第2話 生前の余興(2)
来場者へのお礼を兼ねたスピーチは
こうして前に立つことには慣れているけど、今日は誕生日パーティだというのに、お父様の発言は妙に演説っぽかったわ。
肩の力が抜けずにいる私に、カップを手にした執事が薄ら笑いを浮かべて歩み寄る。
「お疲れのご様子ですね。お嬢様、ロジャース家のご子息様がお見えになりましたよ」
「そう、だったらそのうちここにも来るわね。それよりこのハーブティー、無糖なのかしら」
「はい。今のお嬢様ですと、さっぱりしたお飲み物がお気に召すかと思いましたので」
甘くないお茶なんて滅多に飲まないけど、ほのかな苦味もリフレッシュになるわね。
それに何より、水分が身体に染み渡る。
香りを充分に楽しんだ後、執事の方へ目を向けた。
「悔しいけど、アルロの抜け目のないところには助けられているわ。いつもありがとう」
「いえいえ、お嬢様らしくございませんよ。まるで
「それはどういう意味よ。普段の私は、感謝も出来ない
「そこまでは思っておりません。敢えて表現するのでしたら、そうですね……
「……貴方って本当に怖いもの知らずよね」
「お褒めに
「ちっとも褒めてないわよ! あんまりからかうと、お父様に言いつけるからね!?」
ちょっと素直になれば、すぐにこれだもの。
やっぱりこの執事とは相容れないわ。
くだらないやり取りに時間を費やしている頃、聞き慣れた声が耳に届いた。
「珍しいこともあるもんだね。レイナが人前で、そんなに活き活きしてるなんてさ」
「認識の修正を求めるわザック。この状況を
「ほら、調子が良さそうだ。アルロさんが傍にいると、気を張らなくて済むのかい?」
「これ以上誤解を招くのは不本意だから、今日は貴方達と口を利くのをやめにするわ」
「
アルロの白々しい言い方は、酷く
会話に途中参加したザカリー・ロジャースとは、十年以上の付き合いがあり、気心知れた間柄。
両家の親が古い友人同士という縁があって、一つ年上の彼とも自然に仲良くなれた。
オレンジっぽいくせっ毛頭は何年経っても変化しないけど、勉強のし過ぎで眼鏡を掛け始めたのは、割と最近の出来事。
それでも明るい性格だからか、彼を愛称で親しむ友達はたくさんいる。正直羨ましいわ。
私の冗談を真に受けたザックは、慌てた様子で弁明し始めた。
「ちょっと待ってよレイナ、機嫌を損ねるつもりじゃなかったんだ! 僕はただ、君のそんな姿を微笑ましく思っただけで……」
「変な勘違いで、来てくれた目的まで忘れてしまったんじゃないでしょうね?」
「あ……ごめんごめん、誕生日おめでとう。毎年言ってるけど、やっぱり照れくさいね」
「ありがとうザック。貴方に祝ってもらえると実感が湧くし、とっても嬉しいわ♪」
「レイナ……あっ、あとこれ! 君に似合いそうな物を、僕のセンスで選んでみたんだ」
茶色い革製のカバンの中から、綺麗に包装された小さな箱を取り出したザックは、それを目の前に差し出した。
その時の彼の目が熱っぽく見えたのは、私の気のせいかな。
「プレゼントまで用意してくれたの?」
「君だって毎年くれるじゃないか」
「ありがとう♪ 開けてもいい?」
「うん。でも、あんまり期待しないで……」
期待とかではなく、準備してくれた気持ちだけで、すでに心が喜びに満たされていた。
彼と友達でいられたことは、幾度となく私の救いになっている。
名家の息女であるが故に、他人との関わりにも制限を設けられてしまう私にとっては特に……
だからこそ、自分を解放できる存在は非常にありがたくて、張り詰めた緊張感も和らぐ。
貰ったプレゼントの包みを丁寧に剥がすと、中には上品な花形の髪飾りが入っていた。
「すごく綺麗……この青い花、本物と見分けがつかないくらい良く出来てるわ」
「レイナの桃色の長い髪には、その色が映えると思ったんだ。一番仕上がりも良くてね」
「やっぱりこの髪飾り、貴方の手作りなのね」
「花の部分だけだよ。土台は既製品さ」
「昔から手先が器用だし、こういうの得意なんだから、工芸の道に進めば良かったのに」
「これからは他国との交易も重要になる。僕はその為にもっと多くを学んで、ロジャース商会の名前を国外にも広めたいんだ」
もう学ぶ意欲が満ち溢れていて、目の下にくっきり
だけど大望を掲げるザックの姿は、素直に応援したくなる。
私なんて、自分のちっぽけな悩みにすら答えを導けていない。
本来の私に一途な想いを寄せてくれる人が現れれば、この鬱屈も流せるのかしら。
やっぱりザックは、今の私には眩し過ぎる。
しばらく談笑していると、いつの間にか執事が離れていたことにも気付かなかった。
代わりに両親のご機嫌取りを終えた貴族達が、チラホラとこちらに転がってくる。
招待客を無下にするわけにもいかず、一度ザックとの会話を打ち切った。
それから接待じみた交流は数時間続いて、作り笑いを維持する表情筋が痺れてきたわ。
嬉々として語るこの人達の瞳に、私の像なんて微塵も映っていない。
自分の親でさえ、手塩に掛けた娘が良家に嫁ぎ、事業拡大に一役買うことを望んでいる。
思い込みかもしれないけど、そう考えるのがしっくりきてしまう。
長いことそんな教育を受けてきたもの。
身も心も疲弊してきた私に、低く穏やかな声色で尋ねたのは、大柄のメレディスだった。
「レイナ様、テラスに赴きませんか? 空気は肌寒いですが、風が清々しいですよ」
「魅力的な提案ですね。ちょうど私も、外の風に当たりたいと思っていたところです」
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