裏に当たる為、見渡す限りの緑が迎えてくれるわ。
更に進めばいくつかの村があるけど、肉眼ではほとんど形が掴めない距離。
ひんやりとした今の季節は、木の葉よりも寒さに強い草花が色鮮やかね。
テラスの下にある花壇にも、ノースポールの白い花びらが一面を飾っている。
きっとメイド達の手入れのおかげだろう。
フェンスに肘を乗せ、物思いに
隣からの視線も、さして気にならなかった。
「満足そうな横顔も絵になりますね」
「何でもかんでも感心し過ぎですよメレディス。悪い気はしませんが、褒め言葉を叩き売りされてるみたいで、少々重みに欠けます」
もっと困らせてしまうと思ったのに、彼は一瞬キョトンとしただけ。
反射的に上がった眉も、すぐにいつもの位置まで下がり、あまり動じていなかった。
思わず彼の反応をまじまじと見てしまったけど、これはちょっと拍子抜けだわ。
まるで私の指摘にも重みが無いみたい。
胸の中で身勝手に拗ねていると、メレディスはほんの僅かに口元を緩ませた。
「申し訳ありません。どうやら自分は貴女の前では、本心を押し殺せないみたいです」
「えっと、どう受け取れば良いのかしら?」
「聞き流してもらえれば結構です。思ったことが口から漏れてしまうなんて、騎士どころか、大人として有るまじき軽挙ですから」
彼のこんな一面を見るのは初めて。
子供のような眼差しで無邪気に笑うなんて、これまでのイメージとはだいぶ異なる。
対応の仕方だって浮かんでこない。
「それは私がロックハート家の娘だから? だから好印象ばかり抱けるんですよね?」
「理由がそれに尽きるのでしたら、偉業の数々を交えて述べますよ。自分を惹きつける焦点は、レイナ様ご本人に絞られております」
「ま、待って! 待ってください、そんなのおかしいわ。貴方は最初からそうだった。顔合わせの日から、突然褒め倒してきたのよ!?」
「一目惚れ……と申しましたら、尚のこと軽々しい印象を強めてしまうでしょうか」
柄にもなく取り乱してしまったわ……
この人は何をもってして、私をこんなにも好意的に映しているのだろう。
顔? 容姿? それならまだ納得がいく。
お母様は美人だと評判だし、娘目線でも文句無しに整っている。
遺伝子的に、私が受け継いでいたとしても不思議じゃないもの。
だとすれば、彼は私を上辺でしか捉えていない?
それはそれとして矛盾してしまうわ。
だって彼は、性格的な部分もよく評価してくれるもの。
上辺の定義が
そもそも彼の発言はいつだって突飛だわ。
こんなにも綺麗な景色を前にして、どうしてこちらにしか目を向けないの?
まるで私を喜ばせることしか考えていないような………そうよ、きっとそれが答えよ。
結局私にゴマをすって、ロックハート家に取り入ろうとしているんだわ。
これで違和感のあった言動にも辻褄が合う。
全部
腑に落ちる結論に至ったはずなのに、私は心臓を締め付けられている気分だった。
確たる根拠も無しに、
否定的な理由の方が飲み込めてしまう、そんな自分がどうしようもなく悔しい。
ぐちゃぐちゃに散らかった頭では、まともに思考が捗るはずもなかった。
誤魔化しが利かなくなる前に、少し自分と向き合う時間を作らなくては。
「ごめんなさいメレディス。今の私には、この先を聞く勇気が無いの。色々と整理したいから、このまま一人にしてくれないかしら」
「承知しました。しかしレイナ様、自分は答えを急いではおりません。これまで通りの距離感で、充分に幸せを実感しております」
「ありがとうございます。その言葉に救われてしまう私は、酷く無責任なのでしょうね」
「それは思い違いです。そうした考え方も含め、ひとえに貴女の優しさに他なりません」
真っ直ぐに私を見据えて明言した彼は、軽く頭を下げた後、室内へと立ち去っていった。
やっぱり良い人にしか見えない。
彼の与えてくれるものが、私が求めていた真実の愛なのだろうか。
色眼鏡で見ていたのは私の方だし、簡単に見極められるほど単純でもない。
正直なところ、期待はしたくなかった。
この二年間において、ここまで彼に揺さぶられたのは、今日が初めてだったから。
過去には響かなかったのに、急に深くまで刺激された原因は、恐らく私自身にある。
疲労感で気弱になっていたから、甘い言葉や不意の笑顔に動揺してしまったのよ。
通常の私であれば、惑わされたりしない。
耳もタコだらけで、今にも難聴寸前よ。
しっかりしなさい、レイナ・ロックハート。
自らを鼓舞し、再び目を向けた豊かな自然は、塗り重ねたような青黒さを感じた。
あんなに壮大で美しかったのに、これは正直な想いを覆い隠そうとした罰なのかしら。
それとも邪魔な翼に囚われ、瞳が曇ってしまったのは、私だけだとでも言いたいの?
目の奥に不可解な涙が溜まってきて、瞑ると一滴の雫が頬を伝った。
私は何を得ようとしていたのだろう。
こんな淀んだ世界を望み、自ら輝きへと背き続けてきたってこと?
そんなハズない。
違うと思ったから、私への興味と思えなかったから拒んできたのよ。
だけど瞼を開けない。
色んな恐怖が押し寄せてきて、視界を返すことに躊躇ってしまう。
その時、全身に浮遊感を覚えた。
少し違う。体重を預けていたフェンスが崩れて、正面から空中に投げ出されたのだ。
なんでこんなことになっているの?
建物の点検は定期的に行われていたはずなのに、こんな簡単に壊れてしまうものなの?
真っ逆さまに落ちていく瞬間だけ、なぜか妙な冷静さを取り戻していた。
ドスンと背中から叩き付けられ、痛みよりも口から液体が吹き出す感触が強く残る。
手足に感覚は無い。
辛うじて動かせるのは眼球だけ。
それも段々と赤く滲んでいるけど。
私の周辺には、血を浴びて染まってしまった小さな花が、所狭しと咲き乱れている。
あぁ、そうか……
よりにもよって、白くて可愛らしいノースポールの花壇の上に落ちてしまったんだ。
ごめんね、私の天罰に巻き込んでしまって。
遠退く意識の中でも、罪悪感が消えないわ。
最期に見えたのは、紅一色の光景……
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